第25話 まるでただの生徒のように


 お弁当におかゆという新たな武器を手に入れたラビィはその成長をより研ぎ澄ませ、風のようにすばやく動けるようになった。というわけはないが、じわじわと健全な肉体に向かって突き進んだ。



 最近ではおかゆの付け合せとして様々な漬物を生み出すべく、あらん限りの調味料を味わい、独自の製法でたくあんの生成に成功したのだが、試しに使用人に食べさせてみたところ、「ピギィッ!」と人外な声を出して、悲しく涙目で舌を出していたので、このしょっぱさは異世界人の口には合わないのかもしれない。でも問題ない。ラビィには塩分がおいしい。静かに胃をさすりながらも、立派になってきたものよ、とひっそりと涙した。




 そして並行して、現在の原作の状況の確認はできる限り把握するようにした。すでに不発ではあったものの、断罪イベントである吊し上げは行われてしまったため、ラビィの知識通りに進むかどうかはわからないが、知らないよりもいいだろう、ということだ。バルドと仲むつましげに並んでいる姿をよくよく目撃されているらしいが、この学院、男女は別棟だ。彼らの気合を感じた。ルートは皇子ルートを目指しているのだろうか。



 ちなみにラビィの弟であるフェルと言えば、ラビィがレオンに宝石を売った花祭りの日、しおれた白い花を持ちながら、花と同じくしゅんと項垂れながら門をくぐり抜ける様を自室から確認した。他の攻略キャラに競り負けたらしいその姿は、我が弟ながら不憫ではあった。ラビィのことを影で鶏ガラだと彼が呼んでいたとしても、たった一人の弟だ。決して嫌いなわけではなかったし、こんな姉を持った彼の苦労を思うと申し訳無さも感じていた。でもネルラはやめとけ。




 相変わらずサイという監視役は生真面目にラビィの周囲をうろつき、鋭い瞳でときおり周囲までも萎縮させていた。ただし、ネルラ避けとしては適任であるらしく、ときおり悔しげにこちらを見ている彼女を目にして、心臓が冷えた。茶色い、大きな瞳をあらん限りに広げて、こちらに何かを伝えているような、そんな表情だ。ラビィがゾンビなら、向こうは問答無用でやってくる死神だ。見えないふりにも苦労する。




 ***




「長期休暇が終わりまして、随分時間が経ったかと思います。中等部とは異なることも多く、緊張の糸も途切れる頃かとは思いますが、ここでひとつ、学力調査をさせていただこうかと思います」



 普段から真面目に勉学に勤しんでいるみなさんにとっては、なんの問題もないかとは思いますが、となぜだかちらりと担任であるマシューから鋭い視線を投げかけられたが、ネルラよりもずっと可愛らしい具合であるため、ラビィはニマリと優しく微笑んだ。



 ちなみに効果音がニマリであるのは、ニコリとしたかったのだが、うまく口角が釣り上がらなかったためだ。愛嬌も武器の一つであるはずなので、夜半に必死で口元のマッサージをしているのだが、現在の努力は筋肉に振り切れているため、まだまだ練習不足である。



 それはさておき、教室は令嬢達の静かなざわつきが溢れた。「心配ですわ」「不安ですわ」「あなたなら大丈夫ですわ」 といったおっとりとした会話だ。このテストの次第では、両親からお叱りを受ける人間もいるのだろう。まあ、男性ならともかく、女性ならば、あまりにも低すぎる点をとらなければ、それほど問題はないだろうが。



 ちなみにラビィの父と母は、そのあたりはすっかりと諦めているので心情としては楽なものだが、今回ばかりは、ううん、とラビィは首をひねっていたのだが。




「では、範囲の詳細を配布させていただきます」



 マシューが、ぱしりと手のひらを打つ。見事なまでの魔力操作だ。教室中に花の吹雪のように散った白い紙たちが、ひらひらと生徒一人ひとりの机にこぼれ落ちる。ちなみにやはりラビィのもとには紙が足りない。相変わらず、地味すぎる嫌がらせである。このシマウマ頭めが。

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