08:新体制

 それからちょうど1週間後の10月9日。


 舞莉はまた東京に来ていた。と言っても、今度は『府中の森芸術劇場』である。中に入ってすぐに、吹き抜けのまるい広間がお出迎えしていた。舞莉1人では、確実に迷子になる造りである。


「どりーむホールは……あっちですね。」


 列を先導する森本先生も、少し迷っている様子。


「今日で終わりなのか……。長かったんだか、短かったんだか分からないけど。」


「ちょっと、まだ演奏してないのに。感傷に浸るの早くない?」


 また、舞莉は先輩の会話を盗み聞きしている。


『早く引退してくれって思ったこともあったけど、結局、1番長くいたんだね。』


「結局な。早ければ8月の始めで終わるけど。」


 舞莉のスクールバッグの中で、スティックがぶつかり合う音を立てた。


「羽後、またスティック持って来てんのか。」


 前を歩いていた大島先輩が振り向いた。


「あ、はい。まぁ、お守りみたいなもんなので。」


 大島先輩は不思議そうな顔をして、前を向いた。


『お守りじゃなくて、パートナーだけど。』



 舞莉は小学生の時、仲が良いと思っていた友達から仲間はずれにされたり、鬼ごっこの鬼を押しつけられたりと、意地悪を受け続けた。それから他の人にも関わってみたが、どの人とも上手くいかなかった。舞莉は孤立し、下校後に誰かと遊ぶことはしなくなった。いつしか、人の顔色を伺って生活するようになっていたのだ。


 そのせいか、舞莉は表情から微妙な感情を読み取れるようになった。今日の先輩たちは、今までとは違かった。


『カッション。何か先輩たち、いつものわくわくした感じとか、やる気が感じられないんだけど……。』


「そうか? まさか、演奏前から燃えつきてるのか?」


 これが演奏に影響してこないといいな、と思う舞莉だった。



 先輩たちは10番目に演奏する。


 9番目の学校の演奏が終わった。すると、前の人が小さな声で話し始めた。


「次、埼玉の……沢戸?の南中……聞いたことないね。」


「沢戸ってどこにあるんだろう。」


 2人の間から見えたパンフレットには、東京都のとある学校に丸がつけてあった。その学校の生徒の保護者なのだろう。


「まぁ、他県の人にはマイナーすぎるもんね。」


 舞莉はひそめ声で言い、口角を上げた。


「10番、西関東代表、沢戸市立南中学校。天野正道 作曲『沢池萃』。指揮、荒城政男。」


 3年生のラストステージ。始まりの1音が、ホールに響いた。



 演奏後の、最後の写真撮影。既に顔を濡らし、目が腫れぼったくなっている先輩もいた。


『あのさ、東京の学校の演奏って東日本か、全日本まで行かないと聞けないんだね。』


「そういえば……そうだな。同じ関東だけどな。」


『……先輩たちの演奏、終わったね。』


「急に何だよ。お前にとっては、この日を待ちわびてたんじゃねぇの?」


 肩に乗るカッションは、舞莉の頬をつんつんした。


『待ちわびてはいたよ。先輩からのいじめが減るから。でも、何か寂しいような感じもして。』


「ふーん、変な奴。」


 そうは言っても、最近は高良先輩からのいじめは減っている。コンクールや受験で、それどころではないのかもしれない。



「ただいまより、第16回東日本学校吹奏楽大会、中学校部門、前半の部、閉会式を開会いたします。」


 東日本大会は、前半の15校の演奏が終わった時点で、結果発表を行うらしい。


 3年生の先輩たちは、今までのような、緊張した素振りではなかった。むしろ、リラックスしているようにも見える。


 今日は、東京都吹奏楽連盟の会長のお話である。


「まずは、素晴らしい演奏ありがとうございました。中学生は、このコンクールが終わったら引退、という学校が多いのではないかと思います。3年生、今日までお疲れ様でした。拍手。」


 どりーむホールが拍手の音に包まれる。


「この後、審査結果の発表があり、金・銀・銅と順位づけされてしまいますが、今日この東日本大会まで勝ち上がってきたこと自体が、とても素晴らしいことです。誇ってください。」


 いつもは頭に入らない話も、3年生の最後のコンクールだと思うと、スルスル入ってくる。


「ぜひ、高校でも吹奏楽を続けて、高等学校部門でまた戻ってきてください。」


 この中で、高校でも続ける人ってどれくらいいるんだろう。全員ではないと思うけど。


「次に、結果発表及び表彰を行います。」


 こうやって賞をもらえるのも、3年生にとっては最後だもんね。


「西関東代表、沢戸市立南中学校。」


 同じ西関東の、あの学校でさえ銀賞だった。先輩たちは、もう分かっている様子だった。


「銅賞。」


 上野先輩が賞状をもらい、こちらを向いて一礼した。目が悪いのと遠すぎることもあり、表情までは伺えない。


 先輩たちの演奏は、東日本銅賞だった。



 帰りのバスは、お弁当を食べているにも関わらず、静まり返っていた。Fメンと副顧問しか乗っていないバスだが。


「結果もそうだし、今日で引退する先輩のこと、考えてるんだろ。」


『ふんっ、他の人は先輩との思い出があるもんねっ!』


 舞莉は嫌味ったらしく心で叫び、ご飯の塊を飲みこんだ。喉に詰まって、慌てて水筒のお茶を飲む。



 学校に着いて、楽器を片づけ、しんとした反省会が始まった。


 各パートのリーダーから、自分の後輩に向けての言葉が述べられた。何人かは嗚咽で言葉が詰まってしまった。


 高良先輩は、特に他愛のない言葉だったが。


「今日の演奏、最後だからってちょっと気が抜けちゃったかな。でも、ここまでよく頑張った。」


 外部指導でコンクールの指揮をしてきた荒城先生が、Cメンに向けて言った。


「確か、今度の水明祭で沢池萃やるんだよね? 週に何回かは集まって合奏することになると思うけど。じゃあ、これからは受験勉強頑張ってください。」

「「「はいっ!」」」


 昨日までの返事とは、また違うものだった。


 その後、副顧問の高橋先生からも言葉をもらい、最後に森本先生が総括して、言葉を送った。


「起立!」


 上野先輩が、涙声で最後の号令をかける。


「ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!」」」


 次の瞬間、上野先輩は泣き崩れて、また椅子に座った。



 先輩・後輩同士で余韻に浸る中、舞莉は1人、さっさと音楽室から抜け出した。


「おい、とりあえず挨拶くらいはした方がよかったんじゃねえのか?」


 階段を急ぎめで降りる舞莉に、カッションは尋ねる。


『いいよ。私がいない方が高良先輩、かわいい菜々美との別れを惜しめるでしょ。』


「……否定はできない。」


 早く自分の部屋でカッションと話したいので、舞莉は急ぎ足で帰路に着いた。



 舞莉は、スクールバッグをベッドに放り投げた。


「あーーーー、終わったぁぁぁぁああ!」


 制服のまま、舞莉はうつ伏せでベッドにダイブした。しばらく突っ伏して「着替えよ。」と言ってベッドから降りた。


「おーい、まだかー?」


 カッションは舞莉の着替えが終わるまで、スクールバッグの中で待機である。


 着替え終わり、バッグのファスナーを開けると、カッションが人間姿で現れた。今月から着始めた冬服を、早速着崩している。


「って、ジャージかよ。」


「だって、この方が楽だし。」


 自分の部屋なので、心の声ではなく、声を発している。


 ジト目で探るようにうなずくカッションは、一瞬で舞莉と同じジャージに着替えた。初対面の時の精霊服ではない。


「明日から、あの顔を見なくて済む。まだ嫌がらせは続くと思うけど、1人いなくなってくれてマシになるかな。」


 舞莉はベッドに座った。


「そうなるといいけどな。」


 カッションもあの時のように、舞莉の隣に座った。


「今振り返ってみると、色んなこと言われたよな。そもそも舞莉だけ、ちゃんと呼んでもらえなかったし。今日も。」


「そうだよ、結局ね! 最初は『羽後さん』だったけど、なぜか『君』になってたし。挙句の果てには顎クイ。私の名前は『君』じゃないんですけど!」


 舞莉の拳がマットレスの上に落ち、ボフッと音を立てる。


「……なぁ舞莉、あいつが引退するしか、本当に方法はなかったのか? 俺がいた意味あったのか?俺は――」


「カッション。」


 舞莉は目を伏せるカッションに呼びかける。


「確かに『私へのいじめをなくす』っていう意味では、引退するまで解決しなかった。でもね、私はカッションがいたおかげで、色んなことができるようになったよ。」


「舞莉……。」


 舞莉に目を合わせるカッション。


「カッションが来るまでは、そもそも練習させてくれなかったんだから。まぁ、カッションに教えてもらったのに、パート練の基礎打ちの時にやり直しをされることもあったけど。今から思えば、あれは私への嫌がらせ。」


 カッションの指導の前は、やり直しの理由が『ズレていたから』だったが、指導後はただ『ダメだから』に変わっていたのだ。


「くわ先輩からもらった手紙、『いつも練習をまじめにやっている』って書いてあったでしょ? もしそうじゃなければ、お世辞でもあんなことは書かない。くわ先輩はちゃんと見てくれてたよ。」


 カッションに少し笑顔が戻る。


「それに、土日練の朝のトイレ掃除の時に、あかりん先輩がクラの先輩に『舞莉ちゃん、どう?』って聞かれてた時は、『すごくいい子だよ。真面目だし、一生懸命だし、かわいいよ。』って言ってた。私が見てる前だからって思うかもしれないけど、言ってる目は嘘じゃなかった。」


「ああ、舞莉が言うならそうなんだろ。」


 この数ヶ月間で、舞莉が顔から感情を読み取り、当たってきたことは何回もあった。今日もそのうちの1回だ。


「カッションがいなければ、練習を真面目に頑張れなかったかもしれない。体調崩して部活に行けなかったかもしれない。精神面でもだいぶ支えてくれたよ。ありがとう。」


 舞莉はカッションに抱きついた。


「だから……もう自分を責めないで。カッションがいなければ、今の私にはなれなかったから。」


 カッションは舞莉の背中に手を回す。


「俺も……舞莉の頑張ってる姿や、今みたいな言葉に救われた。ありがとな。」


 そう言う舞莉だったが、この頃から、カッションにも言えない悩み事を持ち始めていた。



 3年生が引退し、吹奏楽部は1年生が24人、2年生が17人の、計41人になった。2年生が3人減ったのは、部活をサボって遊びに行っていたことが発覚し、吹奏楽部を辞めたから――というウワサである。


 新部長は、トロンボーンの板倉いたくら聖子せいこ先輩。部長候補として上がっていた人だ。

 副部長は、フルートの菊間きくま美和みわ先輩と、トランペットの佐和田さわだ音葉おとは先輩になった。


 新体制の南中学校吹奏楽部がスタートした。



「曲順決まったから、メモっておいて。」


 水明祭まであと2週間と少し。


「行くよ、1番『沢池萃』。2番『トリプルあいす』。3番『FLASH』。4番『キセキ』。5番『学園天国』。で、アンコールが『ユーロビート』。」


 舞莉はドラムこそできない(本当はできるが、できることを公言していないので、他の人は知らない)ものの、他の楽器を思う存分に演奏できることを楽しみにしていた。


 そして、パーカッションパートに代々伝わる『ユーロビート』の振りつけも、大島先輩から教えてもらった。それがかなりハードなのだが、見る人の目を一瞬で引きつけてくれるのだ。


「パーカス以外の1年生は、FLASHを吹き終わったら、舞台の下で手拍子ね。ユーロビートで戻ってきてください。」

「「「はい!」」」


 1年生は、まだ全ての曲を吹きこなせないと判断したからだ。よって、キセキと学園天国は、2年生+3人で演奏することになっている。


 舞莉が演奏するのは、FLASH以降の4曲。


 FLASHはタンバリン、ウィンドチャイム、バスドラム。

 キセキはウィンドチャイム、クラベス、タンバリン。

 学園天国はチャイム(ヴィブラフォンで代用)とグロッケン。

 そして、ユーロビートはマリンバ(シロフォンで代用)である。


 特にキセキの忙しさときたら、もうやりがいしかない。細川先輩はドラム、大島先輩と司は寸劇の準備、菜々美はダンスの準備なので、小楽器をするのは舞莉しかいない。


「やっとパーカスらしいことができるぜ。」


 カッションもご満悦の様子だ。



 10月26日、水明祭の日を迎えた。


 午前は吹奏楽部の発表、少年の主張大会、英語弁論発表がある。昼食休憩を挟み、午後は合唱コンクールとなっている。


 午前の発表に出る人、生徒会、美術部は、前日にリハーサルや会場の準備に追われた。


 今、舞莉がいるのは、沢戸市文化会館の舞台裏。

 緞帳は降りていて、ステージには制服 (ジャケットはなし)を来たCメンと、指揮の荒城先生がいる。


「それでは、吹奏楽部の発表です。吹奏楽部は、今月の9日に行われた、東日本学校吹奏楽大会に出場し、銅賞を獲得しました。1曲目には、そこで演奏した『沢池萃』を披露してくださいます。それでは、どうぞ!」


 生徒会によるアナウンスが終わると、緞帳が上がっていき、3年生にとって"本当の"ラストステージが始まった。


「毎日は練習してないから、東日本みたいな演奏はできないと思うけど。」


 そう言って、さっきステージに向かった、クラの山下先輩。


「まさか、コンクール終わってから沢池萃吹くとはね。」


「引退したんだから、受験に集中したいのに……。」


 水明祭での演奏に消極的な3年生もいた。それでも了承してくれた。


 コンクールの大きなホールで聴く沢池萃もいいけど、地元のホールで聴くのもいいな、と思う舞莉だった。


 沢池萃の演奏が終わり、ステージが暗くなった。

 これから1・2年生のみで演奏するために、椅子の数を調節したり、パーカッションの楽器たちを移動したりする。


 客席の後ろの方で、明石先輩たち3人が『トリプルあいす』を吹いている間に終わらせなければいけない。


 昨日のリハーサル通りの手順で楽器を移動し、ドラムやグロッケン、シロフォン、小楽器を持ってきた。


「みんな入ってー。」


 椅子の準備が終わり、1・2年生の管楽器の人たちがステージに出てきた。


 トリプルあいすの演奏が終わり、拍手の中でステージが明るくなった。


 新司会者の2人がステージの上手側に立った。

 司会の個性的な自己紹介が終わり、フルートの司会の先輩が曲紹介をする。


「次の曲は、PerfumeのFLASHです。大人っぽい2人のダンスにも、ぜひご注目ください。それでは、どうぞ!」


 ドラムの菜々美がカウントを出し、FLASHが始まった。

 自分が演奏しない時は、頭の上で手拍子をし、作り笑顔をする。


「パーカスは常に笑顔でね!」


 細川先輩がそう言っていたのを思い出した。その細川先輩は、楽譜以外のところも即興で、メロディーをグロッケンで飾っている。


 最後の方に、ドラムのリズムが崩れて、菜々美が叩くのを止めたところもあったが、何とか演奏が終わった。


 他のパートの1年生は、楽器を椅子や床に置き、客席を囲むようにして、片膝を立てて座った。


 大島先輩と司が舞台裏へと消えた。


「次の曲は、GReeeeNのキセキです。」


 舞莉はクラベスとタンバリンを、すぐ取れる位置に置いた。


 曲の1番が終わるくらいまで、菜々美がトライアングルをやってくれるが、抜けてしまえば小楽器の担当は1人である。それでは少なすぎるので、舞莉は助っ人を頼んでいた。


「途中から、グロッケンとトライアングル同時にやるとか、無茶言うよな。」


 部活Tシャツを着たカッションは、舞莉の隣で浮遊している。精霊の力を解放すると、浮遊するカッション。その力は、『楽器を使わなくても演奏でき、同時にいくつもの楽器を演奏できる上、その音を出すところを自在に操れる』というものだ。


「まぁ、力を使う時が来たからには、楽しませてもらうぞ!」


 そんな力があることを、つい1週間前まで知らなかった舞莉。


 演奏が始まると、ヴィブラフォンの前に座る明石先輩が後ろを見た。誰も叩いていないはずのところから音が出ているからだ。


 今度は勝手にグロッケンの音が響く。

 全てカッションの仕業である。


 大サビに入る直前で、演奏を止める。制服を着た司と、茶髪のロングパーマのウイッグと女子の制服を着た大島先輩が、ステージと客席の間の段差に座った。


 テナーサックスの先輩が、ピアノでキセキを弾き始める。寸劇が始まった。


「この曲って、GReeeeNのキセキだよね。」


 マイクを持った司が、大島先輩(女)に尋ねる。


「そうだね。」


 大島先輩(女)はうなずく。


「俺、この曲好きなんだ。特に『♪いつまでも君の横で〜 笑っていたくて〜』のところがいいんだ。」


「そうなんだぁ。」


 すると、司は大島先輩(女)に向き直り、一言。


「和樹、お前のことが好きだ。」


 客席の色々なところから、女子たちの黄色い声援が聞こえた。

 2人は抱き合い、キスを(するしぐさを)した。

 黄色い声援は止まらない。


「一緒に歌って帰ろうよ。」


 大島先輩(女)が言ったあと、大サビから演奏が再開した。2人は上手側に、手を繋ぎながら歩いていった。

 舞莉は、少しニヤけた顔でタンバリンを叩きながら、彼らを見送った。


 最後の1音をフェルマータで伸ばしているところに溶けこむように、舞莉はウィンドチャイムを鳴らした。


 細川先輩は、ドラムのタムを1つずつ素早く叩き、その合図で管楽器の音はピタッと止んだ。


「これで最後の曲となってしまいました。最後の曲は、誰もが一度は聞いたことがある名曲、学園天国です。」


 学園天国といったら「ヘーイ、ヘイヘイ、ヘーイヘーイ」のかけ声を、誰もが思い浮かべることだろう。


「曲中で私たちが、『ヘーイ、ヘイヘイ、ヘーイヘーイ』と言ったら、『ヘーイ、ヘイヘイ、ヘーイヘーイ』と元気よく返してくださいね。それでは練習してみましょう。せーの!」


 舞莉たち吹奏楽部員は、「「「ヘーイ、ヘイヘイ、ヘーイヘーイ!」」」と言うと、客席の方からも同じように返ってきた。


「まだまだ声が小さいですねー。もう一度やってみましょう!」


 このセリフも、もちろんシナリオ通り。元からやり直しさせる体である。


「せーの!」


「「「ヘーイ、ヘイヘイ、ヘーイヘーイ!」」」

「「「ヘーイ、ヘイヘイ、ヘーイヘーイ!」」」


「いいですね! 曲中でもぜひお願いします。特に、サッカー部と野球部の人は、大きな声を出してくれることでしょう! それではどうぞ。」


 舞莉はマレットを持ち、カッションは再び浮遊する。大島先輩と司が帰ってくるまで、タンバリンをカッションにやってもらうのだ。


 曲が始まると、最初は休みのトランペットの先輩が、こちらを向いた。またしても、やっているはずのないタンバリンの音が聞こえるからである。


 跳ねるリズムが難しく苦戦したグロッケンを、今は克服して、もはや余裕すら感じさせる舞莉。セグレートでの練習の成果と、カッションのおかげである。


 曲の最後は、アルトサックスのソロで締まった。


「ありがとうございました!」


 部長の板倉先輩に続いて、ホールに「「「ありがとうございました!」」」の声が響いた。


「アンコール、アンコール!」

 いつの間にか客席にいる3年生の先輩が、アンコールの先陣を切った。


 アンコールのユーロビートの時にしていたスカーフは、昨年までの顧問の持ち物だったらしく、夏祭りの演奏のあとにお返ししている。

 その代わりに、今度はディズニーのキャラクターの、カチューシャや帽子をすることにした。


 舞莉は、フリルのついた赤の水玉リボンに、ピアスのようなものがついている、ミニーのカチューシャをつけた。


「アンコール、ありがとうございます。最後にお送りするのは、先輩方から代々受け継がれてきた、南中吹奏楽部のテーマソングです。」


 このセリフも、変わらず受け継いだ。


「南吹パワー全開でー!」

「「「ユーロビート!」」」


 この『ユーロビート・ディズニー・メドレー』は、伴奏の裏打ちが特徴的な曲である。舞莉が演奏しているシロフォンも、ほとんど裏打ちである。踊りながらでは叩くところがズレやすい。


 言ってしまえば、今日演奏した曲の中で1番難しいかもしれない。


 細川先輩のドラムをよく聞いて、ズレないよう、必死に食らいついた。


 ユーロビートを叩ききった。細川先輩がスティック同士を叩き、その合図で、最後のポーズから気をつけに戻る。


 ホールいっぱいに拍手が響く。


「これからも、南中吹奏楽部をよろしくお願いします!」

「「「お願いします!」」」



「使っていないはずの楽器の音が聞こえた。」


 さっきからその話しかしていない、そこの吹部の連中を横目に、舞莉は1人で――カッションもいるが――弁当を食べた。



 水明祭が終わり、先輩たちはここのホールで、アンサンブルコンテストの練習をした。それが終わるのを待ってから、トラックに楽器を積みこんだ。


「羽後さん、遅い! もっと早く動いて!」

「あー、もう! 何で梱包の仕方も分からないの!」


 高良先輩が引退してもなお、細川先輩との関係は悪いままだった。予想通りではあるが。


「梱包までは教えられねぇよ。学校によってやり方が違うから。それと違う梱包をしたら、また怒られるだけだろ。」

 と、カッション。


『細川先輩はいちいち言ってくるから、いちいちグサグサ刺さる……。教えてくれって言っても教えてくれないのに。』


 舞莉は、これまでよりこれからの方がきついのではないかと、恐れを感じた。


【音源】

沢池萃〈吹奏楽版〉→ https://youtu.be/hplBjoW4SPQ


トリプルあいす→ https://youtu.be/HvU1bA8g2ws


FLASH→ https://youtu.be/kdJFhnVUous


キセキ→ https://youtu.be/Xe_apH3zXy8


学園天国→ https://youtu.be/m5gCqGPvKEA


ユーロビート・ディズニー・メドレー→ https://youtu.be/jPaktZbnrVY

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