第77話 批判集会

 きれいに片付けられた店の床には、赤い絨毯が敷かれていた。あとは事務所開きの日を待つばかりである。

 五月十日の夜、用意されたばかりの選挙事務所に役員が集まってきた。

 「ご苦労様です。お疲れのところ、すみません。ご迷惑おかけします」

 玄関から入ってすぐの部屋で、僕と母が座って出迎え、ひとりひとりに頭を下げた。十五人の役員が二階の部屋に入り終わると、僕も上がり、選挙運動に回るため出席できないことを詫びた。町内を歩き終え、これからは市内全域を回るのである。

 知り合いのうちを一軒一軒挨拶に回って、十時近くに事務所へと戻った。下の部屋には、父と母、同じ町内に住む中畑のおじさんとおばさんだけが残っていた。街なかに住んでいる天神町のおじさんと健二おじさんは、もういなかった。

「この町の者はレベルが低いなあ」

 ふたりは、そう言い残して帰ったそうだ。

 父と親戚は、三時間に渡って、前回選挙の批判を聞かされたという。その中身については、僕に告げられることはなかった。余程ひどい内容だったにちがいない。事務所に残った身内は皆、重々しい表情で一様に口を閉ざしていた。

 明日もう一度集まり、候補者本人に伝えたいと言って帰ったという。さらに明日は婦人会や青年会の役員まで集まり、三十人近くになると聞かされた。後援会とは名ばかりで、町内一丸となった批判の会が催され、口々に後ろ向きな発言が繰り返される様子が目に浮かんだ。

 十一時過ぎ、重い気分のまま自宅に戻った。

「やめるんやったら、話聞く前にやめたほうがいいでな。聞いてからやめるのはバカバカしいで」

 苦々しげな様子で、父は言った。

「今さらやめられんやろう。そのために会社まで辞めたんやで」

 つい大声が出た。今頃になって何を言いだすんやと、腹が立った。

 補欠選挙は、一ヵ月後に迫っている。もう後戻りはできない。

 今はただ、前へ進むしかないのだ。

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