第40話 戦う結婚計画

セシルが唇をゆがめて言った。


「こっちが仕事に追い回されて、時間がないことをいいことに伯爵家へ出入りして、勝手に話を進めやがった。僕が伯爵家へ行ったら、追い返されたよ」


「え? まさか」


「おそらくジャックはダーリントン伯爵家に援助の約束をしたのだろう」


ああ、とフィオナは思った。お金か。確かに収入はセシルの方が多いかもしれなかったが、自由に動かせる金額はジャックの方がずっと大きいだろう。


「最初に言った展開になって来たと思う。自分の意志を通したかったら、がんばらないとダメだ」


マルゴットに言われたことがある。


『グレンフェル侯爵家との結婚にメリットはありません。二人がお互いを好きなだけです。だから、結婚したければ、自分たちが意志を貫き通さねばなりません』


そして、それはフィオナのゆるぎない強い愛と信頼がなかったら難しいとマルゴットは言った。




あの時、フィオナの遺産の話はまだ世間に知られていなかった。


グレンフェル侯爵は、お金持ちの令嬢と結婚することが可能だった。その彼が、わざわざ貧乏伯爵家の娘を娶りたかったら、世間と戦わなければならなかった。


この場合、世間とは、彼に年頃の娘との結婚話を持ち込む裕福な商人や、余計な批判のほか釣書をもたらす知り合いや親せきなどのことで、侯爵家の財政上の問題点を指摘して金持ち娘との結婚を強要する古くからの使用人なども含まれる。


各種舞踏会に参加の際、彼が多くの令嬢に取り巻かれているのをフィオナも見ている。油断も隙もない。



「いや、今となってはフィオナもそうだから」


それはそうだった。確かに五十万ルイの持参金付きの伯爵令嬢は、魅力的過ぎる。


セシルは心配そうだった。

逆に誰も見向きもしない、貧乏伯爵令嬢ともっと爵位が低い貧乏貴族の組み合わせなら、余計な釣書の応酬などはあり得ない。




今、セシルは、結婚に向けた第一弾としてジャックと戦うと言っているのだ。


兄のアンドルーを味方につけ、ジャックは社交界に婚約者であると名乗りを上げた。

良縁だと認識されている。



「私が好きなのは、あなたなのに? あなた以外と結婚する気なんかないのに?」


「でも、それならどうして逃げるようにこの田舎にやってきたの?」


セシルが鋭く尋ねた。


「……アンドルーがジャックとの結婚を勧めてきたから」


「……両親の伯爵だけでなくて、兄のアンドルーもジャック側か……。あなどれんな、ジャック」


フィオナは驚いた。父の伯爵はグレンフェル侯爵との結婚を勧めていたはずだ。


「私は父がジャックに鞍替えしたのを知らなかったわ」


フィオナがため息をついた。



「だから、伯爵家へ帰したくないんだ」


「でも、嫁入り前の娘は家にいるものよ? それに、本当に行くところがないの。どの親戚の家に行ったところで、絶対に連れ戻されるわ」


その通りだった。セシルにも予想はついていた。


「それでマークと作戦を練ったわけなんだよ」


「おかしいわ。だって、マークはジャックの姉のクリスチンの婚約者よ? マークはジャックと付き合いも長いし、あなたの味方をするよりジャックの味方をしそうなものだわ」


「あそこの姉弟の中が悪いって言うのは本当らしいね。クリスチンは、ジャックの肩を持たないらしい。マークはなかなかの強者だな。僕だったら、あんなに気の強い女と結婚できる自信がない」


「でも、クリスチンはマークには弱いのよ」


「それは、見ていてわかった。それはとにかく、マークはクリスチンを実家に戻したい。昨年のクリスマスにクリスチンはカナダに犬ぞりレースに出かけたらしいが、今年はぜひそれはやめて欲しいそうだ」


「あの話、本当だったの?」


「去年はカザリンが風邪をひいたので止めたそうだ。まあ、カザリンは元々あんまり乗り気じゃなかったらしいが。で、クリスチンを家族に見張っていてもらいたいらしい。彼女は犬ぞりレースのリベンジに燃えているんだが、クリスマスにカナダまで出かけられたら、式の予定が狂うそうだ。突発的に妙な気を起こして、式の準備をほっぽり出して、結局延期というのを避けたいって言うんだ」


「結婚が取りやめになる心配はしていないのね?」


「そこは一応、自信があるらしい。でも、不測の事態に備えるために、あの勝手気ままなアパルトマン暮らしを阻止したい。もう、ジャックのことなんか構っちゃいられないんじゃないかな。男友達も訪ねて来るしね。それにはもう耐えられないらしい。それで、ダーリントン伯爵家の情勢から、ぜひ、フィオナ嬢にあの住まいを貸してやって欲しいと頼み込んだわけだ」


「マークがクリスチンに頼んだのね」


「そう。いかにも友人の僕の為と言う風を装って。実際にはマークの希望だけどな。だけど、僕の利益でもある」


なるほど。妙な話の流れになっているとフィオナも思っていた。マークがそこまでフィオナの心配をするはずがなかった。


「微妙なのはクリスチンのご両親かな? やんちゃ娘が実家に戻ってきて、誰にもケチのつけようのない立派な男と結婚するのは嬉しいが、代わりに息子が失恋するんだからね」


それから彼は目を光らせた。


「ジャックの両親だって、君の遺産の話は聞いているだろう。君との結婚は大いに歓迎するんじゃないかな。古い名門の伯爵家の令嬢で、息子が見染めた女性だ。その上、莫大な持参金付きとなれば、マークとクリスチン同様ケチのつけようがない良縁だ。ジャックは、君と婚約したと言いふらしている。ダーリントン伯爵家公認だから世間はみんなジャックの言うことを信じるだろう」


「セシル!」


「僕とマークは今晩の汽車で街に帰る。準備が必要だ。両親あてに僕との結婚を決めたと手紙を書いて欲しい。マルゴットを迎えに来させよう」

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