第四話 私は幸せ者でした(下)

「陽さん、あのさ。今日、私に会うことって誰かに話した?」

「ん、えぇと。特に誰にも言わなかったけれど。何となく緋菜ちゃんは、先ず二人で会いたいのかなぁって思って」

「良かった。お願い。そのまま黙っておいて貰えないかな」


 私は彼女に手を合わせて懇願する。陽さんに謝罪をすることで頭が一杯で、私は昌平への気持ちの整理が付いていない。彼も私を叱ってくれた。怒りに任せたところもあったけれど。それでも、昌平もまた、きちんと膝を突き合わせて向き合わなければならない相手なのだ。


「分かった。でも緋菜ちゃん、そうしたら私もお願いがあるの」

「うん。何だろう」

「昌平くんたちと疎遠にならないで欲しいなって、思ってて。勿論、今直ぐに皆で飲みに行きましょうって話ではないけれどね。私と喧嘩したことで、彼らと気不味くなってしまうのは、本当に申し訳ないって思ってたから」

「あぁ……うん」


 きちんと昌平のことは考えようと思ってる。でも、今はその前にしなければいけないことがあるのだ。成瀬くんには申し訳ないけれど、私はその決意が固い。


「緋菜ちゃんは、昌平くんへの気持ちは変わらない?」

「うぅんと……笑ったりしない?」

「どうして、笑ったりするのよ。真面目に聞くよ」

「うん」


 陽さんは、ちゃんとそうしてくれると思ってる。でも、確認せずにはいられなかった。それだけ怖いのだ。昌平に呆れられて、嫌われてしまったことを受け入れるのが。


「あのね。昌平にも、陽さんと同じように叱られたの。だから面白くなくて、連絡が着ても見なかったし、返せなかった。今もそう。彼らからの連絡には、何の反応もしてないんだ」

「そっか。それで、いいの?」

「ううん。それは嫌。私、昌平のこと好きなんだと思う。今も。でも、今のままでは向き合えない気がして。何も変わっていない私を、彼が受け入れてくれると思えない」


 向き合うには自信がなかったのだ。昌平がルイのことが好きだとしても、『それなら振り向かせて見せる』と思うことが出来なかった。私は、あの女に勝てる要素が何もない。何もないから。


「変わったところを示したいってことね?」

「う、うん。でも、直ぐには何も。証明出来るものが何もない」

「うぅん、そう?さっきの話、とってもいい機会だと思うよ」

「さっきの話?」

「そう、資格取るんでしょ。取得してからって考えると、数ヵ月はかかるかも知れない。でも、例えばスクールに通ってみるとか、そういう変化を起こしてみる。それだけでも、嘘じゃないじゃない」


 陽さんは、ポテトをつまみながら言った。ポカンとしている私の口に、それを一つ放って、彼女は笑った。変わったところを見せたいんでしょ?と。確かに、今までと同じじゃ駄目。それでは、何も成長出来ていないから。私は成長期なんだ。まだ、変われる。変わった私を見せたい。見て欲しい。でも、その間に昌平とルイの距離が縮まってしまうかも知れない。それでも、今直ぐに会わない?それで、いいの?


「資格のこと、教えてくれたのは昌平なの」

「そうだったんだ」

「うん。私は高卒だし、転職なんて考えたこともなかったの。でも昌平は、考えたことのない世界を見せてくれた。だから……何かを手にしてから会いたい。もしかしたら、その間にルイと仲良くなるのかも知れない。でも、それでも……いい」


 覚悟を決める。変われた私を見せられなければ、結局は昌平の気持ちも変わらないだろう。それには、変わることが必要なんだ。陽さんに説明をしながら、私は徐々に納得していた。


「よし。そこまでの覚悟をしたのなら。ちゃんと考えよう。先延ばしにしないで。今直ぐ。一緒にね」

「うん。有難う。あ、でも……成瀬くんに会ったとしても、私のことは何も言わないで欲しいの。昌平に筒抜けになる可能性は捨てきれないから。あのまま連絡ないんだってことにして欲しい。お願いします」

「……うん。分かった。彼らには何も言わないわね」


 お願いします、とまた頭を下げた。そうして私は実感している。あぁ、本当に変わりたいんだ、と。昌平のことも結構好きだったんだな、と。


「緋菜ちゃん。これから沢山調べてみるけれど、一つ期限を決めよう。ズルズルするのは良くないから。そうだなぁ。春。四月には昌平くんに会う。そう決めない?」

「四月。大丈夫かな……」

「大丈夫よ。スクールに通うとしても、四月からだし。年度も変わるでしょ。ほら、新人さんも入って来る。ちょうどいい機会だと思うんだ」


 そう彼女が言うと、そうなんだ、と思えるのだから不思議だ。説得力がある。私の知らない世界を知っている人だから、余計にそう感じるのかも知れないな。そしてきっと、私はそれだけ彼女を信頼しているのだろう。


「分かった。暫くは、色々相談しても良い?」


 勿論、と陽さんがとびきりの笑顔を見せる。私もそれに応じて、大きく頷いた。

 今直ぐに動き出さないといけないけれど、不思議と不安は少ない。それは多分、彼女が居てくれるからだ。こうして一緒に考えてくれて、叱ってくれて、支えてくれる。あぁ私って、本当に幸せ者だ。

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