第45話 伯爵邸における戦い(アンドルー編)

フィオナの挑戦的な言葉がわからなかったのか、意味がちゃんと伝わらなかったのか、アレキサンドラは言葉を続けた。


「修道院の方がいいっていうのが、あなたのご希望だったでしょう。何回も聞いてるわよ。娘はまだ小さいけど、あなたみたいに修道院なんか希望しないと思うの。あの子はなかなか美人ですからね。お金さえあればね」


「普通は社交界デビューさせて結婚の道を探るのではないですか? うまくいかないと言うなら仕方ありませんが」


「でも、あなたでは絶対無理だとわかっていたみたいじゃないの。だから、修道院を希望してたんでしょう? 違うとは言わせませんよ! 入会金の問題が片付いたので、最初の希望を貫くべきだと思うの。最初からそうすべきだったのよ。申し訳ないわ」


「私は、結婚したいと思ってます」


フィオナは口を挟むことができたので、そう言った。彼女は立派な戦果を挙げたのだ。ジャックとセシルだ。絶対無理とは何だ。


アレクサンドラはカッとなった。辛抱して事を分けて説明したのに、どうして言う通りにしないんだろう!


「結婚なんかしなくてよくなったのよ。結婚しなくてもういいの! 修道院へ行きなさい。今すぐ、ここにサインしなさい! あなたを私たちが不自由を忍んで今まで我慢して養ってきたことを忘れたの!? 私たちに恩を返すのよ! 恩知らずのわがまま娘だね!」


「しませんよ。私は結婚するんですから。それに、私を養ってきたのは、私の両親であなたじゃありません」


今まで、フィオナは、この義姉が怖かった。


伯爵家の実権は、父のボンクラ伯爵ではなく兄のアンドルーが担っていたのだが、めんどくさがりで内心妻を恐れている兄のアンドルーは、義姉の言いなりで、したがってフィオナも義姉の言う通りにしなくてはいけなかった。それしか生きる術がなかったからだ。だが、今は違う。


アレクサンドラは、一瞬、呆然とした。


まさか、フィオナが反抗するとは思っていなかったのだ。

彼女は遺産を当て込んで、新しいドレスの発注を何着もかけていた。


「生意気な! なんて生意気な! もう、こうなったら、この家を出て行きなさい。今すぐ、出て行きなさい! せっかく話をしてやったのに。未成年なんだから、署名は代理人のアンドルーがすれば済むんだよ。あんたは、知らないだけだよ!」



ドアの外から、怒っているらしいアンドルーの声がした。


「アレクサンドラ! 何してるんだ。フィオナを呼んだのは私だ。ここを開けて!」



アレクサンドラがフィオナの右腕をつかんで、無理やり字を書かせようとしてくる。

フィオナもこれには驚いて、必死で抵抗した。


「ここと、ここに、サインすれば……なぜ、言う事を聞かないの! 早く!」



「何をしているんだ?! アレクサンドラ!」


ガンと音がして、ドアが開いた。

髪を振り乱した執事が、ありとあらゆる鍵が吊るされた大きな鉄製の輪を持っていた。

どの鍵がこの部屋の鍵がわからないので、片っ端から挿して試していたのだろう。

ドアが開いたので驚いたと言った顔だった。

だが、直ぐに後ろからアンドルーが飛び込んできた。


「やめなさい。お前はフィオナから、全財産を取り上げる気か!?」


机の上に広げられ、うねうねと字にならないインクの跡がのたうっている紙は、修道院への入会申込書と財産贈与の証書だった。


「人聞きの悪い! 私はただ、フィオナの願いを叶えてやろうとしていただけですよ!」


「フィオナの願いは、ジャック・パーシヴァルとの結婚だ。修道院に行きたがるだなんて、よほど事情のある娘だけだ!」


「器量も悪ければ、性格も悪い! 頑固で人の言う事を聞かない上に、思い込みが激しくてちっとも素直でない馬鹿女ですよ! 社交界で通用しなくても当然ですわ」


自己紹介ありがとう……。


人間は、自分を通して他人を視るという。


腹を立てるべき場面のはずが全く腹が立たないのは、アレクサンドラの解説がフィオナではなくて、アレクサンドラ自身のことじゃないかと思えてきたからだ。


「お兄様、私はグレンフェル侯爵と結婚しようと思っています」


アンドルーは、目をむいた。


「バカを言うんじゃない! お前の結婚相手は、ジャックだ。ジャック・パーシヴァルだ!」

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