第70話 初めての二次会

「浅田市長から聞いたぞ。今日、彼に会うたら言うとった。あんたにえらい期待してるみたいやったで、『そんな大したもんじゃない、期待はずれや』言うといたでな」

 と大声で笑う高村さんに、こちらも笑って、

「ありがとうございます。これで市長も諦めてくれるでしょう」

 と冗談で返した。

 二時間余りの宴席は、いつも最後に皆で輪になって肩を組み、「都の西北」を歌ってお開きになる。その後、三々五々と連れ立って二次会へと向かう。僕は、三十キロ離れた星野川まで一時間かけて帰ることを理由に、決まってひとりでその場を抜け出していた。二次会先のスナックも苦手だった。

 この日も先に帰ってしまおうと黙って廊下へ出ると、後ろから大きな声がした。

「おい市議会議員、二次会行くぞ」

 高村さんが呼んだタクシーが、料亭の前で待っていた。断る隙も与えられないまま、肩を押され後部座席へと押し込まれた。

 スナックでの話題は、もっぱら選挙のことであった。

「次の選挙出るんやろ。出る言うてみぃ」

 店内に響く太い声は、半ば脅迫めいていた。

「出ると言えんのは、あんたが地区の票を固める自信がないでや。わしは星野川のスイミングスクールの票が用意できる。でもな、それは上積みでしかないんや。やっぱり地盤はあんたが固めるしかないでな。がんばってくれや」

 強圧的ながらも力強い応援だった。隣には、僕の五年先輩でクリーニング会社の総務部長である黒谷さんが座っていた。

「うちの店が星野川に五軒あるし、今度工場もできるから、少しは助けになれるよ」

 強引な高村さんとのやりとりを横で見ながら、黒田さんは静かに微笑んだ。

 それでも結局、その場では「出ます」とは言わなかった。選挙直前まで、立候補の表明をするつもりはない。早々の表明は支持固めにも役に立つが、悪い噂を立てようと狙う人たちの目を集めてしまう恐れもあるからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る