第50話 フィオナ、救出される

やってきたのはマルゴットだった。


確かにダーリントン家の一員だ。それに、マルゴットがお嬢様を迎えに来るのは当然だ。




「マルゴット!!!」


フィオナは泣きそうになりながら、ジャックの腕から飛び出した。


マルゴットが天使に見えた。


「パーシヴァル様、お迎えにまいりました」


「あ、母に紹介しようと思っていたのだ。すぐ戻る予定だから……」


ジャックはパーシヴァル家の女中に目で信号を送り、女中が意味を理解するのに一瞬かかって、その通りでございます、ちょっとだけお待ち下さいませ、と言おうとした隙に、マルゴットの言葉が雪崩れ込んだ。


「ありがとうございます。でも、もうそろそろ遅うございますから」


確かにもう暗くなりかけていた。


パーシヴァル家の執事も駆けつけてきて、ジャックの目混ぜでしきりと夕食に誘い出したが、貴族の名家を勤め上げたマルゴットの岩のような威厳に勝てる使用人はいなかった。


「このようなドレスでは、ディナーの席には座れません」


誠心誠意、心からのお招きを、礼儀作法の建前で粉々に粉砕するのは正しいのかと言う真摯な疑問を、堂々たる迫力でマルゴットは完全シャットアウトした。

年頃の名家の令嬢のお供ともなると、こんなものかと妙な感心をされる勢いであった。


外には馬車が待っており、マルゴットはフィオナを詰め込み、丁重に挨拶するとさっさと出て行った。


気迫負けしてフィオナを見送ったジャックだったが、すぐに真っ赤になった。


「追え!」


「は?」


執事が妙な声で聞き返した。


「辻馬車を呼んで来い。あの馬車がどこへ行くのか尾けるんだ!」


「伯爵家ではないのですか?」


「なら、なぜ、伯爵家の馬車じゃないんだ。早くしろ。僕がついて行ったら怪しまれる」






馬車の中では、フィオナが泣き崩れていた。


不安だったのだ。


アンドルーやアレクサンドラと一戦交えたこともだったが、それよりもジャックだった。

ジャックに指摘された内容が、彼女の不安をかき立てたのだ。




クリスチンのアパルトマンの客間に泊まることになったフィオナは、マルゴットに今日あったことを洗いざらいしゃべっていた。


「フィオナ様。ジャック様の言うことは確かにその通りでございます」


フィオナはびっくりして涙でぼろぼろになった顔で、マルゴットを見上げた。

セシルが浮気をすると言うの? 幸せになれないって言うの?


「マルゴットも、それは心配しておりました」


マルゴットは誰の味方なの? あんなことを言うジャックは意地悪だ。


「でもね、フィオナ様。ジャック様は商家の出身です。ジャック様には貴族階級の欠点が良く分かるのでしょう。でも、フィオナ様ご自身が、その階級の出身なのでございます。ジャック様が思う程、フィオナ様にとっては大変ではないと思いますよ。それに、そんな問題、些細なことです」


「些細なこと?」


マルゴットは、微笑んでいた。


「頑張らないと結婚できないとおっしゃったのはグレンフェル侯爵でございましょう? 二人で心を合わせて頑張ればなんとでも出来ますよ。それは商家でも、貴族でも同じこと。どんなご夫婦でも一緒です」

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