第7話 不細工な娘の恋
すっかりふらふらになって帰って来たフィオナを目前にして、アレクサンドラとマルゴットは眉をしかめた。惚れっぽい筈じゃなかったのに。
不本意ながらフィオナの結婚に興味を持ってしまったアレクサンドラと、死力を尽くさねばならない使命のマルゴットだったが、この体たらくには絶句した。
どこへ行ったんだ。男性恐怖症とやらは。
「一体、誰だったの?」
「ええと……」
「自分の名前は教えたけれど、向こうの名前は聞かなかったと……」
「そうですわね……」
「顔も名前もわからないんじゃ、どうしようもないじゃない」
「向こうが探してくれればと……」
「甘い! 何言ってんの!」
不毛である。
しかし、こうなってしまっては、エドワードなんかはどこかへ吹っ飛んでしまいそうだ。
「お嬢様にお花が……」
またエドワードか、と思ったら違っていた。花束は五束ほどもあった。
「夕べの戦果ですか!」
「あらあ! 意外にあるわね。頑張ったのね、フィオナ」
「途中までですけどね」
珍しくマルゴットが皮肉った。昨晩は仮面舞踏会と言う気楽さが功を奏して、大量の男と踊れたのだ。もっと頑張るべきところを、誰だかわからないその男に引っかかって、以後のダンスを打ち止め状態にしてしまったのだ。マルゴット的には失態である。チャンスだったのに、なんてことを。
問題は誰が誰だかわからないことだった。
つまり、せっかくそれだけの数の男と接触できたのに、花束に添えられたカードで送り主の名前はわかっても、顔がわからない状態のままなのだ。
「問題のその誰かさんからの花束かどうかもわからないだなんてねえ」
フィオナは花束をいちいち確認して、その中にあるカードを探していた。一言添えられているので、そこにヒントがあるのではないかと思ったのだ。
『初々しいあなたに乾杯! 昨夜は全くあなたに魅了されました』
これは反応がむずかしい。返事に困る。それと、なにかおっさん臭がする。
『拙宅にて、パーティを開催します。ご都合よろしければ、ご参加いただきたく、謹んでご招待申し上げます』
誰だろう、これは。何かの広告のようだ。マルチ商法や宗教でなければいいんだけど。後でマルゴットに判断してもらおう。どうせ、参加して来いになるだろうけど。
『夕べは面白かったです。次の慈善舞踏会でお目にかかれればと願っております』
「これだわ!」
アレクサンドラとマルゴットがやって来た。
「誰なの?」
「これが、その男からの花束なの?」
「名前がないじゃないの」
アレクサンドラがカードを取り上げて裏を返した。
「何もないじゃない。本気なのかしら? ちょっと、フィオナ……」
アレクサンドラは、フィオナを睨みつけた。
「あんた、騙されたんじゃないの?」
「騙されるとは?」
「どっかの結婚してる男だったりして。それで、名前を書いて来なかったりして」
は! 既婚者!
見る間にフィオナがしおれていく。
「既婚者は、女あしらいがうまいからねえ」
「お兄様を見ている限り、そんな……」
余計な一言だった。アレクサンドラに怒られた。
「慈善舞踏会って……」
慈善舞踏会は数あれど、伯爵令嬢たるフィオナが参加しそうなものは数が限られてくる。
それは自由参加なので、招待状がなくても参加できるが、かなりの額の寄付が暗黙の了解で求められる会だった。
「ダメよ、フィオナ」
アレクサンドラが宣言した。
「そんなお金はないわ。それに、この花とカードの男が来たところで、あんた、わかんないじゃないの!」
アレクサンドラにしては鋭い指摘で……そしてかなり致命的だった。
いいじゃないか!と、フィオナは決意した。
この恋を土産に修道院へ入ればいいのだ。
修道院だって、一度も恋したことのない女より、悲恋の挙句、入った女の方がきっと尊敬されるに違いない。
すばらしい殿方に恋い焦がれ、叶わぬ恋に身をやつし、失意の身を修道院に……
「ちょっと、お嬢様。どうせ、修道院行きだから、どうでもいいとか思ってらっしゃらないでしょうね?」
いきなりマルゴットに図星を突かれた。
「ふざけないでちょうだい! 修道院行きだって、タダじゃないのよ? みじめーな貧乏ーな修道院行きになるわよ?」
そこは、大伯母の遺産が……と、言い返したいところだが、そんなことを言おうものなら、子どもの養育費に悩むアレクサンドラは何を言いだすかわからない。黙っておこう。
「それより、うんと金持ちに嫁いで、うちを助けてちょうだい」
壁にかかったカレンダーを睨んでいたマルゴットが言いだした。
「慈善舞踏会まではずいぶんと間がごさいます。ここは、夏の社交界が総出で出かけるピアへ参りましょう」
マルゴットが言うと、アレクサンドラが正気かといった目つきでマルゴットを睨んだ。
「マルゴット、あんたは知らないかも知れないけど、夏のピアはめちゃくちゃに高いのよ?!」
マルゴットは返事するのがもったいないと言わんばかりにアレクサンドラの発言を無視した。
アレクサンドラは、この態度に怒ったのか、さらに語気を荒くして詰め寄った。
「身分の高い貴族か、よほどの金持ちでなきゃ行けないのよ? それにそもそも事前の予約が必要よ!」
そう。ピアは王様までがやってくる夏の避暑地である。
開放的な雰囲気に包まれた海辺の街で、風光明媚な上、気候が温暖だった。夏の間は雨も少ない。
ムシムシ暑い首都を離れて、自然の中で過ごすのが最近の流行だった。
しかし、この美しく快適な町はたいして広いわけでもないので、宿泊施設はどこも大入り満員、ホテルもあるが、通は自然に親しめるコテージに住うものとされていた。
町の真ん中には市庁舎と商工会の持ち物であるホールがあり、毎晩のようにどちらかで舞踏会や芝居やパーティが催され、そのほか、ピクニックや昼間のお茶会などもそれぞれ力のある個人が趣向を凝らして開催していた。
つまり、相当にカネのある連中しかいけない、社交界の粋を集めた夏のリゾート。この上なく華やかで、ここに参加することは憧れの的だった。
したがって人気すぎて、コテージやホテルの予約が取れない。取れたにしても、一財産必要だ。
ダーリントン伯爵家など、検討することさえ、あり得なかった。
「何言ってるんだか」
アレキサンドラは、鼻でせせら笑った。
「まさか皿洗いをしに行くとか言うんじゃないでしょうね?」
「一流の方々が参加される会でございます。フィオナ様にはピッタリでごさいましょう」
アレクサンドラは、心配になってきた。どう考えても無理だ。
だが、マルゴットは自信満々だった。
「大歓迎して迎え入れてくださる知人がいます。アレクサンドラ様は、フィオナ様のトランクとスーツケースを送ってください。ピアのプールヴァール通りにあるマッキントッシュ夫人のお住まいまで」
こんどこそ、アレクサンドラの眉がキリリと上がった。ピアのプールヴァール通りだって?! とんでもないにもほどがある。
「行けるわけがないでしょう! 一番高いとこじゃないの! 正気?!」
マルゴットがフフンと笑った。
いや、少なくともフィオナにはそう見えた。
「もちろんでございます。参りますとも!」
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