第75話 区長への挨拶

 父と二人で区長の家を訪ねた。鹿谷峠の向こうに、夕陽が沈み始めている。柔らかい光を背中に受けながら玄関先に立ち、深くお辞儀をした。

「今度の補欠選挙に立候補させていただきたいと思います。一生懸命がんばりますので、どうぞよろしくお願いします」

 僕の隣りで、父も一緒に頭を下げた。

「そうですか。がんばっておくんねの。白鷺町にも誰かは議員さんがおらな不便なんやで」

 今度の区長は物腰も穏やかで、温厚そうに見えた。好意的とも言える対応に、すべてが順調に始まったように思われた。

 今回の選挙戦は、区長を選対本部長として立てるつもりである。運動の中心に地区の役員を据えることで、もしまた推薦が受けられなかったとしても、町内の後ろ盾を得ているという体裁だけは整えることができる。父が考え出した選挙戦術だ。地区推薦なしでも地域代表に見せかけ、地盤を固める仕掛けである。

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