第13話 再会

ジャックは大急ぎで姉を見つけると、カザリンを返却した。


「クリスチン、この女、俺の婚約者だって名乗ったんだけど」


「あら、良かったじゃないの。結婚すれば? いいお話じゃないの」


カザリンがにこにこした。


「俺、ダーリントン伯爵令嬢を待ってたんだけど」


「あら」


「でも、婚約者が必ず死ぬ不吉な令嬢ですよ」


カザリンが口をはさんだ。


「そうよ。それに貧乏伯爵家に用はないでしょ?」


「俺は、あの人がいいんです!」


ジャックは叫んだ。


二人は「まあ!」と口をそろえた。


「惚れたのね?」


姉が言った。悪魔のようにニヤリと笑った。


「じゃあ、カザリン、あきらめなさいよ」


「おもしろかったわ」


カザリンは醜悪な笑いを浮かべた。


「男なんて、若くてきれいな娘ばかり相手にするのよ。若くて顔さえよければ、それだけでいいのよ。ほかのいいところなんか決して見ないのよ」


恨みがましく彼女は付け加えた。

思わずジャックはカザリンの顔を見た。


「俺は、あんたは性格が最悪だと思うよ」


そのあとの阿鼻叫喚は、ジャックの問題ではなかった。彼はくるりと踵を返すと、さっさとその場を離れた。姉とカザリンが何か大声で言っている。

カザリンみたいな女を連れ回す姉の気が知れなかった。




ジャックは、家へ帰ると、生まれて初めてラブレターを書いた。


もう書くっきゃなかったのである。


まず、誤解を解き、自分の気持ちを伝える。そして、

「もう一度お会いしたい」

ジャックは、どうしても会いたかった。

姉やカザリンに比べると、フィオナはまるで、新鮮な朝に咲きかけた白薔薇のようだった。(比喩的な意味で)






「ジャック様が婚約?……それは嘘でしょう」


マルゴットが断定した。


「ジャック様が婚約すれば、必ず噂になります。そんな話は出ていません。まだ、内輪だけの話なのかもしれませんが……」


ちょっとマルゴットは首を傾げた。そばでは、マッキントッシュ家の女中のジェンが目を輝かせてマルゴットを見ている。このわずかな期間に彼女はマルゴットのファンになっていた。


「しかし、都合がよろしい」


「つ、都合がよろしい?」


フィオナはびっくりした。

どういう意味なんだろう。


「これを口実に、少しジャック様から離れて、別な男も探しましょう。ジャック様にまとわりつかれれば、ここピアではほかの男がやってきません。何しろ、あのモンゴメリ卿が後ろ盾ですから。ピアではモンゴメリ卿は社交界のドンです」


そう。血も涙もない、男狩りは続くのである。


ピアでの滞在はあと2日ある。



「明日はシャーロット様をお連れして、ピクニックに参加するのですね」


マッキントッシュ夫人とジェンとシャーロットが緊張して控えていた。


「ジェンと私が、シャーロット様とフィオナ様のお供に着きます」


マルゴットが説明し、ジェンが背筋をピンと伸ばした。


「衣装はこれを」


マッキントッシュ夫人がピンクのシャーロットの衣装をいそいそと持ってきた。


「却下」


「え?」


マルゴットがマッキントッシュ夫人をじろりとにらんだ。


「二人の衣装の色目を合わせて、相乗効果を上げる! 好感度を上げる! パーティで目立つ! 他のを持ってきて!」


「……あっ、はいッ」


3人が声をそろえた。



マルゴットの作戦は図に当たり、赤を基調に相性の良い色目を組み合わせた愛らしいドレスの二人組は、緑を背景によく目立った。一人より二人である。

それを聞いてマッキントッシュ夫人は有頂天になった。


なるほど。その手があったか……。オマケ戦法、ダブル攻法である。



シャーロットは、自分が出られない舞踏会や晩餐会の様子を知りたがった。一度など、ジェンと一緒に馬車に乗って、会場まで来たこともある。


「あそこで、素敵な殿方からダンスのお申し込みを受けたいわ」


マルゴットはそれを聞いて言った。


「まあ、マッキントッシュ家では、同じパーティに出席する訳には行きますまいが……」


最高峰を知っておくことは参考になる。


たとえマルゴットが情け容赦ない真実しか語らない人物だったとしても、マッキントッシュ夫人は大満足だった。

夜中、フィオナを迎えに行くために、何度も馬車を走らせなくてはならなかったが、その都度、社交界の最新情報を手にすることができたのだ。もはや、マルゴットを崇め奉る勢いだった。

ピアから戻ったマッキントッシュ夫人の所へは、同じような境遇の金持ちの夫人からの問い合わせがしばらく続いたと言う。






ピアでの最後の晩、フィオナは舞踏会に出た。


ピアでの滞在は有意義だった。知り合いが大勢できて、(結婚まで持ち込めるかどうかはわからなかったが)少なくともマルゴット的にはOKがもらえた。



今晩のパーティは寄付金集めの慈善舞踏会だったので、基本的には参加は自由だった。ピア以外からも大勢人が集まる大規模なパーティで、今シーズンの目玉だった。


「議会が終わったので、首都から議員の皆様や関係する高位の貴族の皆様も大勢参加されるでしょう」


マルゴットが力説した。


「今晩の慈善パーティが最も重要です」




しかしながらフィオナは、出来るだけ壁の花の方向で佇んでいた。


ジャックは悪くはなかったが、姉が少し怖かった。


エドワードは、気の毒に思って声をかけてくれているそうなので、別に気の毒ではないとわかれば来ないだろう。


毎回、すべてのパーティで一緒になるモンゴメリ卿については、フィオナの頭からすっぽり抜けていた。

多分、モンゴメリ卿がフィオナの耳元で大声で、結婚してください、あなたが好きですと怒鳴れば気が付いてもらえるかもしれないレベルだった。

モンゴメリ卿は馬鹿ではないので、耳元で怒鳴る件については躊躇していた。全く相手にされなかったら、いい笑いものである。



うまい具合に柱の陰になる場所があって、フィオナはそこに隠れていた。


大勢の人たちが踊っている。


自分はやはり苦手でダメだなと思った。

マルゴットにばれたら怒られる。出来るだけ条件のいい男を拾って来なくてはいけないのだ。だが、もう疲れた。


ジェンに言われた。

「好きな男性が現れなかったのですよ」

シャーロットにも聞かれた。

「ダンスを申し込まれるだけでもドキドキしない?」


しない。まったくしない。

どうしたらいいかわからなくなってしまう。やっぱり男性は怖いし、それに……

興味がないのだ。


彼女は、柱の奥の方に回って、もっと引っ込もうとした。曲が終わったので、次の相手を探す連中がやって来るタイミングだった。


「あら」


先客がいた。


「申し訳ございません」


最近、板についてきた笑顔を顔に張り付けた。ここはダメだ。別な場所を探さないと。でも、同じようなことを考える人がいるのね。


「フィオナ嬢」


その先客が声をかけてきた。フィオナは驚いた。誰だろう。低い男らしい声。


あの人だ。仮面舞踏会の時の。


フィオナには声でわかった。

一度しか聞いていないけれど、その声は脳裏に刻まれている。


「あなたは、もしかすると、あの……」


背の高い大柄な男性で、仮面を付けていない初めて見るその顔は、ものすごく好みだった。


自分に男性の好みなんかあったんだ。


初めて知った。


なんてステキな人かしら。

うっかり不躾にも見つめてしまっていると、急にその男性が微笑んだ。


「そうだ。踊りませんか?」


その男に手を取られて、フィオナはダンスフロアへ出て行った。

ドキドキする。

どうしたらいいかわからない。顔から目が離せない。

ダンスフロアは、突然光に満ちた魅力的な空間へ変貌し、フィオナはほかの人が目に入らなくなった。


「どうしてあんなところに隠れていたのですか?」


男性に聞かれて、フィオナは困った。


「もう、ダンスはいいかなと」


「そんなに踊ったんですか?」


彼はおかしそうに笑った。


「前にお会いした時は、1回だけしか踊らなかったと言っていたのに」


この人だ。間違いない。フィオナは、嬉しさに震えた。また会うことができた。すごい偶然だ。


フィオナはこの男性の前では正直になってしまう。


「誰かと結婚しないといけないと言われて……。それで、出来るだけたくさんの男の方と踊ったり、話をしたり……」


「楽しくなかったのですか?」


「楽しい方もいましたのよ?」


モンゴメリ卿の話は興味深かった。ジャックも面白い。


「でも、もういいかなと」


「おや」


男性は言った。

フィオナは思い切って尋ねた。


「私の名前はフィオナですけれど、あなたは?」


「グレンフェル侯爵、セシル」


フィオナは思わず手を放した。


グレンフェル侯爵には婚約者がいると言う。

侯爵は手を取りなおした。


「どうして手を放すのですか?」


フィオナは気を落ち着けようとした。


「婚約者がおいでと聞きました」


侯爵が微笑んだ。


「その方に申し訳ないのでは?」


「まさか」


まさかって。


「もし、もし、私に婚約者がいて、その方がほかの女性とダンスをしていたら、私はつらいかもしれませんわ」


「そうなんですね」


侯爵はわかったのかわからないのか、嬉しそうに笑った。


この方は私をからかっているんだわ。


大人の男性はそんなものなのかもしれなかった。曲が終わってしまって、フィオナは侯爵の元を離れようとした。


だが、彼はゆっくり彼女の後を追いかけてきた。フィオナがどんなに急いでも、彼は直ぐに追いついてしまう。


「外に庭があります。一緒に行きませんか?」


婚約者がいる侯爵と? そんなわけにはいかない。婚約者に申し訳ないではないか。


「婚約者の方に申し訳ありませんわ」


でも、離れがたいのだ。この人のそばにいたい。


侯爵は笑って手を取った。そして、彼女の名を呼んだ。


「フィオナ」








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