14:三送会

「はぁ、手が死ぬ!」


 舞莉は、A3の紙2枚と問題用紙と解答用紙と模範解答を机に広げて、ボールペンを手に格闘していた。


「舞莉……何これ。」

 舞莉の後ろから怪訝そうな顔で覗いてくるバリトン。


「いつものだよ。理科の頭がイカれてるデブ。」


 A3の紙のうちの1枚には、問題用紙をそのままボールペンで写したものが書かれており、もう1つのA3の紙には、間違えた問題の正答が10回ずつ書かれている。


「前回より問題の量すごいね……。」


 今回の学年末テストの理科は、50分試験で100問もある問題だった。すぐに答えられるような問題ばかりではない。計算問題ももちろんある。


 この問題を作ったのは、あの尾越先生だ。「30秒に1問解けば間に合う量だからな」とか、意味不明なことを言っていたが。


「どうしてそんな思考になるんだか。成績つけるためにこんなに問題数は必要ないし、問題用紙の写しとか、意味不明。舞莉、平均点は?」


「23.8点。」


「うわ。舞莉は?」


「47点。」


「お前、すげぇじゃん!」


 舞莉のベッドに当たり前のように寝っ転がっていたカッションが、いきなり起き上がった。


「カッション、見てやんなよ。舞莉の頑張りを。莫大な問題数に立ち向かって、テストが終わった今はこんなことやってるんだから。」


「へいへい。……うへぇ。何じゃこりゃ。って、解答する時ボールペンなのか!」


「シャーペンだと薄い奴がいるからだって。ボールペンだと慎重になるから、答えるスピードが落ちちゃうんだよね。ホントに大変だった。」


 同時にため息をついた3人の考えていることは同じである。


 バカかよ。


「それに吹部は目をつけられてる。点数が悪かったり、問題用紙の写しと解き直しがちゃんとできなかったら……。」

「新10ヶ条の9を破ることになる。」


 バリトンの真面目な答えが返ってきた。


「バリならこの問題、最後まで解けそう?」


「うーん……全部の答えは出せなくても、何かしらは書けそう。解答欄を埋める努力くらいしかできないかな。」

「バリでさえもかぁ〜。」


 カッションとは真逆で頭がいいバリトンでも、それが精一杯らしい。


「カッションには最初から聞かないけど。バリ、手伝ってよぉ〜」


「ダメ。字でバレるよ。」


「あうぅ……。」



 次の日。


「やばい、すごい眠い。」


 朝起きた瞬間からの体のだるさと眠気に、舞莉は目が回りそうになった。昨日寝たのは3時である。あの後、途中で何度もウトウトしてしまい、紙の上には修正テープがあちこちに引かれている。


 当然、授業中は地獄だった。


『ダメだ、全然集中できない。昨日セグレートに行ったわけでもないのに。』


 起きないと。板書とらないと。


「また寝てる。」


 少しのささやき声に眠気が吹き飛んだ。しかし5分後には突然目が塞がって、また舞莉の頭は下を向いた。



 休み時間になると、あちこちからコソコソと声が聞こえてきた。


「あいつほとんど寝てたぞ。どんだけ眠いんだよ。」


 ああ、また言ってる。


「先週なんて、先生の説教中に寝てたからな。ありえない。」


「あんだけ先生に起こされて恥ずかしくないのか? まぁ、恥ずかしくないから同じことを繰り返すんだろうね!」


 私だって、寝たくて寝てるわけじゃない。とても寝られないような場でも眠気が襲ってくるのだ。

 今日は寝不足というのもあり、いつもよりひどいのだが。



 音楽室の準備室に置いてある吹部バッグの中で、カッションとバリトンはそれぞれスティックとストラップに宿って寝ている。昼間寝ている2人には、舞莉が『あの時』並に心が折れそうになっているのを知らない。


『うっ……胃が痛い……。お腹が空くと痛くなるんだよなぁ。』


 風邪予防でしているマスクの裏側で、舞莉が歯を食いしばって授業を受けていることなど、知る由もない。



 結局どの授業でも寝てしまった舞莉は、起きていられなかった無念さと、周りからブツブツ聞こえてくる陰口で、すっかり沈みこんでいた。


「寒い。」


 無駄に通気性がいいジャージのせいで大してあたたかくなく、中にセーターを着ても足が冷えてしまう。

 かじかんだ手で冷えきったバリサクを持ち、少しはあたたかい音楽室でパート練習の準備をしていた。


 低音パートの全員が集まった。


「みんな、ちょっと音楽室の外に来てほしいんですけど。」


 ここで、ルイザが手を挙げて尋ねてきた。


「あっ、舞莉はいいから。」

 ルイザの声のトーンが下がる。


 私はいいって、どういうこと?


「何だ……? 舞莉だけ抜きって怪しすぎだろ。」


 スティックから離れて等身大の大きさになったカッションが、ルイザを目で追いながらあごに指を当てた。


 ガチャッとドアが閉められる。


「先輩、また舞莉寝てたんですよ! しかも今日は全部の授業で!」


 舞莉の地獄耳ははっきりとルイザの声を捉えた。


「えっ、またぁ!?」

 ユーフォニアムの奈乃歌なのかの声もした。


 元々耳がいい精霊たちも、どうやら聞こえたらしい。


 しっかり聞こうと、舞莉はバリサクを置かずにドアのそばまで近寄って、聞き耳を立てた。


「古崎先輩、どう思います?」


「ど、どうって……。」

「だって、新10ヶ条に『授業にしっかり取り組む!』がありますよね。舞莉のせいで、守れてないって見られてるかもしれないんですよ! そしたら吹部が……。」


 ルイザの声が震えているが、本気なのか演技なのかは分からない。


「それは……。」


 ルイザに押されて、古崎先輩は黙ってしまった。


「先輩からも何か舞莉に言ってくださいよ! 舞莉のせいで部活できなくなるかもしれないんですよ!」


「う、うん。分かった。」

「あの尾越先生の授業で寝てるんですからね! 緊張感ないし、個人練で寝るくらい集中力ないし、何のために学校に来てるんですかね?」


 ルイザのあざ笑う声。


「確かに、寝不足ならちゃんと寝てほしいよね。」


 ついに、古崎先輩がルイザの言うことを肯定した。


『……。』


 どこか信じていた自分を殴りたかった。古崎先輩もそう思ってたんだ。そうだよね。授業中も部活中も寝てる奴なんて、そう思われちゃうよね。


 違うのに。セグレート練習を止めてもどんどんひどくなるだけなのに。ちゃんと寝てるのに……。


 誰かがドアノブをひねった。


 舞莉はサッと自分の席に戻ろうとするが、

「ちょっと、聞いてたでしょ!」

 ドアから覗くルイザの声に足が止まる。


「聞いてたんなら、私が言いたいこと分かるよね。」


 音楽室に入ってきて、舞莉をにらみつける。


「あんたのせいで部活停止になるかもしれないんだよ! 関係ないうちらも連帯責任で!」


 実際寝ているのは確かだ。言い返す言葉がすぐに見つからない。


「……今日は本当に寝不足だった。例の理科のやつやってたから。前にも言ったと思うけど、いつもはちゃんと寝てる。だから、直せって言われても……。」


 チッと舌打ちするルイザ。


「ちゃんと寝てるなら起きてられるでしょ。そう言っといて夜更かししてるくせに。」


「してないよ!」


 舞莉はそう叫んで肩を震わせる。


 舞莉は家に帰ってからは最低限のことしかしていない。学校の宿題や提出物、習い事の宿題くらいだ。予習・復習など、睡眠時間を考えるとやっている暇などない。


「みんなだって疲れてて眠い時は結構あるけど、みんな我慢してるの。あんたは『起きよう』っていう気合とか意志が足りないんだよ!」


「『起きなきゃ』とは思ってるよ。居眠りがいけないことは分かってる。でも、気合とかそういう問題じゃない。気合で乗り切れるならとっくにできてる。」


「あのね、ちゃんと起きてくれないとこっちが困るの!」


 遠巻きで状況を伺っていたカッションは、強くうなずいた。ポケットからブローチを取り出して指でポンと触れる。


「誰がの居眠りのせいで、この間みたいな急な活動停止にはならないと思うぞ。」


「えっ?」


 ルイザは舞莉より奥の方を見ている。が、そこに人影はない。


「舞莉が毎時間寝てる時もあるっていうのは初耳だったけどよ、居眠りで活動停止になるか? 他の人間も、授業中寝てるだろ。」


 ここで初めてルイザの口が塞がった。思い当たる節があるのだろうか。


 バリトンもブローチに触れて、舞莉以外の人間との会話ができるようにした。


「吹部が目をつけられてるのは分かってるよ。でも、『〜が俺の授業で寝てたから、吹部は活動禁止だ』とはいきなりならないはず。まずは本人に忠告するだろう。」


 目に見えない存在からド正論を言われて、ルイザは下を向いた。

 2人のおかげでルイザの勢いが止まり、舞莉は1つ1つ言葉を考えながら言った。


「私は忠告されてないから平気、だとは思ってない。寝ちゃって板書が取れなくて、テスト前になって教科書読んで詰めこんだり、部活中、眠過ぎて曲1曲もまともに通せなかったりする時は、自分が嫌になるよ。2人が起こしてくれる時はあるけど、それでも限界で。」


「2人?」


「そこにいる2人。さっき喋ってた。ルイザは見えないと思うけど。」


 舞莉の言葉にルイザが怪訝そうな顔をしたその時、


「そこで何してるんですか。」

 音楽室の前から森本先生の声がした。


「あ、すみません!」


 舞莉とルイザ以外の低音パートの人たちが音楽室に入って、何事も無かったかのように、自分たちの席に座る。つられるようにして、舞莉とルイザも席についた。


 音楽室に先生が入ってきたので、曲練習をせざるをえない。


「じゃ、じゃあ、『スカイブルー』やります。」


 メトロノームのゼンマイを回し、テンポ126にして動かし始めた。


 ――堤防決壊まであと9日――



 次の日の三送会前日。午後から舞莉たちは体育館の装飾をし、2年生と合同で出し物の練習をした。


 それも終わって放課後になると、各部活の出し物のリハーサルだ。片づけに時間がかかる吹部は一番最後である。

 明日の本番は、開会式の直後に吹部が演奏する。


 部員は体育館の両端に、舞莉はステージから見て左端に並んだ。開会式はここで聞くらしい。



 とりあえず全部を通して演奏した後、『Under The Sea』のダンスをする位置を確認した。思っていたよりも移動距離が長く、さっきは間に合わなかった。


『よし。』


 今度は吹きながら歩ける最速の速さで行って、ギリギリ間に合った。早歩きでぎこちないかもしれないが。

 隣の人との間隔はだいぶ空いているので、隣の人に楽器をぶつける心配はなさそうだ。


「うん、みんな間に合ってたし、いいんじゃない?」

 体育館の2階から見ていた部長が、両腕で丸を作った。


「先生、演奏面は……」

 副部長の佐和田先輩が、体育館の後ろで聴いていた森本先生に問いかける。


「まず、全体的にピッチが合ってなかったですね。ここが寒いので仕方ないところもありますが、開会式中も、楽器に息を入れてあたためておいてください。」

「「「はいっ!」」」


「まぁ、低音パートは合ってたけどね。」

 と、首元からのバリトンの声。


『ほんとに?』

「ちゃんとあっためてたからね。低音域の音も合ってたよ。」

『よかったぁ!』


 低音域のピッチを合わせるのは半ば諦めていた舞莉だった。


「明日もこの調子でな!」


 親指を立てたカッションは、「あと、キックベースの音量がデカすぎるって言っておいてくれ。体育館だと響くからな。」とつけ加える。


『私が言うの?』

「ああ、よろしく。」


 パーカスから身を引いた私が言える分際ではないのに。まったく。


「あっ、そうだ、司。全体的にキックベースがちょっと出すぎかなって思ったからよろしく。」

「オッケー。てか、よく分かったな、羽後。」


 やっぱり気になるよね。司も元々トロンボーンだったし。


「ほら、休みのところでそう思っただけ。あと、ドラムとベースラインはちゃんと合わせなきゃいけないから、よく聞いてるんだよね。」

「そ、そっか……。大島先輩にも言っておくから。」


 それっぽい言い訳できたかな。ふう。

 もう、あの2人は私がドラム叩けること知らないんだからね。



 リハーサルが長引いてすっかり真っ暗な夜道を、舞莉は2人の精霊とともに帰った。


「カッション、明日も例のやつお願い。パーカス3人しかいないからさ。」

「おう、分かってる。」

「水明祭の時より忙しいけど、大丈夫?」

「俺は音楽の精霊だぞ? たった30分40分でバテてどうする。」


 そう笑い飛ばすカッションに、バリトンは目配せをした。


「僕もそろそろ……能力ちから出してもいいかな。」

「いいんじゃね?」

「何、バリの能力ちからって?」


 カッションの能力ちからは、『ノンビット演奏会』。楽器を使わなくても演奏でき、同時にいくつもの楽器を演奏できる上、その音を出すところを自在に操れる、というものだ。打楽器に限るが。


「カッションよりは地味だけど……、『縁の下のオーガナイザー』っていうんだけどね。オーガナイザーっていうのは『まとめ役』とかそんな意味。どうやら、僕がいるとソロの成功確率が上がったり、楽器の音量バランスがよくなったりするらしいんだ。カッションから言われて気づいたから、僕自身、どんな能力ちからなのかはよく分からないんだけどね。」


 幼いうちから能力が開花したカッションとは違い、バリトンの能力ちからが開花したのはつい最近らしい。ゆえにカッションほど能力ちからの及ぼす影響が分かっていない。気づかないだけで、バリトンの能力ちからが他のことにも及んでいる可能性があるそうだ。


「そうなんだ、ソロの成功確率が上がるのはいいね! ……バリ自身も分かってない能力ちからかぁ。だから今まで言わなかったの?」


「うん……。明日も『スカイブルー』はソロあるし、僕がサポートできればいいなって。」


「1週間に2回くらいしか成功できてねぇからな。バリの能力で成功させてやって、佐和田をたたせてやれ。」


 バリトンの肩を叩いて励ますカッション。


「さぁ、舞莉がサックスに移ってからの初舞台でもあるからな。舞莉、バリ、頑張ろうぜ。」


 舞莉とバリトンは、カッションが差し出した握りこぶしに、自身のこぶしをぶつける。


 ……バレなかった。い、痛い……。さっきからずっと。


 ――堤防決壊まであと8日――



 3月8日、三年生を送る会 本番。


 今日はみんな制服で、ブレザーは脱いでいる。もちろん寒い。

 舞莉は必死にバリサクに息を入れて温めている。


 こういう日に限って、最低気温マイナス4℃、最高気温5℃っておかしいだろ。


 開会式が終わり、「準備がありますのでしばらくお待ちください」の司会の言葉で、体育館の両側から自分の席に移動する。椅子の下には魚のヒレつきのポンチョ(フェルト製)、ユーロビート用のカチューシャ、つば抜きタオルが置いてある。


「それではさっそくまいりましょう! 吹奏楽部による演奏です。」


 三送会の司会の人のアナウンスで、森本先生がパーカッション側から現れて真ん中に立つと、生徒や保護者に向けて一礼をした。拍手されながらこちらに向き直り、両腕を上げた。


 舞莉はマッピをくわえ、低いレの運指で構えた。

 パーカッション側にいるカッションは、両腕を交差させて浮き上がった。

 ストラップから離れているバリトンは、霧状になって姿を消した。


 あちこちにバリトンの気配がするのは気のせいであろう。


 人数が足りなくてないはずのグロッケンの音が、フルートの音に乗っかってキラキラと響く。


 最後の佐和田先輩のトランペットのソロ。成功率7分の2だが音が上ずることなく成功した。


『よし!』

 舞莉は心の中でガッツポーズをし、マッピをくわえ直して吹き切った。


「みなさん、こんにちは! 南中学校吹奏楽部です。」

 司会の高松先輩とフルートの先輩が声をそろえた。


「ただいまお送りした曲は、矢藤学作曲の『マーチ・スカイブルー・ドリーム』でした。」


 2回目の司会だからか、水明祭の時より早口ではない。それでも少し声は震えている。


「次の曲は"……ゴホン、あ"ー、あれ?」

 フルートの先輩の声が急にかすれる。本番になってかすれ声のクオリティが何倍にも増している。


「どうしたの?」

「何だか"、のどの調子が……。」

「それなら……あの『魔法の水』を飲めば治るよ!」


 高松先輩は、クラリネットの先輩からペットボトルを受け取り、フルートの先輩に手渡す。

「飲んでみて。」


 ふたを開けて飲む仕草をすると、のどに手を当てて声を出してみる。

「あ"ー、あー、あー、あっ! 治った!」

「よかったー!」


「ところで、この魔法の水って何なの?」

「そ・れ・は……。」

 高松先輩はいじわるそうに笑う。


「♪キミは負けず嫌いなマイボーイ 夢を叶えて」

「♪あたしアンタのママじゃないわ 見つめるマネージャー」


 司会以外の部員全員で、『キミの夢は、ボクの夢。』の冒頭を歌った。


「あっ、ポカリだ!」

「……ということで、次の曲は、ポカリスエットのCMで話題になった『キミの夢は、ボクの夢。』です。」


 無理やり曲紹介に繋げた司会に、舞莉は苦笑いしそうになりながらバリサクを起こした。


 パーカッションのソリの前に、水明祭でダンスをした佐和田先輩とホルンの先輩が立ち上がった。

 2人は、ダンスが得意な吹部の先輩を連れてきて、一緒に『ポカリガチダンス』を踊り始める。


 さすが3年生と言わんばかりに、キレキレのダンスを披露した。



 最後の『ユーロビート』まで演奏が終わった。


「これからも、南中吹奏楽部をよろしくお願いします!」

「「「お願いします!」」」


 拍手の中で礼をし、顔を上げた。演奏中は気づかなかったが、一番前に涙目の山下先輩の姿があった。

 ふと、仮入部の時を思い出す。


 そう言えば、私ってクラ吹きたくて吹部に入ったんだった。メロディ吹きたかったのに、パーカスに。サックスに移ってアルトやテナーもあるのに、バリトンに。

 あはは、真逆行ってんじゃん。


『うわ、高良先輩あそこにいたんだ。』


 久しぶりに見たあの姿。見たくはなかったけど、虐げられた日々ももはや懐かしく感じるなぁ。カッションなしじゃ、ドラムの練習すらできなかったんだからな。


 まぁ、許しはしないけど。


 三送会が終わって片づけていると、家路につく3年生たちとばったり会った。その中に耳障りな声も混じっている。


「おーい、司! 今週の土曜もやるんだって? 俺見に行ってもいい?」

「いいですけど、三送会とやる曲同じですよ?」

「別にいいよ。さっき、前の人が邪魔で全然見えなかったからさ。てことで、頑張ってねー! 1番前で見てるから!」


 改めて聞くと、気持っち悪い声してるよなぁ。昼に食べた給食のクリームシチューが出てきそうだわ。


 舞莉はお花紙の飾りがたくさん入った、沢戸市指定のゴミ袋を持って2人の前を通り過ぎる。


『高良先輩、土曜日のスイメイモールにも来るらしいよ。1番前の席にいるらしいから。』

 両肩に乗る精霊たちに告げる。


「うーわ、マジかよ。」

 ゴールデンタイムで関わっていたカッションは、露骨に顔を渋らせる。


「そ、そうなんだ。」

 話しか聞いたことのないバリトンは、苦笑いをするしかない。


『それはともかく……ユーロビートのソロ、やっぱり物足りない感じだったよね。先輩たちの反応も悪かった気がする。』


『ユーロビート』のドラムは、もちろん、アンサンブルコンテストでもドラムを務めた細川先輩だった。しかし耳が悪いらしく、ドラムの爆音が耳に悪いため、耳栓をした上にドラムのソロも短めで、あまり激しく叩かないようにしていた。


 先輩が休みがちなのも、そういう理由なのである。水明祭の時は大丈夫そうだったので、その後に発症したのだろう。


「あぁ、ホントはドラムも叩かねぇ方がいいんだけどなぁ。しょうがねぇ、男2人が叩けねぇんだからよ。」


「これも、『あの人』のせいだね。」

 バリトンはため息をつく。


『結局、パーカス1年生の初期メンは全員いなくなったとさ。亜子はトロンボーンに行ったし、大山と菜々美は辞めたし、私はサックスだし。パーカスに残ったのは、耳に爆弾を持つほぼ不在のパートリーダーと、高良先輩のせいでドラムも鍵盤もできない大島先輩と、鍵盤ができなくてドラムもちょっとしかできない司だけ。ずいぶん廃れたね。』


 そう言えば、人がいすぎて楽器の片づけに入れなかったこと、あったなぁ。


 高良先輩はあんなに減ったパーカスを、音量制限したドラムを、テンポがブレブレで管楽器に合わせてもらっているドラムを、どんな気持ちで見ていたのだろうか。


 まぁ、許しはしないけど。


 ――堤防決壊まであと7日――

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