第17話 噂

 告示日まで二週間となり、そろそろ選挙運動用のワゴン車に載せる看板を用意しておく必要があった。

 遠い親戚に、補欠選挙で無投票当選し、本選挙までの八ヶ月間だけ市議会議員を務めた人がいる。看板については、この人が使ったものを譲り受けることにした。候補者名を書き替えて使うのである。

「わしは家の近くの川に橋をかけるために出ただけやで、もう使わんのや」

 丸顔で禿頭のおじさんが、小太りの体を揺らして豪快に笑う。それから、まじまじと僕の顔を見て、急に真顔で忠告した。

「確かにいい男や。評判どおりや。でもな、いい男やけど仕事がないで選挙に出るという噂が立ってるで、気ぃつけなあかん」

 たしかに、星野川市には仕事がない。大卒の勤め先と言えば、市役所、銀行、学校ぐらいだ。大学で県外に出た者はほとんど、そのまま県外で勤め、星野川には戻ってこない。希望する仕事がないからだ。

 僕も金森さんからの話がなければ、きっと一生戻ることはなかっただろう。この町から東京は遠く、すべてを引き払って帰るだけでも、かなりの決心とエネルギーが必要だった。

 一度流れた噂を止めることは難しい。今では、その話を本人から聞いたと言っている者までいるようだ。

「足を引っ張りたくなるほど、目立っとるということや。そいつらの期待に応えて、がんばらなあかんで」

 おじさんは丸い顔を笑いじわで一杯にしながら、僕の肩を叩いた。

 だが、スーパーで同じ噂を耳にした母は、何とかして噂を止めないと大変なことになると、ひどく心配していた。

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