17:唐突

「今日から1年生が仮入部なので、準備などよろしくお願いします。」

 朝の会で、部長が告げた。


『そっか、私も先輩か。』

「おっ、舞莉に後輩が――」

『直接のはできない。バリサクは2本しかないからね。』

「なんだよ。ちぇっ。」


 興奮したカッションは、舞莉の一声で一気に冷めた。


「今年は初日から楽器体験やります。1……じゃない、2年は音楽室以外で個人練してください。」

「「「はいっ!」」」


 舞莉にとっては、誰が仮入部に来るのか見ておきたかったところだったが。



「さてと、やるかー!」


 舞莉はB棟1階の、技術室につながる廊下にいた。ここが舞莉のお気に入りスポットである。薄暗く人通りもないため、気が散りやすい舞莉には絶好の場所だ。

 ここでひそひそ声で喋ってもバレにくい上、バリトンがストラップから骨伝導で聞き取ってくれる。


 学校に戻ってから1週間。あの後、舞莉は翌日に全ての曲をさらい終わり、その直後の合奏では見事溶けこむことに成功した。


 低音パートは、アクセントなどのアーティキュレーションに注意することくらいしか指摘されない。指摘された後にもう一度吹いた時は、1発合格であった。

 たまにルイザと竹之下先輩のピッチが合っていないことがあるが、バスクラとバリサクのピッチは注意されたことがない。


 また、舞莉が合奏中に寝ないよう、精霊たちとおしゃべりしたり参考演奏を頭に流したりと、色々工夫した。


 ただ、この2曲だけが舞莉を悩ませていた。『斐伊川に流るるクシナダ姫の涙』と『がむしゃら行進曲』である。

 コンクール曲の『クシナダ』は、Fの4小節前からの6連符と32分音符地獄、Pからの16分音符地獄、Sの5小節目からのメロディ。

『がむしゃら行進曲』は、テンポ168で初っ端から3連符地獄、最後のバテて舌が疲れたところにまた3連符地獄。


 やはり、音符の密度が高くなっているところが苦手なのだ。舞莉は電子メトロノームをつけ、まずはタンギング練習から始めた。


「バリ、金管は『ダブル』とか『トリプル』っていうのがあるらしいけど、木管楽器はないの?」


 金管楽器の人は、よくタンギング練習の中に『ダブルタンギング』の練習を組みこむらしいが、木管楽器はやらない。トランペットやホルンの人が、よく練習しているイメージだ。


「木管もあるよ。ただ……金管より難しいし、低音になるほど難しい。やってることは一緒なんだけどね。」

「シングルで頑張るしかない?」

「そう……だね。時間もないし、シングルでもできなくはない速さだよ。」

「マジか。」


 舞莉はテンポ140から、3連符のタンギングを練習し出した。できたら徐々にテンポを上げていく。そんな練習をしていた。



 そんな日々が5日間続き、昨年のようなミニコンサートをするわけでもなく、仮入部の期間が終わった。舞莉はほとんど、吹部の見学に来た人の顔を知らないままだった。


 いよいよ迎えた本入部。

 椅子を全体的に後ろに下げた配置で、舞莉たち2・3年生は座っている。今年はもう、顧問の森本先生の姿があった。


『そういえば、1年前の今ごろは、クラにしか興味なかったもんなぁ。クラの音しか聞いてなかったし、見てなかった。』


 舞莉は両肩に乗る精霊たちを指でつつく。


『あと、2人にもまだ会ってなかったし。』


 続々新入部員が入ってくるのを見ながら、舞莉はそんなことを考えていた。


「おおっ、2年より多くねぇか? いや、同じくらい?」


 肩の上のカッションの声が弾んでいる。


「知ってる人、いるか?」

『そうだね……1、2、3……8人くらいかな。』

「そんなにか!」

『近所の子とか、習い事で知ってる子もいるし、あとは小学校の委員会とかで。』

「なるほどな……。」


 さて、この子たちの名前を覚えるのにどれくらいかかることやら。

 舞莉は、人の名前を覚えることがかなりの苦手。今はジャージを着ているので分かるが、話の途中で名前を出されても顔と名前が一致していないことが多い。


 部長がパンパンパンと手を叩いた。


「これから新入部員歓迎会を始めます。それじゃあ……何やる?」


 舞莉は心の中でズッコケる。考えてなかったんかい。


「……そうだね。まず、自己紹介やります。」


 昨年と同じように、部長と副部長が自己紹介をした。


「それでは、2・3年生にも自己紹介してもらいます。学年・名前・何の楽器か、あとは抱負を言ってください。」


 オッケー。学年と名前と楽器と抱負か。考えておかないと。まぁ、あれを言っておけば無難かな。


 舞莉の番になった。


「2年の羽後舞莉です。バリトンサックスを吹いています。抱負は、昨年の12月にサックスに移動したので、練習を頑張って早く同級生に追いつくことです。よろしくお願いします。」


 1年生から「へぇ〜」という声が色々なところから聞こえてきた。


 2・3年生全員の自己紹介が終わった。


「次は、1年生にも自己紹介してもらいます。名前と……あとは抱負とか、何か一言言ってください。」


 ず、ずいぶん投げやりだなぁ。


 昨年はこれを言う方だった舞莉。今年になって聞いてみると、1年生みんなに個性を感じた。

 この短時間で一言を考えられる人と、そうでない人。ハキハキ言う人と、ほぼ聞こえないくらいで言う人。


『昨年、先輩たちはこういう風に見てたのかなぁ。』


 舞莉は鮮明に蘇ってくる記憶を懐かしみながら、後輩たちの自己紹介を聞いていた。「この楽器を吹きたいです」と明確にしていた後輩もいて、思い出すのは昨年の楽器決め、通称『オーディション』だ。


『今年はクラのオーディション、どうすんだろ。まぁ、荒城先生がいなくなったからちゃんとやると思うけど。』


 11月にあの3人がやらかしてから、いつの間にか姿を消した外部指導。荒城先生の楽器を使っていた人たちがワタワタしてたっけ。


 そして、顧問や副顧問から言葉をもらった。


「えっと……これから楽器体験をやります。準備をしてください。2年は引き続き個人練しててください。」

「「「はいっ!」」」



 昨年は、部活の時間を1年生の楽器体験につぎこむことができたが、今年はそうはいかない。スポーツフェスティバルでの演奏が、あと1週間とちょっとに迫っているからだ。

 2・3年生の練習時間を確保するため、1年生は1日おきに来させるようにした。


『やばい、そろそろ暗譜していかないと。』


 まだ『がむしゃら行進曲』の3連符が、何となくできているようでできていない。


「曲順言うから、メモってー!」


 舞莉は例のごとく、ファイルから、使う楽譜を全て抜き取っている。


「最初は『マーチ「春風」』、次に『Under The Sea』、次が『桜color』、その次が『小さな恋のうた』、次に『がむしゃら行進曲』がきて、最後は『ユーロビート』です。」

「「「はいっ!」」」


 そう、舌が疲れる『がむしゃら行進曲』が、アンコール前にくるのだ。その前に開会式でも演奏するので、本番は持久戦になりそうである。


「これ、バリサク5ヶ月にしてはハードだよね。舞莉、大丈夫そう?」

『ど、どうだろ。まぁ、乗り切るしかないし。』


 バリトンは舞莉を気づかう姿勢だ。


「セグレート行くか?」

『ホントは行きたいとこだけど、個人練の時間も長いし、何とかなりそうだからいい。』

「そっか。」


 舞莉としては、バリサクを始めた時のようにガツガツやりたかったのだが、睡眠時間を考えて断った。



 その週の土曜日、舞莉たちは1日練習だった。午前中は1年生の楽器体験、午後は合奏という日程らしい。


「そうだ、今日1時間、2年生たちも教えてみない? 聖子に聞いてくる!」

 高松先輩は、通る声で部長の板倉先輩を呼ぶ。


「やっていいって。ほら、うちらもポップスの練習したいし。」


 なるほど、確かにな。

 特に高松先輩は『桜color』でソロがあるもんね。


「ひばるん、教えられる? じゃあ1年生4人の時には、ひばるんも入って。」

 教えられるか聞いておきながら、返事をする隙もくれなかった高松先輩。


「分かりました。」

 返事をしておきながら、バリサク5ヶ月の奴が教えてもよいのか疑問に思う舞莉だった。



 舞莉は昨年のサックスの体験を必死に思い出し、分からないところはバリトンに聞いた。自分が楽器を下ろしている時でも、サックスパートは部活中、常にストラップをしている。

 バリトンの声は首元から聞こえる。


「そうそう、これで吹いてみて。」


 音が出るならまだいい。アルトはバリサクの1オクターブ上の音の楽器で、運指が同じである。

 しかし、舞莉はアルトサックスを、ここ1年は吹いていない。指は同じでも、息の入れ方やストラップの調節がうまくいかない。


 ほぼ吹いたことのない楽器を人様に教えろって、こんな無茶ないよな。

 バリトンも、アルトは専門外である。

 だが、音が出やすい楽器なので救われた。



 1時間経つころには、舞莉はヘトヘトになっていた。


「おつかれ! そろそろ交代しよっか。」

 元気な高松先輩の声が聞こえてきた。


「そういえばひばるん、ふるさんみたいにアルトからバリサクになったわけじゃないのに、任せちゃった! ごめん、大変だったでしょ?」


 高松先輩、やっと気づきましたか。


「ま、まぁ。」

「ほんと、ごめんねぇ……!」

「だ、大丈夫ですよ。」


 手を合わせて全力で謝ってくる先輩に、舞莉はどう反応してよいか分からなかった。


 そして、相変わらず……パーカッションのパートリーダー・細川先輩は、週に一度しか来なかった。1年生に鍵盤楽器を教えられる人が誰もいなかった。



 本番まであと4日。今日は合奏の日である。仕上げていかなければならない時に、部員たちは顧問からの無茶ぶりに翻弄されていた。


 それは開会式に演奏するものである。


「ここでファンファーレを入れたいのですが……時間がないので先生が作りました。まずトランペット。」


 えっ、楽譜ないってこと?


 口頭でリズムと音程が告げられ、後ろを向かなくても、トランペットの人たちがあたふたしているのが分かった。混乱していて合わせてもうまくいかず、結局、五線の黒板に書くハメとなった。


 低音パートは、C管とB♭ベー管とE♭エス管が混ざっているので、一直線上にリズムを書き、その下にドイツ音名で音程を表した。


「先生、バリサクは最初ののばし、上のCか下のC、どっちの方がいいですか?」

 珍しく古崎先輩が質問した。


「吹いてみて。」


 古崎先輩は最初の4小節を2パターンで吹いた。


「低い方がいいね。それって最低音?」

「はい。」

「吹けるなら、最低音の方にして。」

「「はい!」」


 舞莉も古崎先輩と返事をした。


「舞莉、できる?」

『たぶん。ピッチがちょっと心配だけど。』


 サックスは楽器の穴がふさがるほど、音が少し低くなりやすいのだ。自分に関係ないからと寝ているカッションは置いておいて、バリトンは少しのことでも、初心者の舞莉を気づかっていた。


 こんな無茶ぶりや、合奏ごとに指示内容が変わる顧問のせいで、舞莉はある意味暇ではなかった。



 4月29日、スポーツフェスティバルの本番がやってきた。学校から会場までは車で行かないと遠い(舞莉の家からは自転車で行ける)ので、市の方がバスを出してくれた。

 本番の時だけ舞莉のポニーテール姿が解禁される。髪を結べる人は本番ではポニーテールにしなくてはいけない、という南吹のルールである。


「そりゃあ、そうだよな。演奏してもらう側なんだから、それくらいしてもらわねぇと。」

と、カッションは大口を叩いているが。


「舞莉、今日の仕事は?」

 バスに乗ると、足元に置いたスクールバッグからバリトンの声がした。


『今日はね、直射日光の下で演奏するからピッチがズレやすいし、全体的にはそこかな。個人個人だと、マーチ「春風」のピッコロのソロと最後のペットの最高音。あと、桜colorのアルトソロ。』


 スラスラ答えた舞莉に、カッションが驚いているようだ。


「舞莉、よく把握してんなぁ。直射日光だと管楽器もおかしくなるのか?」

『うん。金管楽器とかフルートとかサックスも危険だけど、クラはもっと危険らしいよ。ほら、甲子園で吹いている人たちも、楽器にタオル被せて吹いてるところあるでしょ?』

「よく知ってんな……。」

『パーカスも直射日光厳禁だったよね。』


 打楽器も、片づけるときは毛布などを楽器に被せ、常時パーカス側のカーテンを閉めている。


 感心しているカッション。だが、何か調べたのではなく、合奏中に思ったことや他のパートの会話の盗み聞きで得た情報である。



 会場の沢戸市総合運動公園に着き、トラックから楽器を下ろして運動場に運んだ。日陰に設けられたテントに楽器を置く。


 曇っていればまだよかったが、今日は雲ひとつない快晴。舞莉たちが演奏する角度的に直射日光が顔面直撃という、最悪なコンディションだ。

 しかも風がやや強い。これでは楽譜がめくれてしまう。


「なんだこれ。」


 舞莉は日光に目を細めながらつぶやいた。


「南中吹奏楽部のみなさん、準備お願いします。」

 開会式の進行を見ながら森本先生に指示を送ってくれるスタッフの人が、こちらのテントにやって来て言った。


「それでは行きましょう。」

 森本先生はスコア(全てのパートが書いてある楽譜)を持って、部員たちに指示を飛ばした。


「「「はいっ!」」」


 音出しとチューニングを素早く済ませる。楽譜がめくれそうになったので、舞莉は取った片方のピン留めでファイルを挟む。

 風で髪ももうボサボサだし、いいや。


 そんなことをしていると、進行の方の準備もできたようだ。実行委員らしき人が朝礼台の上に上がった。


 よし、始まる。


「選手、入場。」


 森本先生が構えの合図を出し、舞莉はマッピをくわえ、カッションは浮き上がり、バリトンは姿を消した。

『マーチ・スカイブルー・ドリーム』が始まった。


 開会式に参加する子供から大人まで、地域ごとに列を成して、プラカードの人を先頭に行進をしている。


 まさか『スカイブルー』に合わせて行進するなんて。

 まぁ、テンポがちょうどいいのかな。明るい曲調だし、合ってるのか。


 直射日光のせいでどんどん楽器が温まってきて、みんなのピッチがズレてくるのが分かった。

 すると、急にピタッとピッチが合った。


 バリトンの気配を感じる。


 選手が全員入場してきたので、スタッフの人が演奏を止めるようジェスチャーした。

 森本先生の指揮で演奏を止める。


 その後、国家斉唱や3種類のファンファーレを吹き、優勝旗などの返却の時は『特賞歌』を吹いた。またある時はカーペンターズの『青春の輝き』(顧問のチョイス)を吹く。


 開会式が終わった。



 主に鍵盤楽器を奏でたカッションは地面に降り立ち、バリトンは徐々に姿を現す。バリトンは少し疲れた表情をしている。


『バリ、大丈夫?』

「うん、大丈夫。ピッチがだいぶズレてたから、合わせるのがちょっと大変だったけど。」


 まぁ、自分が吹いてても、他のパートどうしのピッチが合ってないって分かったくらいだから、そりゃあ、ね。


「あと20分後、10時ちょうどにポップスの方の発表をします。そちらの準備をお願いします。」

「「「はいっ!」」」


 解散、の声に数人が運動公園内の体育館へ走っていった。まぎれもなく、トイレである。


 その人たちを横目に、舞莉はバリサクをテントへ置きに行った。バリトンは3頭身の姿で、バリサクのケースに寄りかかって休んでいる。かたや、カッションはピンピンしている。


「バリ、お疲れ!」

「カッションも、お疲れ。」

「ピッチ合わせるの、大変だっただろ? 俺の分けてやるよ。」


 そう言って、カッションはバリトンの小さな手を握る。


「よし、もうひと仕事だ! お互い、頑張ろうな!」

「うん!」


 舞莉はあえて声をかけずに見守っていた。


 カッションが手を握ったとたんにバリが元気そうになったけど……あれは力とかを分けてたのか? 精霊どうしでしか分けられないような感じ。


「準備してください!」

「「「はいっ!」」」


 森本先生の声に、部員と精霊は再び直射日光のもとへ戻った。



 開会式では楽譜を見ても大丈夫だったが、ポップスは暗譜である。

 でも、三送会もスイメイモールも暗譜だったし、大丈夫。いける。


 周りに、保護者や1年生たち、少年野球チームの子たちが集まってきた。


『カッション、パーカスの補充お願いね。バリは……無理しないでね。』


「いや、これは僕の仕事だから。ソロもピッチも頑張るよ。」

 バリトンはそう言うと、霧状になって姿を消した。


 ホントは精霊の力なんて借りずに合わせられなきゃいけないんだけど。


 森本先生の指揮で『マーチ「春風」』が始まった。

 グロッケンから、なぜかシロフォンの音が鳴り始める。しかし、この音はビデオカメラやスマホには残らない。


 菊間先輩のピッコロのソロが始まった。16小節もある長いソロだが、いつもの合奏では難なく吹く菊間先輩。

 バリトンの気配は感じないが、先輩はいつものごとくノーミスで吹ききった。


 繰り返しで、フルートの裏メロと一緒にシロフォンの音が重なる。

 そして、最後のトランペットの最高音はきれいにハマり、吹き終わった。


 司会の2人が出てきて、いつもの使い回しの自己紹介と、『マーチ「春風」』の曲紹介を終える。



「次の曲は、映画『リトル・マーメイド』で有名な『Under The Sea』です。映画に出てくるキャラクターをイメージした衣装にも、ぜひご注目ください。」


 今回は三送会やスイメイモールの縮小版で、ダンスはしない。


「次にお送りするのは、GReeeeNの『桜color』です。」


 曲中で2回テンポが変わるため、トランペットの先輩が指揮をする。

 カッションの出番はティンパニだけだ。どうやら小楽器は、大島先輩と司の2人でほぼ回せるらしい。


 ドラムのフィルインが走りやすいが、さすがは細川先輩なのでテンポがズレることはない。


 またテンポが変わり、高松先輩がスっと立ち上がる。アルトサックスでソロを歌うように吹きあげた。


「次の曲は、誰もが聞いたことのある、MONGOL800の『小さな恋のうた』です。」


 ドラムは大島先輩に交代する。今度はカッションの出番はない。


 指定のテンポは118だが、原曲はもう少し速い上に、遅いと原曲の疾走感を殺してしまうので、テンポを上げている。

 他に言うべきことは、2番の始めのメロディが低音セクションだと言うこと。低音パートにはおいしい。


「次で最後の曲となってしまいました。最後にお送りするのは、関ジャニ∞の『がむしゃら行進曲』です。」


 この曲は司がドラムを務める。三送会とスイメイモールに引き続き、アップテンポの曲である。


 カッションの担当は、チャイム、ホイッスル、クラベス、カバサ。シロフォンを持ってきていないので、細川先輩はそこの部分もグロッケンで演奏している。が、カッションの力でグロッケンを叩いてもシロフォンの音が出るようにするらしい。


 打楽器に関してはなんでもありなんかよ。


 最初の3連符地獄が始まった。息のスピードを上げて前につっこむようにタンギングをする。大島先輩の威勢のいい「ヘイッ!」の相打ちもあってか乗り切った。

 高良先輩が引退してからというもの、大島先輩がはっちゃけている。


 舞莉は休みのところで細川先輩を見る。当然、驚いていた。

 しかし、Aメロに入るとグロッケンの音に戻っている。

 舞莉は心の中でニタニタしてから、歯切れよく低音を刻み始めた。


 ラスサビ前はピッコロとフルートのソリ(ソロの複数形)である。2人でピッチやハーモニーを揃えられるよう、バリトンが手を貸す。

 見事、成功した。


 最後の3連符地獄は1回だけタンギングできなかったが、おそらくバレてないだろう。


 部員全員が立ち上がる。


「ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!」」」


 スイメイモールの時よりは控えめのアンコールをもらい、舞莉たちは『ユーロビート・ディズニー・メドレー』を吹き始めた。

『イッツ・ア・スモールワールド』から『ジッパ・ディー・ドゥー・ダー』の間奏で、今回から大島先輩が相打ちを入れた。


 最後まで吹き終わった。


「これからも、南中吹奏楽部をよろしくお願いします!」

「「「お願いします!」」」


 一礼をし、舞莉は椅子に座った。マッピにキャップをつけていると、バリトンが3頭身の姿で舞莉の膝の上に現れた。


「ちょっと、今回は仕事が多すぎた……。」

『だから、無理しなくていいって言ったのに。』

「いや、ピッコロのソロは……セーブしたんだけどね。」


 やっぱり。力を使っていれば、バリトンの気配を感じるから。菊間先輩は普段から上手いから、バリトンに手伝ってもらう必要はないよね。


 舞莉の膝から動けなくなったバリトンは、何とか宿り主に戻った。


 まだ力が安定しないんだな……。今度は私が助ける番か。


 帰りのバスで、バリトンはまたカッションに力を分けてもらうこととなった。



 ゴールデンウィークに入り、連日練習漬けの日々が始まった。今週の土曜日、6日には、市内の中学校の吹奏楽部の人で集まって合奏講習会をする。

 これからその時にする課題曲の合奏なのだ。


「午前中は、学年ごと、さらに楽器ごとに別々の教室で、主に基礎を練習し、午後は、2年生は武道場、3年生は体育館に集まって合奏をするそうです。」


 それでなんですが、と森本先生が言う。


「午前中の基礎練習の進行の方を、今年は南中が引き受けることになりまして。」


 ……へ?


 午前中に練習する教室には、2年のバリサクしかいなくて、そこで進行をしろってこと?


『だって、他のバリサク吹いてる人って、普通はアルトやテナーから移ってきた人がほとんどでしょ? サックス歴まだ半年なんですけど!』


 舞莉の肩が重くなる。進行のような、他人を引っ張ることなどしたことがない。


 終わった……。


 課題曲は簡単だと思った『ROMANESQUE』だが、久しぶりに胃が痛くなりそうだと思った舞莉だった。



 部活が終わり、舞莉はバリサクをしまって音楽室に戻ってきた。帰る用意をしていると、森本先生から呼ばれた。


 えっ、私、何かしました?


 カッションの宿るスティックとバリトンの宿るストラップは、もうスクバの中に入れてしまったので、2人はおいて先生のもとに行った。


「羽後さん、非常に言いにくいのですが……。」

 もったいぶる先生。


 私にとってよろしくないことだな。


 舞莉は息をつめた。


「羽後さんのバリサク、もともと深田野ふかだの中から借りてたものっていうのは知ってますか?」


 言われて納得した。確かに、ケースに『深中』と書いてあるテープが貼られていた。


「はい。」

「それで、土曜日の合奏講習会の時に返さなきゃいけなくなってしまって。」


 ……………………え?


「返したら、私の吹く楽器がなくなるってことですか?」

「バリサクは、ですね。テナーは空いているのでテナーでもいいですし、あとはユーフォはどうですか?」


 いや……そういうことじゃなくて。なんかさ、もうちょっと……なぁ。

 テナーはバリサクとは調が違うし、基本的に金管は苦手なんだよ……。サックスに移動する時も言っただろうが。


「今の3年生が引退したら、楽器が空くので戻れますよ。」


 だから、そういうことじゃなくて。

 こっちはこれからのビジョンがあったのに。コンクールメンバーにはなれないだろうから、夏休み中に上達してやろうって思ってたのに。


「別に、今決めなくてもいいですよ。どうするか決まったら先生に言ってください。」


「……はい。」


 返事をするしかなかった。まだ気持ちの整理がついていない状態で決めるのは危ない。


 あまりにも唐突すぎる、森本先生からのパート移動の命令だった。

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