2人の王

そよかぜ

第1話 はじまりの時

俺の名前はタラルス。

タスクラ王国の王子だ。

俺の国はいいぞ。

領地は小さいし、貧乏だけど、緑が豊富だし、きれいな水があって、美味しい食べ物もある。

城下のみんなだって優しい。

俺が遊びに行くと受け入れてくれる。

俺が王族だから〜とか差別しないで一緒に遊んでくれる。

そして、なんと言ったって平和だ。みーんな笑顔で楽しそうに暮らしている。

俺はそんな城下のみんなの笑顔を見るのが大好きだ。

これは全て父さんのおかげなんだ。

現国王の父さんの力でこの国は成り立っている。

だから俺は父さんみたいになれるように馬術に剣術、勉学に礼儀作法…なんでも頑張った。

だけど…だけど、最近おかしい。


父さんは最近イライラしてて落ち着きがない。

城下のみんなからも笑顔が消えた。

みんな不安な表情を浮かばせ、顔を強ばらせながら毎日を過ごしている。


なんだろう…何かあったのかな。

誰も俺には教えてくれない。

なんで?俺には教えてくれないの…。どうして…。


……あっ。

分かった…。俺だけじゃない。

俺だけじゃなかった。

不安な表情なのは大人達だけ。

子供達はそんな大人たちが怖くて何を考えてるのか分からなくてどうすればいいのか分からないんだ。

何があったのだろう。

ちょっとでもいい。誰かなにか教えてよ。

だって俺ら子供たちにはなんの情報も与えて貰えて無いんだから。

怖いよこんなの。

なに?何が起きてるの?

それとも、もう起こったの?

起きそうなの?

教えて…誰か教えてよ。

何も知らない事が1番怖いよ…。



その答えはすぐ分かった。

誰に教わった訳でもない。

だけど分かっちゃったんだ。

父さんが電話で話してるのを聞いてしまったから。

この国は…もうすぐ戦争をする。

それも大掛かりな、国民をいっぱい巻き込んだ戦争…。

領地を広げるため…。人と人が争うんだ。

しかも戦うのは軍事力の強いモストン王国。

言っちゃダメだけど敵うはずが無い。

だってあいつら”西の悪魔”って言われてんだよ?そんな奴らに俺たち弱小国が敵うはずがないじゃん。

こんな俺でもちょっと考えれば分かること、なんで分からないの?

なんで争わなくちゃいけないの…。誰も得しないじゃん。みんな悲しくなっちゃうだけじゃん…。

領地なんてどうでもいい。

そう思ってしまう。

だけど、俺だって分かってる。タスクラ王国が繁栄するためにはもっと土地が必要なこと。

そのために父さんは何年も何年も努力して、その結果がこれだということも分かってる。

だけどっ、だけど…嫌だ。

みんなを失わせたくない。誰も悲しい思いをして欲しくない。

だって俺はみんながニコニコ笑顔で日々を過しているのを見るのが好きだから。

みんなの笑顔を守りたい。

みんなに心から笑っていて欲しい。

どうすればいい?俺は、どうすればいいんだ?

俺は何が出来る?

何かしたい。みんなのため、自分のため…。

兵士にはなりたくない。絶対ヘマするし。

怖いし…。それに死にたくない。

いっその事逃げてしまいたい。何も無い、争いもない、誰も俺の事を知らない そんな世界に逃げてしまいたい。

いや、それはダメだ。

だってここにいる子供たちは真実を知らない。知らないまま巻き込まれて最悪、命を落とすことになるんだ。

そこから俺だけが逃げ出すのは間違ってる。


ダメだ。逃げるのはダメだ。

だけど兵士にはなりたくない。

どうすればいい。どうすればいいんだ。何か、なにか無いのか?

俺は臆病者だ。

みんなを救いたいけど、怖くて戦場へ出向くなんて、できっこない。

こんな臆病な俺に出来る、みんなを救える方法はあるのだろうか…。



あっ…そうだ。

俺がスパイになるってのはどうだ?

俺がモストン王国に入って、そうすればあっちも迂闊に攻撃できないだろう。だって俺がそばにいるから。んで、スパイみたいに情報掴めたら、そしたらモストン王国を脅せる。

それにこの方法なら俺も死なずに済む可能性が高そう…。死なずに済む。死なずに済むんだ…。

しかも上手く行けば、俺の国は血を流さずに領地を広げられる。

いいじゃん!これめっちゃいいじゃん。

俺がちょっと頑張ればみんなが笑顔になれる!


そうと決まれば準備だ。

モストン王国は王子の俺でさえも行ったことのない先進国。何があるかわかったもんじゃない。だったら準備をしっかりして備えなくちゃ。



モストン王国へ出発する日に向け、俺は頑張った。

護衛法を前より詳しく専門的に習ったり、毒を仕込まれた時の対処法、スパイに必要な専門知識…いっぱいいっぱい頭に詰め込んだ。

「完璧だ、教えることはもうない。」

家庭教師のデューク先生がそう言った。

それから1週間…。

いよいよ明日が出発の日だ。

怖い、怖い。

俺はどうなるんだろう。

生きてまたここに帰ってこられるのかな。

情報は無事盗み出せるのか、城下のみんなの笑顔を取り戻せるのか…。

何一つ分からない。怖い。

けどやらなくちゃ。

うん、出来る、出来る!

俺は出来る子だ。やれば出来るんだ。

大丈夫、大丈夫。頑張ろう。


いつもより早いディナーを食べて、父さんと母さんに別れの挨拶をした。

もう明日は会う時間が無いから。

話をするのは、顔を合わせるのは今日が最後だ。

母さんは涙を流して、ハグをしてくれた。

「体に気をつけるんだよ」

「また生きて帰って元気な顔を見せてね」って。

そんなこと言うから泣きそうになった。

一気に寂しいって感情が押し寄せてきたんだ。

「母さんっ!」って抱きついて泣きたかった。

母さんの胸に顔を填めて、小さな子供みたいに泣きじゃくりたかった。

だけど、やらなかった。

それをやるのはモストン王国から重大な秘密を持ち帰り、自身の無事を伝えてから。

今、やってはいけないんだ。


父さんは真っ直ぐ俺の目を見て

「頼んだぞ」「お前なら出来る」って言った。

すごく嬉しかった。だって父さんが俺を頼ったんだよ?!

あのなんでも出来る、俺の自慢の父さんが!!

俺を頼ってくれた。

嬉しい、嬉しい。

俺は嬉しさのあまり、ピシッと敬礼して応えた。

そしたら父さんも敬礼してくれた。

「頼んだぞ」だって!

嬉しくて嬉しくて、俺はその時気づかなかったんだ。父さんの目に浮かんだ涙に…。

俺はまたここに戻ってこれるって信じていた。

ちょっとの間だけ父さん達と別れるだけだって。


翌朝、目覚ましがなる前に目が覚めた。

こんなこと初めてだ。いつも目覚ましが鳴り響いて、ようやく目を覚ますのに…。

時間は…と確認すると、夜明けの時間。

外では朝日が登りはじめていた。

どうしよう…。こんな時間に目が覚めたのは初めてだ。やっぱ緊張してるのかな。

休めるうちに休んどかないと…これから何があるか分からないんだから。

だけど…だめだ…眠れない。

完全に目が覚めちゃった。

しょうがない。起きるか!

でもなぁ…何してようかなぁ。

荷物は全て詰め終わり、部屋にある物は俺の寝ているベッド、空っぽの衣装ダンス、母さん父さんに貰ったお守りだけだ。

このお守りは命の次に大事…いや命よりも大事なものだ。

モストン王国で何があったとしてもこれさえあれば乗り越えられるだろう。

俺はお守りをギュッと握りしめ、立ち上がった。


さて、することも無いし散歩でもするか!

ここにいたらクヨクヨしちゃいそうだし。

俺の愛した国へちょっとばかりのお別れの挨拶をしに行こうじゃないか!


ん〜やっぱいいなぁ。此処は。空気が綺麗だ。

早朝ということもあり、人っ子一人歩いていなかった。

だけど森は起きていた。

草木に朝露がしたり、鳥がチュンチュン鳴いている。

まるで草木や鳥たちが俺に「おはよう」「頑張ってね」と挨拶をしてくれているみたいではないか!

あぁこれだ。俺はこれだから此処が大好きなんだ。

こんな自然がある国を愛さない奴がどこにいる?

こんな空気の澄んだ森を愛せない奴なんているもんか!

心に目に耳に 森の情景をやきつけ、俺は城へ戻った。


城ではバタバタと準備が始まっていた。

と言っても荷物は船に乗せるだけ…あとは俺が身支度を整えれば全てが終わる。

いよいよか…。よしっ。

父さんが調達してくれた最高級のシルクの服に身を包み、準備は完了した。

デューク先生や、爺やのムックル…料理長までもが俺の見送りに来てくれた。

「頑張ってくださいませ」

「私たちはずっとタラルス様のお帰りをお待ちしております」

俺はそれらの言葉に頷き、手を振って城を出た。

船着場までは馬車で10分の道…。

いつもは数人の人々しかすれ違わないのにこの日は違った。

道を埋め尽くすほどの人々がいたのだ。

みんな俺を見送りに来てくれている。

嬉しくて、嬉しくて目頭が熱くなった。

船着き場についても、途切れない人々の群れ。

むしろさっきより人数は増えていた。

俺は船に乗り、みんなに見えるように大きく手を振った。


さようなら…みんな。

さようなら…父さん母さん。

さようなら…大好きなタスクラ王国。

また逢う日まで。


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