幼馴染みから毎年義理チョコと称してビターチョコを貰うんだが、甘党な俺の身にもなってくれ。

第1話

　俺は別に何かを期待していたわけじゃなかった。

　いや、こんなことを考える時点で、既に期待していたと言えるのかもしれない。

　世の中、ハッピーバレンタインとか言ってチョコレートが売れに売れまくる。

　2月14日。

　俺は毎年、一つだけチョコレートを貰っていた。

　幼馴染みからだった。

「ハッピーバレンタイン！　はい、義理チョコ」

　幼馴染みは毎年毎年苦いチョコレートを渡してくる。

　甘党な俺には苦すぎる。

「渡してあげるだけ、優しいと思うの、私」

　顔を顰めながら頬張る俺に、そんなことを断言する幼馴染み。

「なんでこのチョイスなんだよ」

　以前、文句を言ったことがある。

　すると、幼馴染みは首を傾げて言ってきた。

「甘党でしょ？」

「そうだけど」

「だから、苦いのにしたの」

　意味が分からん。

「甘党に苦いチョコレートを渡したら、忘れられない味になるでしょ？」

　悪戯が成功した子供の顔だった。

「悪趣味だな」

「そうでしょ？」

　嬉しげに笑う幼馴染みに、げんなりとする俺。

　それが毎年毎年の恒例行事だった。

　そんな幼馴染みに、好きな相手ができたらしい。

「今年は特に張り切るわ」

　言いながら、好きな奴に贈る試作品をわざわざ俺を呼んで、食わせている。

「甘い？」

　期待を込めて向けてくる眼差しに、俺は素直に感想を言った。

「甘い」

　甘いチョコレートだった。

　毎年毎年苦いチョコレートを食わされてしまう俺からしても、

　それは甘すぎるチョコレートだった。

「もう少し、甘さ控えたらどうだ？」

「美味しくないの？」

「いや、旨いけど」

「けど何？」

「甘党な俺でも、これは甘すぎだ」

「……」

「好きな奴が苦いの好きだったらどうするんだよ」

「……甘いからいいと思ったのに」

　不貞腐れる幼馴染みはその後も、俺にチョコを食わせ続けた。

　正直太りそうだった。

　甘いチョコレートは当分の間、食べたくない。

　そう思う程に、食べまくった俺は今日、2月14日を迎えた。

　幼馴染みはチョコレートを渡すのだと高らかに宣言していた。

　実ればいいと思った。

　じゃないと、試食と称して食べさせられた俺の苦労が報われない。

　そう思いながら、一日が過ぎていく。

　そうして、俺は気が付いた。

　俺は幼馴染から苦いチョコレートを貰うのだとばかり思い込んでいたのだ。

　毎年のことだったから、今年もそうなのだと思っていた節がある。

　だけど、それは違う。

　決まり事でも何でもない。

　幼馴染みから義理チョコと称して受け取っていただけだった。

　それに気付くと、がっかりしている自分が確かにそこにいた。

「あ、いたいた！」

　声がしたと思ったら、いきなりドンと背中に体当たりされた。

　危うく転びそうだった。

「ハッピーバレンタイン！　はい、義理チョコ」

　言いながら、幼馴染みがチョコレートを渡してくる。

　その慣れた筈の光景に、俺は目を丸くした。

「どうしたの？」

　俺の様子に首を傾げる幼馴染みに、俺は言った。

「くれるのか？」

「毎年あげてるじゃない」

「いや、好きな奴」

「え？」

「好きな奴に渡したのかよ、チョコレート」

　言えば、幼馴染みが面白いものを見たような顔で、にやにや笑い出す。

「……なんだよ」

「気になるの？」

「あれだけ食わされたんだから、気になるのが普通だろ」

　言い返せば、幼馴染みが楽しそうに笑う。

「気になるなら、これ食べて」

「なんでだよ」

「そうしたら答えてあげる」

　ぐいぐいと強引に渡されるチョコレートの包装紙を開ければ、

　苦そうなチョコレートが入っていた。

　それを一つ、頬張った。

「どう？」

「……苦い」

「でしょ？　今年は特に張り切って苦くしたのよ」

「なんでだよ」

　言い返しながらも、チョコレートを貰えたことに安堵している自分がいた。

　それに気付かない振りをして、幼馴染みに話を振った。

「で、どうだったんだよ」

「何が？」

「チョコレート、好きな奴に」

「ああ……」

「成功したのか？」

「それは――」

　言いながら、幼馴染みは何故か俺を見た。

「？」

「もちろん、決まってるでしょ？　――成功よ」

　苦い義理チョコを頬張る俺を見ながら、幼馴染みは嬉しそうに笑って言った。