第13話 真っ白な皇子様と3

 まったく、優雅なことだとラビィはため息をついた。


 想い人との逢引をひっそりと済ませ、ついでとばかりに餌付けを行う。こちとらペットじゃありませんわ。鶏ガラですまないね、とやさぐれた気持ちを誤魔化している目の前では、バルドが、ほうれ、ほうれとばかりに可愛らしいクッキーをちらつかせている。



 そのはちみつ色の髪を見ていると、途端に様々なものがどうでもよくなってきた。本当に、自分は今まで彼の何を見ていたと言うんだろう。「ウッ!!」 なので強行突破をすることにした。「お、お腹が!!!!」







 こうして力の限り悶え苦しむ真似をしてみたところ、バルドとの対談はあっさりと終了した。大丈夫かと問いかけるバルドに、ラビィは頬をげっそりとさせながら、青い顔を見せて、少し体の調子が悪いようでして、朝から気分がよくなかったのですわとかなんやらと適当に説明してみると、拍子抜けするほど簡単に彼はラビィの言葉を信じた。ちなみにラビィの顔はもともとげっそりしており血の気も悪いので、説得力が溢れていたということと、バルドとしても大して彼女に興味がないのだ。



(何が少し痩せているよ。オブラートに包み過ぎだわ)



 あからさまなお世辞ほどこちらをえぐってくるものはない。ちなみに、以前バルドが訪れた際よりも、ラビィはほんの僅かではあるが、健康的に変わっている。バサバサな白髪のような銀髪は相変わらずだし、あからさますぎる変貌は不審を招くので微々たるものだが、それでも根気よくじっと見てみればわかる程度には、肌の色艶はよくなっている。鏡を見ながら、毎日自分のほっぺたを引っ張って確認しているのだ。



 今更自身の美醜など小さなことだが、それでも健康的に生きることは、今後の生活に関わってくる。日課であるウォーキングの距離も、だんだん長くなってきた。とは言え、ラビィにてんで興味のないバルドには気づくはずもない変化なのだが。




「……なんだか、考えると虚しくなってきたわ」



 歩きながらさきほどのことを思い出しているとため息がでたが、そのまま勢いよく吸い込んだ。ただのため息も、そのまま呼吸を繰り返せば深呼吸になる。そうすれば気持ちも上がってくるというものだ。



 それにしても、お腹が痛いと悶え苦しんだ際、初めに飛び出したのがマリであることは意外だった。彼女の紅茶を飲んですぐだったということもあるが、職務には忠実な少女である、と改めて感じた。ラビィが見事ヒースフェン家、いやこのホワイティ国から逃亡できた際には、屋敷の中でももう少しいい部署にまわしてやりたいものだが、残念ながらラビィには何の権限もない。申し訳ない。



 マリにも、バルドにも、少しばかり横になっていれば落ち着きますと説明して、一人にしてほしいとそそっと姿を消したわけだが、このまま自室に帰るのもつまらない。なので本日のノルマであるウォーキングを果たすべく、磨いた隠密力を駆使して屋敷の中を徘徊したところ、めんどくさいものを見てしまった。




 あのマヌケな使用人がサイに絡まれていた。


 使用人は掃除の途中らしくホウキを握りしめて、彼よりもさらに長身であるサイを見上げている。



(……なんでここにサイがいるのよ。バルド様と帰ったんじゃないわけ!?)



 サイはヒースフェン家に初めて訪問した。ならば今後のバルドの護衛の兼ね合いから、屋敷を見回るようにでも言い伝えられたのだろうか。バルドはバルドでフットワークの軽い男だから、さっさと他の護衛と一緒に帰ってしまったのかもしれない。



 触らぬ神に祟りなし、とラビィはひっそりと呟いた。ちなみにホワイティ国の神とは慈悲にあふれていらっしゃるらしいので、祟りなんて言葉はこの国には存在しない。慈悲にあふれているくせに、魔力に貧富の差を与えるだなんて本当に嫌な神様だ。



 嫌なものを見た、とさっさと踵を返そうとしたものの、どうにも視線がはずれない。サイの無言の圧力に、使用人はすっかり恐縮しているように見える。その上、あいつは口が悪い。下手なことを言って、サイの機嫌をそこねてしまうかもしれない。



 うう、と唸った。攻略キャラ達には、なるべく関わらない。そう誓っていたはずだ。その上サイには、すでに不信感、いや嫌悪感を向けられている。そう分かっているはずなのに、気づけばラビィは使用人とサイの間に滑り込んでいた。ホウキを握りしめたままの青年を背にして、片手を広げる。




「うちの使用人が、何かいたしまして?」



 一気に、声を吐き出した。

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