第3話 大伯母からのびっくりプレゼント

「まさか、こんなものをもらうとは……」


父の伯爵は、帰りの馬車で渋い顔をした。


もらいものとは、大伯母の大女中頭だったマルゴットだった。


『死ぬまで面倒を見るように。そして、彼女が幸せで生き甲斐のあった人生だったと振り返れるように』


その時、初めて伯爵家の二人は約束の遺産を受け取ることができるのである。


マルゴットは、顎を一文字に引き結び、割合大柄の、そして大伯母よりは若いかもしれなかったが、かなりの年寄りのように見えた。


予想外のプレゼントだったため、彼女を乗せていく乗り物の都合があいにくつかず、彼女は伯爵家の人々と同じ馬車に堂々と乗って行くことになった。


「それで、伯母の家では何をしていたのかね? うちには、女中頭も、執事もいるんだが」


「私の役目は、フィオナお嬢様のお身の回りの世話だけでございます」


伯爵は眉をひそめた。


実は、伯爵夫人にも息子の嫁のアレクサンドラにも、専属の侍女はいない。いや、本来はいないといけないのだが、そこまで余裕がないので、女中がするような他の仕事も頼みながら、奥様の御髪あげやドレスの世話などをしてもらっている。


そこへ、末娘で年のいかないフィオナだけに専属の女中を付けると言ったらどうなるか。

少なくともアレクサンドラは、黙っていないだろう。


「それ以外のお仕事は、一切、承りません」


マルゴットが宣言した。


「そんなことでは、屋敷に入れられない。伯爵家で働く以上……」


「伯爵様」


マルゴットは、重々しく口を開いた。


「お給金は、今は亡き奥方様からすでに全額頂いております。伯爵様からちょうだいするものはございません。衣食住をご準備いただくだけでたくさんでございます」


給金が要らなくても、住は部屋が余っているからとにかく、衣と食はやはり伯爵家負担らしい。


使用人が増えるのは、体面上、本来は結構なことであった。ましてや、マルゴットは良家に仕えてきたことがひと目でわかる押し出しである。

給金が要らないと言うのも実に喜ばしい。

だが、フィオナ一人専属となると、妻や嫁がなんと言うことか。


「それから、お聞き及びと存じますが、フィオナお嬢様の月々のお手当は、弁護士から私の方に支払われます」


伯爵は、黙った。

この事態を飲み込むのに時間がかかったからだ。

フィオナの社交界デビューのために伯母がお金を別に用意してくれたことは聞いていたし、感謝していたが、そのお金を伯爵が自由に使えないのは少々不満だった。


「もちろん、伯爵様がこれらの条件に同意されないとおっしゃるなら、その旨、弁護士に申し伝えます」


伯爵は疑り深かそうにマルゴットに目線を向けた。

マルゴットを預かるに際して、ゴードン弁護士からこまごまと説明を受けたのだが、ややこしすぎて伯爵の頭では良く分からなかったのである。


「その場合、例の遺産はどうなるのかね?」


「伯爵様の分はなくなります」


極めて簡潔な返事だった。


伯爵は、マルゴットを黙って連れて帰るしかなかった。



話を聞いたアレクサンドラは、当然、不機嫌になった。

自分にもいないのに、フィオナに専属の侍女ですって?


しかし、あれほど秘密と言われていたのに、夫は父から聞いたと言って、かなりの金額の遺産が「フィオナが結婚するか、成年に達すれば、父上の手に入るのだ」と耳打ちした。


アレクサンドラの目がキラリと光った。


それならば、こちらにも打つ手がある。

とっとと結婚してもらおうじゃないの!

相手なんか誰だっていい。早くお金を手にしたい。


「ねえ、アンドルー、そのゴードン弁護士は、今にも死にそうな金持ちの独身男の知り合いはいないのかしら?」




一方、マルゴットはフィオナの部屋に入れられると、うやうやしくお辞儀をした。


「フィオナお嬢様。亡くなられた奥方様からの最後の命令でございます。あなた様がお幸せになられるよう、死力を尽くせと命じられております」


「ええと……」


フィオナは面食らった。死力を尽くせとはまた大げさな。だが、それは、つまり、全力で結婚支援をすると言う意味だろうか。

フィオナくらいの年頃の娘の頑張りどころといえば、それしかない。

だが、彼女は自分がたいして美人ではないと思っていたし、男をそそる自信なんか全くなかった。


それに第一、結婚したくなかった。そこで一応言ってみた。


「私、規律が緩ければ修道院でもいいのですけれど」


というか、むしろ、その方が望ましい。

いくら頑張っても自分じゃ無理だ。

柄にもない男誘惑作戦を戦い抜いて、意に染まぬ男でも我慢して結婚し、挙句に貧乏貴族の子沢山になって、体面を保ちつつ子どもに不自由をさせないように散々苦労し続けるなんて、

「結婚って、割りに合わないと思います」


苦行などやらない、財産さえ持ち込めば、それなりに暮らしていける修道院は結構あった。


大伯母の遺産を思えば、たいていの修道院がOKを出すだろう。


「修道院をお探しなら、私が居心地の良いところを探して参ります」


マルゴットは、真顔で答えた。


「わたくしには婚約者がいましたのよ」


フィオナは説明を始めた。


最初の婚約者は、八歳年上の又従兄弟だった。

だが、これは、彼女が十歳のころに破談になった。

婚約者の父が早世し婚約者が地位を継いだのだが、こうなったらできるだけ早くお世嗣が欲しい。

フィオナの成長を待っていられなかった。


次に、話が来たのが祖父の知人の息子だった。経緯は少々不明なところがあるが、こちらにも同じような年回りの息子がいた。

「でも、亡くなられたのです」

同じころに祖父も亡くなってしまい、二件も婚約が成立せず、さらに両方とも誰かの死去が理由という芳しくない理由だったため、縁遠い令嬢というイメージがなんとなく付いている。


「それに、私、ダンスそのものは嫌いじゃありませんけど、実は男の方が苦手で……」


フィオナは、下を向いた。


男性は怖い。


「殿方をかっこいいなとは、お思いになったことはございませんか?」


マルゴットは、やさしく尋ねた。


こんなにやさしく聞いてもらったことのないフィオナは、ちょっと驚いた。だが、同時にとても嬉しかった。


「いえ。とにかくお話しするのが怖いのです。こんなことではと思ってはいるのですが……」


大伯母が心配したはずである。

なぜ、こんなに自信がないのだろう。


「でも、皆さま、お美しいとお褒めになるのでは?」


フィオナは、驚いて目を見張った。そんなことは一度だって言われたことがない。

この屋敷の上下がそろってフィオナの容貌について、低評価だった。


「それは、料理番や女中たちは、お愛想で言ってくれることがありますが、あの人たちには立場があります。わたくしを貶すなんてこと、できません」


妙に的確な判断力の持ち主だ。


だが、醜い娘ではない。派手さはないが、奥ゆかしい整った目鼻立ちの娘だ。

この子がどうして美人ではないなどと繰り返すのだろう。


「ご家族からは?」


「いいえ」


ほめないたちの人々らしかった。


マルゴットは、腕を組んだ。

実家にいる他の令嬢は、もう少しいい気になっている。褒められたら嬉しそうにする。なぜ、自分を醜いと思い込んでいるんだろう。婚約破棄のせいだろうか。


マルゴットは、フィオナの説明が不完全なことを知っていた。


彼女の婚約は全て、祖父の差金であった。

大伯母の弟は、あの大伯母が黙るほど、えげつない老人だったのである。

否、やり手だったのである。

違う。有能だったのである。


彼は政界で活躍し隠然たる勢力を持っていた。孫娘の婚約もその成果で、非常に有利な婚約だった。だが、祖父の先代伯爵が亡くなると、婚約のうまみはなくなり、その他にも事情があったにせよ消滅したのだった。


今の当主は、全くのダメ男であった。父のチャールズのことである。

早い話が無能だった。領地経営と言う名のもとに、うだうだと日を過ごしている。

母は、名家の出身だったが、空気を読まないことにかけては定評があった。外には出ない方が気が利いている。娘の世話などとんでもない。自分の世話さえできていない。

さらに本人がこの有り様では、義姉のアレクサンドラではないが、一生独身まっしぐらである。




そこへ、舞踏会の招待状を手にしたアレクサンドラがやってきた。

彼女は不機嫌だった。例の遺書の中身を聞いたからだ。

期待していたほどの額でなかったうえに、直ぐには手元に渡らない。それに伯爵と嫡男のアンドルーに半々に渡されるならともかく、なんで未成年のフィオナに半分渡されるのか。


それでも、フィオナには出来るだけ早く嫁いでもらわねばならない。そのための協力なら、なんでもするつもりだった。


「マルゴット、フィオナの義姉のアレクサンドラよ。主人から聞きました。フィオナがパーティに出るための衣装は、その大伯母様の遺産から捻出できるのかしら?」


マルゴットは、目を光らせた。


「フィオナ様のものでございましたら」


フィオナのものなら、大丈夫という意味らしい。


「じゃあ、メレル家主催の舞踏会のお誘いがありましたから、まず、それに出てもらいましょう!」


義姉は叫んだ。


とにかく、誰でもいいから結婚させなくっちゃ!


マルゴットと義姉の利害が、ガッチリと一致した瞬間であった。








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