第90話 嫌がらせ

 告示の十日前であった。朝七時に携帯電話が鳴った。

 見覚えのない東京都区内の番号が、表示されている。ワンコールで切れることなく、鳴り続けている。不審に思いながらも出てみると、融資の勧誘であった。断って電話を切り、朝食を取りに台所に行った。

 三十分後、部屋に戻ると、充電器の上の携帯電話は着信があったことを表示していた。着信欄を見てみると、五分おきに電話がかかっている。どれも知らない番号からである。東京03と携帯電話の090が並んでいるが、すべて違う番号である。

 そこにまた電話が鳴る。出ると、また融資の勧誘である。これまでの電話もすべて同じ会社からなのかを問いただすと、違うという。その後、マナーモードにしておいたが、午前中ずっと、ほぼ五分おきに着信があった。かかってくる不審電話の番号すべてが違うため、着信拒否機能も使えない。午後は電源を切って、選挙運動に出かけた。仕方なく翌日、番号変更の手続きをした。

 気持ちは重く沈んだ。選挙運動は味方を作るためのものだが、立候補するだけで自然に敵も作るのだ。

 数日前、横領で起訴猶予になった議員から嫌がらせを受けていないかと、尋ねた人があった。地区が近いため、僕が今回当選すると、次の選挙で不利になるからだという。「それぐらいする人間やで気をつけたほうがいい」と忠告を受けた。

 携帯電話のことは嫌がらせだと確信したが、犯人が誰かは特定できない。僕の携帯番号を知る人間で、藤元議員とつながりのある者が思い当たらない。番頭の川岸さんも僕の携帯電話を知っている。疑い始めたら切りがないし、気持ちは沈むばかりである。

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