バレンタインデー

あっとまーく

第1話

皆さんは意中の方にチョコレートを渡せたでしょうか。

私は渡せませんでした。

バレンタインデー当日の夜にもかかわらず、チョコレートは自分の部屋の机の上に無造作におかれたままです。

もちろん、学校には持って行きましたよ。先生に内緒で。


でも渡せませんでした。


渡そうとは思っていたのです。2月に差し掛かった時からそう決心していました。

手作りの方がいいのかな、いや衛生面とか味とか考慮して既製品の方がいいのかな、なんて悩んで。

悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んで悩んでーーー

結局手作りにしました。その方が本気だって伝わると思ったのです。

渡していない時点で想いは机の上に置かれたままなのですが。


それでも作っている時は、うまく行く想像ばかりしていました。

誰もいない教室で、意中の方にチョコレートを渡す姿を思い描き、それが成功するストーリーが脳内を駆け巡っていました。

私はなんて楽天的なのでしょうか。いや、3年間も片想いをしていた私は、決してそうではないと思います。

今回ようやく意を決して、重い腰を上げたわけですから。


チョコレートが完成した時は成功する、と確信を持っていました。

中身はともかく見た目はお高い既製品くらいのレベルで仕上がったのです。男性に渡すので、甘佐を控えめにしているところも好ポイントだな、と鷹を括っていました。


でも、渡せませんでした。


意中の彼は大変気さくで、物静かな私にもよく、たわいのない話をしてくれました。

物腰が穏やかでニコちゃんマークよりずっとニコニコしている彼は、私の学生生活において大きな存在でした。

こんなによくしてくれるなんて、もしかして私のことを、なんて思ったりしていました。


でも、渡せませんでした。


今になって思います。彼は皆んなに優しかったのだと。

今になって思います。彼にとって私も皆さんと同じであったのだと。


放課後まで待って、彼が部活を終え帰るタイミングで渡そうと思っていました。

下駄箱の前で半ば待ち伏せをしていました。恥ずかしくて隠れていた、という言い方は野暮です。

チョコレートを作っている最中はお花畑であった脳内が、今は戦争の前線にいるようでした。

恋は戦争。と、つぶやきました。

いや、誰とも争ってはいませんが。

そんなことを考え、フルマラソンを走っている最中のような心臓の音に、静まって、と願いながら待っているうちに、彼が来るのを見ました。

胸の高鳴りは増すばかり。ドキドキで胸が張り裂けそうとはよく言ったものです。

意を決したはずなのに、なかなか一歩が踏み出せません。


彼が来て。


彼は足を止めました。私の存在に気づいたのか、と腹を括りなおそうとしたその刹那


他方から女生徒が飛び出してきました。



あとのことはよく覚えていません。

どうやって帰路に着いたのか、どうやって電車に乗ったのかさえ覚えていません。

覚えていることは、意中の彼に彼女ができるところを目撃してしまった、この一点のみです。

隠れていてよかったね、なんていうのは野暮…ではないかもしれません。

恋は戦争。と、つぶやきました。

後悔先に立たず。

覆水盆に返らず。

考えていても仕方がない。考えられない。やっと戦争が終わったのに。

とりあえずチョコレートを処分しよう、と思い机の上に置いていた箱のラッピングを無造作に破りました。


今まで姿を表さなかった涙が、チョコレートを見て溢れ出てきました。

好きだったのに。

がんばって作ったのに。

せめてチョコレートだけは、上手に作ったねって、言って欲しかったのに。


既製品より上手くできたチョコレートを一口食べました。

しょっぱいし、ほろ苦いし。

「あげなくてよかったなぁ」

私はそう呟いたあと、涙が止まりませんでした。

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