届け、α線

宮瀧トモ菌

第一話「飛程」

 会社の小会議室に一人、部長は夕暮れにまる街並みをながめ、ただ静かに窓際にたたずんでいる。その男の待ち人であるわか女性社員は約束時間のちょう五分前に現れた。女がれいびる場面からこの物語は始まる。

「ああっ部長、すみません。お待たせいたしました」

「いやぁなにかまわないよ。早く来たのは俺の勝手だ。それより話とはなんだい?」

「はい、実はごろの感謝を込めたおくり物があるんです。さあ、どうぞ受け取ってください」

 女はスーツの内側にかくし持っていたけんじゅうおもむろに取り出し、右手でかまえて部長に照準しょうじゅんを合わせた。

「おおっと、プレゼントが銃弾だったとは。まんまとサプライズ成功ってわけだね」

 部長は少しおどいた様子で両手を上げたが、納得の表情をかべて「そうか、スパイがるといううわさは以前からあったが、それが君だったとは思わなかったよ」とさびしそうに言った。

 女は小火器を部長に向けたまま「部長、残念ですが信頼する部下を間違えましたね」と言いはなつ。

 部長は女に背を向けゆっくり遠ざかりながら、しみじみとかたりだした。

「いやー、しかし流石さすがだね。君ほど仕事ができるを敵に回してしまうと、こうなるのか。ははは、おそったよ。たしかに、我が部署は今が大事な時期だ。手掛けているプロジェクトに社運がかっている。ここで、俺が失踪しっそうでもして、君がプロジェクトのデータをうばって消えれば――」

 部長はり返ってかたすくめ「この会社は終わりだ」と明言めいげんし、「そこまで計算みだったってわけだろ?」と付けくわえた。

 女は早口で「申し訳ごさいません、そこまで深くは考えていませんでした」となんまよいも無く頭を下げた。

「あれっ、そーなの!? マグレってこと? まぁうん、素直すなおなのは良いことだね……」

「ありがとうございます」と女は低頭したまま言った。

「ははは、お礼言われたよ。命ねらわれてるのに、お礼言われちゃったよ。ははは」

 部屋にかわいた笑い声がひびく。

「それでは部長。私のために死んでください。お願い致します」

「ははは、お願いされちゃったよ。ははは」

 女はちゅうちょなく引き金を引いた。

 部長はとっうでで顔をかくし、防御ぼうぎょの姿勢をとる。

 轟音ごうおんが鳴り響く、かと思われた。

 弾が発射される、かと思われた。

 しかし何も起きない。

 なんの音もしない。

 なんの衝撃もない。

 あたりは静まり返っている。

 二人の間を空白の時間がけていった。

 部長は目をつぶって、しばらたれることにおびえていたが、特に何が起きる訳でもなさそうなので、片目をゆっくりと開いて女を一瞥いちべつした後「うん、とりあえず、それを下げな」と優しく言った。

 女は手にしている銃をまじまじと見ながら「うーん、自作は問題だったのかなぁ」とつぶやき、うでをさげる。

「え、その銃自分で作ったの?」

「はい。やっぱり手作りは気持ちが込もりますからね」

「いや全然うれしくないけど」

 女は銃を地面に置いて正座した。続いて部長も正座する。二人きりの反省会が始まった。

「……えーと、で? これは何? 悪戯いたずら?」

 これは部長のそうであってほしいという本心のいである。

「失礼な、違いますよ! 本気です」

「それじゃあ、その銃は玩具おもちゃじゃないんだね」

 部長は少し残念そうにした。

「予定では、部長はもうすでにおくなりになってるはずなんです。のうまで後三十分なんですよ」

「人を殺すのに納期って何? そうの予約でも取ったの?」

「そうですね、いっそ火葬場での絶命ぜつめいを視野に入れていただけませんか? あとしょらくそうなので」

「やだよ! らくして人を殺そうだなんてきんしんだよ! 大体、その銃はなんなの」

 女は地面に置いてある銃をぼんやり見ながら「α線が出るはずだったんです」と言った。

「α線? なんでα線で戦おうとしたの」

「だってぇ、……なんかカッコ良くないですか?」

「あっ、この痛いだ」

 女の性癖せいへきさとった部長が続けて質問する。

「え、ちょっと待って。それじゃ、君なんでスパイなんてやってんの?」

「だってカッコ良くないですか?」

「あっ、取り返しようのない痛いだ。手遅れのやつだ。いやー全然気が付かなかったよ〜。あれでしょ? 君、制服で高校決めるタイプのでしょ」

なんで知ってるんですか」

「分かっちゃうんだよね、おじさんねぇ」

 過去を言い当てた部長に女はげんな視線を送る。

 ここで、部長が脱線だっせんした話を元のレールに戻した。

「それにね、α線は空気中だと数センチで止まるから、俺にはとどかないと思うよ?」

「え?」

 女は言葉を失った。窓からし込む西日が、二人の横顔を静かに照らす。女が問題点を理解できていないようなので、部長はより詳しく説明した。

「いや、ほら。α線はでんを持ってるから空気中のでんなんかとそう作用したり、空気中の物質をでんさせまくったりしてエネルギーを失っちゃうでしょ」

 女はそんな馬鹿なと言わんばかりの驚きを満面にしている。

 女はしばらくして、「じゃあ、どうしたらいんですか?」と開きなおってきた。

「いや、知らないよ! 数学が分からない生徒じゃないんだから。え、俺を殺そうとしてるんだよね?」

 女は「勿論もちろんです! お願いします! ヒントください、ヒント」と言ってい下がる。

「無いよ、ヒントなんて! 俺を殺すヒントなんて無いよ! なプレーヤーを見捨てないゲームソフトじゃないんだから!」

「どうかお願いします! 一生のお願いですっ」

「えぇ!? いや自分で考えなさいよ! 君あんなに仕事できたのに……。多分スパイ向いてないよ、君!」

 部長のあきれ返った声が部屋に響く。

 こうしてたたかいのまくは切って落とされた。

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