第三話「圧力」

 三ヶ月前の騒動そうどうによって無断で改造されていたことが発覚した会議室あらため真空実験室に二人、部長とスパイ女が宇宙服に身をつつ相対そうたいしている。真空室内のはいは始まったばかりだ。

 媒質ばいしつの無い真空になると音が伝わらなくなるため、会話は宇宙服に内蔵されている機器ででん磁波じはもちいてしなければならない。

「部長、おひさしぶりです」

 女がしゃくをした。

「君が俺の部署をはなれてからひさしいね。君の活躍かつやくはこちらにもとどいているよ。新たな環境でも奮闘ふんとうしているそうじゃないか」

 女は軽くうなずきながら「はい」と返事をした。

 部長は真空室をわたし「いやーそれにしても、君が勝手に改造したこの真空室だけど、が社も宇宙開発に乗りだすことで無駄むだにならなくて良かったよ。社長が乗り気で本当に助かった」と言った。

「そのせつ厳罰げんばつしょされないようにじんりょくしてくださってまことにありがとうございました。あらためておれいをば」

「『おれいをば』じゃないよ。いやいんだ。引責いんせきも上司の役目のうちさ」

隕石いんせき……?」女がつぶやく。

「そんなことより今日はどういった用件だい?」

「あ、はい、ってご相談があるんです」

 女は深々と頭を下げようとしたが、動きにくい宇宙服の所為せいはんな角度である。

「私に暗殺されることを是非ぜひとも前向きに検討けんとうしていただけないでしょうか」

 女はれたこうべを上げない。

 部長はきわめて親身に「ちゃんと精神科でてもらった方がいんじゃないのかい? なんなら付きってあげようか?」と女の精神状態を気にかける。

「ご心配しんぱいいただき感謝かんしゃいたします。でも私はしょうです」

 部長は「本当に? あ、そう……どうやら君の辞書には『あきらめる』という項目こうもくが『404 not found』なようだ」とかんに思った後、ため息を一ついて「君は本当にこん強いね」と非常にポジティブな言い回しをした。

「おめいただき、ありがとうございます。『照準しょうじゅんいち合わせたらかなら仕留しとめろ』というのがウチのくんなので」

「はは、そんな庭訓ていきん聞いたことがないよ。しゅりょう民族じゃないんだから」

 女は「勿論もちろん部族出身ではないですよ。私の家系は代々スパイや暗殺者をはいしゅつする一族でして、ようしょうから兄弟達ときびしい訓練くんれんを受けてそだったんです」とますますしんがたい説明をくわえる。

「え、じょうだんでしょ? 映画の話?」

ちがいますよ、スクリーンで見たものを自分の人生としてかたるほど、私は痛いじゃないです」

 女は両手をこしに当てて、少々気分をがいされたという態度をとった。

「そうか、じゃあ君は由緒ゆいしょある痛いなんだね」

「痛いじゃないです」

 女はしょうちん気味に「違うんですよ。兄弟達もすでに暗殺デビューを終えてしまい、落ちこぼれは私だけになってしまったんです」と、わたくしごとかたりだした。

「落ちこぼれだなんて、卑下ひげしないでおくれよ。ここではたらいている時の君は非常にゆうしゅうだ。君にはスパイよりウチの仕事が向いてるんだよ」

 部長は女をフォローしつつ、スパイ引退をうながすことにした。

「……そうかも知れませんが、私だけぎょうげないのはいやなんです」

「だから、そんなあぶない仕事がなくていんだよ。が社が宇宙開発へ資金を回せるほどの大企業に成長できたのは君のおかげでもある。この会社には君が必要なんだよ!」

「それでも、私は部長のいきを止めたいんです!」

「いやなんでよ! なんで夢をあきらめられない高校生みたいなノリで人殺しが出来できるの!? 俺の言葉そんなにひびかないかね!」

 部長はとかく思い通りにいかない人生というものをなげいた。

「部長がなんおっしゃろうと私はあきらめません。私はだいな両親に早く追いつきたいんです! 部長は父のぎょうをごぞんじですか? 数週間前、ちょう大国たいこくの大統領が失踪しっそうする事件がありましたよね? あれは敵組織から依頼された父の暗躍あんやくだと聞いてます。私もあれぐらいの大事を成さなくてはなりません。それから――」

「ちょっと待って。ねぇ、その情報、部外者にらして大丈夫なの?」

 部長の声には多少のあせりがみられる。このスパイはポンコツだから問題ないが、プロ暗殺者であろう父親からねらわれよものならただでは済まないだろう。女は一頻ひとしきり考えて「あっ、駄目だめですね。百パーセントしかられます」と言って、顔面蒼白がんめんそうはくになった。

 二人は冷やあせらしながら見つめあう。これでは二人して海の底で一生分の休暇を過ごすことになるかも知れない。

 女はかくし持っていたα線銃を取り出しながら「貴方あなたは知りぎた……」と低い声で言った。

「ここで!? ここでその台詞せりふ言うの!? 今のは君が勝手にしゃべっただけだからね!」

「……あれ?」

 女が疑問の声をらす。どうもおかしい。手元の銃をよく見ると、銃口がふくれ上がって豪快ごうかいれつが走っている。

 女は銃を軽くりながら「私が持ってた銃ってこんな感じでしたっけ?」と部長にいかけた。

「いや知らないけど」

 部長はそうつぶやいた後「君、それ多分アレだよ。はいで部屋の気圧が下がるでしょ? 相対そうたい的に銃の内部の圧力が大きくなって銃が変形しちゃったんだろうね」と銃のありさまを説明した。

「え」

 女はキョトンとしている。

 部長は「銃のみつ性が高すぎたね」と付けくわえた。女は銃をながめてだまってしまった。

 気のけた部長は「もう今日は、帰ろうか」と提案した。

「……はい!」

 女が若手社員らしくせいの良い返事を返す。

「よし、この後どうだいひさしぶりに飲みにでも行くかい?」

「はい! あっ、私い店知ってますよ。この間、新しい部署の歓迎かんげいかいで行っ――」

 二人のたたかいは、まだもう少し続く。

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