第6話 一人目の攻略者

 ラビィはもそもそお粥をかっくらいながら、『ハリネズミの森へようこそ』略して『ハリネズ』に思いを羽ばたかせた。彼女が産まれてから、すでに16年経過しているから記憶も曖昧になるはずだけど、そもそも前世の記憶を思い出したのも最近のことだ。だから昨日のことのように思い出せる。



 久しぶりにじっくりと見た弟――――フェル・ヒースフェンの顔を思い出した。


 まるで自身の周囲に存在することすら許せない、といった顔つきでラビィを見たあと、目に入った事実すらも認めたくないような、そんな仕草で足早に通り過ぎた。行儀が悪いながらに、スプーンをくわえたまま、“公式の設定”を思い出してみる。



 フェル・ヒースフェンは、ハリネズの攻略可能なキャラクターの一人だ。ラビィの弟なのだから、もちろん年下であり、今年13になる、クリーム色のふわふわの髪の毛と、金色の瞳がかわいらしい男の子だ。ゲーム本編では普段はゆったりしているけれど、いざというときにはおませなキャラクターになるというショタ成分でこちらを補充してくれた。



 ちなみに、ネルラが男爵家に旅立つ際、ラビィは自室の窓から彼女らを見下ろしていたわけだが、フェルがネルラを抱きしめたしぐさは、全てのルート共有のスチルである。そう、フェルは幼い頃からネルラに恋する、初恋をこじらせた系男子なのである。



 ちなみにたしかセリフとしては、「きみがどこに行こうとも、会いに行くから」とかなんとか言っていて、フェルルートに入ると、主人公は皇子であるバルドと結婚した夜、ひっそりと窓の扉が叩かれる。誰だと開けてみると、城に侵入したフェルであり、きつく彼女を抱きしめて、「どこにでも会いに行くって言ったろ」とかなんとか、序盤のセリフの伏線を回収してくるのである。



「まだ僕は小さいけれど、必ず君を迎えに行く」というセリフを残して、二人は別れ、エンディングムービーが流れる。はいバッドエンド。いや、メリーバッドエンド?




 ラビィとバルドの髪の色を足して2で割ったような色素を持つフェルだが、ヒースフェン家は皇族とも血が近い。ラビィの母が現国王の妹であり、男であるフェルは皇位継承権を持つ存在だ。本編では語られていないが、つまり別れのフェルのセリフは国家転覆を狙っているのでは……? とファンの間では考察されていた。そんなどでかい爆弾最後に落とすな。



 ちなみに彼のイメージキャラクターはひつじだ。もふもふの髪がそれを語っている。名前のフェルは、恐らくフェルトが由来なのだろう。





 幼い頃は、これでも仲良くやっていたのだ。とは言え、ラビィがネルラの呪いにかかる6歳よりも手前、となるとフェルはまだ3歳だ。紅葉のような可愛らしい手のひらをこちらに向けて、ねえね、と甘ったるい声を出して甘えてくれたことは、彼の中には記憶すら残っていないだろう。魔法学園の初等部時代は、同じ学園で過ごすこともあり、彼と友人が話している姿を見かけ、声をかけようとしたことがある。その際、ラビィを話題としていることに気づき、彼女は慌てて物陰に隠れた。



『あんな骨が姉なんて恥ずかしいよ』



 ラビィはそのとき初めて、影で自身が鶏ガラと呼ばれていることを知った。そうして、木の幹にもたれかかり、声を押し殺して泣いた。当時としては辛い思い出なのだけれど、今となっては姉が骨というパワーワードにじわじわくる。




 ゲームとしてもフェルは国家転覆を企む程度には賢く、家柄、魔力と共に申し分のない彼は、中等部の代表を務めている。記憶力もいい分、愛しい少女をいじめるラビィという存在がより憎く見えてしまうのだろう。仕方のないことだ。



 ラビィとしては、本当は家族と仲良くしたい、と思っている。そりゃあ、家の中でいないものとされて、使用人たちからも陰口を叩かれて、嘲笑される日々が辛くないと言えば嘘になる。けれども全ては長い10年の時を経て、ラビィが招いたことだ。たとえ、ネルラという悪女が全ての元凶だとしても、公爵家にあるまじき魔力の低さでなければ、彼女に操られることなどありはしなかった。




 持って産まれた魔力の量の変化は、あってもせいぜい微々たるものだ。


 それはひっくり返っても変わらない、世界の仕組みだ。


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