第8話 タダで高級避暑地に滞在する方法
一週間のステイである。
多くの人々がここにあるロッジに宿泊し、毎晩のように開催されるパーティや、昼間のうちは乗馬やピクニック、ボート漕ぎなどに参加する。
避暑地での社交は今が最盛期で、高名な大貴族なども滞在している。
マッキントッシュ夫人は、社交界デビューを間近に控えた娘を伴いピアに滞在していたが、夜会はまだ無理でも昼間のイベントには娘を顔出しさせたがっていた。
「まだ、十五歳になったところなの。来年にはデビューになるわ。その前に顔を売っておきたいのよ」
フィオナは、家格は伯爵家。どの会に参加しても問題ない。
ただし、貧乏なので、こんな高い場所にステイできない。
一方、マッキントッシュ家は金持ちだったが、貴族などではない。最も的確な言葉があるとすれば成金である。お金の次は名誉ということで、娘をどこか名のある家族に嫁がせたがっていた。しかし、当然ながら、上流社会に入り込む伝手などない。
そこで目を付けたのがフィオナだった。伯爵家のデビューした娘にくっついて歩けば、貴族社会と同じ空間になんとなく出入りすることができる。自然、顔も売れるのではないか。
それに、彼らにとって深刻な問題として、マナーがあった。より高貴な社会に出入りしたいマッキントッシュ家にとって、貴族的な振る舞いや話し方といったマナーは、一朝一夕には身につかない大問題だった。
マナーがなってないと言われるのには我慢がならない。
だが、本物の伯爵令嬢が自宅に住んでくれるのなら、見よう見まねだけでも大いに参考になる。大歓迎だ。
まったくうまい具合にマルゴットは、みつくろってくるものだ。フィオナは感心した。
フィオナももちろんだったが、殊にマルゴットは三顧の礼をもって迎え入れられていた。
立派な貴族の家の侍女頭との触れ込みである。さぞ、貴族の家のさまざまなしきたりにも精通しているに違いない。
一方、マッキントッシュ夫人は、やって来た伯爵令嬢の荷物の多さにたまげていた。
「これは?」
場所を大幅に取るので、居候のくせに何事だと考えたらしい。ただでさえ、ピアは高い。そう広い部屋を借りられるわけではなかった。
「お嬢様のドレスでございます」
見たらわかるだろうと、マルゴットに睨み付けられた。
「シャーロット様は、まだ、夜会には、参加されませんでしょう?」
「ええ」
「フィオナ様は、夜会服もティーパーティ用のドレスも必要です。夜会服は同じものは着られません」
なるほど。それはそうだ。
「来年には、シャーロット様も、同じくらいの数のドレスが必要でございます」
マッキントッシュ夫人の目はギラリと輝いた。
「フィオナ様のドレスをよくご覧になっておいてください。来年には流行が変わっているかもしれませんが、それは仕立て屋に聞けばいいこと。それより、いつ、どのパーティに何を着て行ったかを参考になさってください。何を着て行けば失礼にならないか」
「わかったわ」
「そして、今日は、フィオナ様は、モンゴメリ卿のティーパーティに招待されています」
マッキントッシュ夫人が、物欲しそうに尋ねた。
「デビュー前の娘は参加できませんわね?」
「デビューの問題ではなく、招待状のある方だけになります」
マルゴットは、冷たかった。
「そのあと、フィオナ様は、今夜は、マーチンの町主催の舞踏会に参加されます」
マッキントッシュ夫人の口惜しそうな様子を冷然と無視してマルゴットは言った。しかし、彼女は語を継いだ。
「シャーロット様は、明日、行われるピクニックパーティに、フィオナ様とご参加下さい」
「ピクニックパーティ?」
マルゴットは、うなずいた。
「ピクニックパーティは、自由参加でございます」
「それは、何回か参加しましたわ。でも……」
はかばかしい効果はなかったのである。
なぜなら、いつもの顔見知りの金持ち連中に歓迎されただけで、そばに行きたい貴族連中からは丸ごと無視されて終わっているのだ。マルゴットは、夫人をバカにしたように見下した。
「今度は、フィオナ様とご一緒ですよ?」
マルゴットは夫人の顔を見た。
「奥様には参加はご遠慮いただきます」
なにか侮辱されたような気がして、意味もなく顔が赤らんだ。
「シャーロット様は、フィオナ様がお連れになります。お二人で行動していただきます」
私は母親ですよ?と言いかけて、マッキントッシュ夫人は黙った。
確かにそうだ。
まだ、デビュー前のシャーロットなら、フィオナのオマケ扱いで、あの相手にもしてくれない貴族連中の中に入っていける。
「フィオナ様は、マッキントッシュ家のお馴染みのお友達のところへは行きません。オーウェン卿やモンゴメリ卿のところへ行きます。シャーロット様は、フィオナ様のお知り合いのお嬢さんの扱いです」
おおっ!と、夫人は思った。
なるほど。
それにモンゴメリ卿のことは、噂で知っていた。社交界のドンである。それと同時に縁結びがうまいと言う噂だ。
夫人の目がギラついてきた。
「よいですか? シャーロット様がデビューされても、すんなりとは貴族階級の社交界に出入りはできません。もちろん、お金の使い方次第で、招待は受けられるでしょう」
マッキントッシュ夫人は真剣にうなずいた。
「でも、それだけです。しかし、こうやって、顔を売っておけば、思い出してもらえます」
然りである。
「顔見知りとそうでないのとは、大違いです。シャーロット様もいろいろな方のことを覚えてらっしゃることでしょう。皆様のお話についていけます」
すばらしい。感動的な方法だ、とマッキントッシュ夫人は思った。
それから、とマルゴットは続けた。
「夜会には、必ず馬車を迎えに寄越してください。その時……」
なんで、あんたんちの娘をうちの馬車がわざわざ迎えに……と言いかけたところで、マルゴットの語調が強くなった。
「マッキントッシュ家の腕利きの女中を一緒に乗せていらっしゃい」
「は?」
「迎えの女中は、夜会の建物に入れます。私がついていますから、失礼がないよう指導します」
「おお」
合点がいった。
「毎回、迎えに来て、そして、いろいろな夜会を勉強することです。いずれ、どこかの貴族にお勤めだったメイドを高額でお雇いになることでしょうが、自家の子飼いのメイドに勉強させるのは大事です。フィオナ様の夜会の実際を見るわけですから、嘘やデタラメはありません。高給に釣られてやって来たようなメイドがどれくらい信用できるかわかりません」
マッキントッシュ夫人も、理屈は飲み込めた。
「よくわかりましたわ。当家の馬車と御者、メイドを好きなだけお使いください」
マルゴットは鷹揚にうなずいた。
これで好きなだけ、マッキントッシュ家の馬車やメイドを使えると言うものである。
マルゴットは満足そうだった。
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