第4話 素晴らしき思いつき
ラビィは死んだ。貴族のこってりとしたご飯に殺された。
「アッ……あ、アアッ……」
力をつけるにはご飯を食べなければならない。なのに断食に断食を重ねたこの体が食を拒む。せめてもの付け合せのサラダだけでもと体が求めても、素晴らしすぎるドレッシングが苦しいし、なんなら冷たい野菜すらもお腹に辛い。貧弱な上に、冷蔵庫ならぬ冷魔庫という、貴族の家あるあるなお宝魔道具が辛い。せめて常温で出してほしい。冷魔庫のおかげでがっつりと低温を保つ野菜達は、いつまでたってもキンキンに冷えていて美味しい。だけどお腹と胃が苦しい。
しかし。
「食べたい……!!」
目の前に出された食事の数々をネルラに奪われ続け、過去の記憶が蘇った今となっては令嬢のプライドすらもどこぞへやらと消え失せたラビィは、食に対するベクトルが恐ろしいまでに膨れ上がっていた。ネルラから、そしてこの国から逃亡するためには体力をつけなければいけない。そのためには、まずは食物を口につめて、せめて人並みな体を手に入れなければいけない。
食べるだけなら、恐らくなんとかなるだろう。けれどもただ食べるだけでは嫌だ。おいしく食べたい。餌ではないのだ。ネルラがわざとらしく床に落としたパンくずを、彼女の目を盗んでひっそりと口にする、あんな日々はもう十分だ。健康的に。おいしく。すばらしく食べたい。それほどまでに、彼女の食に対する欲望は歪み始めていた。積もり積もった苦しみであった。
ネルラが屋敷から去ったとは言っても、油断するわけにはいかない。ネルラはこの屋敷の住民たちと、親交を深めている。“頭がおかしい公爵令嬢”らしからぬ振る舞いをしてしまえば、どう彼女のもとに届くのか分かったものではない。
逃亡資金については、家のものを持ち出せばいいことだ。多少なりとて良心は痛むが、彼女一人が今後ひっそり生きていく分程度、ラビィの両親にとってははした金だ。
だからあとは、健やかなる、せめて一般的な体力をつけることさえできれば。
誰にも相談することができない。立っていることも辛くて、情けない体を引きずりながらラビィはソファに沈み込んだ。細すぎる自身の足首を見ながら、せめて暖かくて、お腹にたまる食事を準備することができていたらいいのに、とあまりにも体が気だるくてため息をついた。
日本にいたときを思い出すと、今の体はまるで重い風邪かなにかをひいてしまっているみたいだ。けれどもラビィにとってはこれが当たり前のことで、今日はいつもよりも部屋の中で立って色々と考えながら行き来をしたものだから、体力が底をつきてしまった、ただそれだけだ。
(風邪をひいたときに、食べるもの……)
日本にいたときも一人暮らしが長かった。こんなときは何もする気力もわかないのでカップラーメンを備蓄するか、ホットケーキミックスを愛用していた。あいつらはお湯を注げば美味しくなったり、ちょっと混ぜてマグカップに入れてレンチンすればお腹にたまる甘いものができたりと一人暮らしのお友達だ。風邪のときは、何もする気になれなくて、自分の面倒なんて見ることができないのだ。
でもこの世界にそんなものがあるわけない。それなら、と意識をまどろませた。少しだけでも目を閉じれば、ちょっとくらいならば体力を回復できるかもしれない。そんなとき、ふと思い出した。
(この世界に、ご飯はある……)
フォークでもそもそ食べるもので、ラビィとしてはネルラの妨害もあり、数えるほどしか食べたことはないが。それなら。
「おかゆが、作れる!?」
飛び上がった。そしたらまたふらついた。
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