45.宝玉に導かれて 3


 クレトには神父という職業に似合つかわず、『魅了』というスキルがあった。精神耐性の低い者がクレトに対面すると、老若男女問わずクレトに心底れて、発情してしまうのだ。クレトが元来持つ写すしい容姿と相まって絶大な効果を発していた。

 これはパッシブ型のスキルでクレトの意思により発動のタイミングを決められないというのも非常に厄介だった。大男が頬を染め迫ってくるというのを何度か体験すると恐ろしくもなる。しかし、幸か不幸かその誰もがクレトに心底惚れている状態だったのでクレトが嫌だと拒めばすぐに諦めてくれた。

 神父という職業はそういう意味では適役であった。両親が教会に入れたのも納得だ。

 人に話をしたり、懺悔という人から話を聞き出す役割をする上で、この魅了のスキルも少しは役に立った。神を利用しているようで随分と悩んだが、『スキル』とて神の生み出した世の中の一つだ。そう思えば、このように神父という職業を選んだのは良い選択だったのかもしれないと最近ようやく思えるようになってきた。

 だが、精神耐性の高い者にとっては『魅了』によってクレトに魅了されている者の行動は非常に異様に見えるらしい。

 友人を作りたくとも、精神耐性の高い者には不審がられ距離を取られ、そうでない者には惚れられ、友人と呼べる関係の者はこれまでなかった。それがクレトには少し寂しかったものだが、最近はじめての友人ができた。その友人というのも不思議な感性を持っているが。


 ――マコトという、細身で中世的な男子である。『朔の日』という大事件から友人と呼べる関係になった。

 彼は精神耐性が高いというわけではなかった。その証拠にクレトを見て、惚れ惚れしているような動作は向けるが、しかしクレトに惚れているようではなかった。その証拠にクレトと話していると、ちょいちょいファナというマコトの恋人ののろけ話を語った。おそらく『魅了』を突破するレベルでファナを愛しているのだろう。彼は不思議な人間だった。


 そのマコトが珍しく昼から教会にやってきたので、クレトは少しドキリとした。

 マコトは普段、懺悔に来る者を気遣って、来訪者の多い昼頃の時間帯を避けて訪れるのだ。

 何か緊急事態だろうか。心拍数が上がるのを感じながら、クレトは席に着いた。

 そこでマコトは『宝玉』を取り出し、例のあの『念動力』というスキルを発動させたのだった。


「このように、光るうえに動かせなかったんです。モンスターには効かない力なので、もしかしてこれはモンスターから取り出した後も生きているのでは? と不安になりまして……」


 宝玉は一般に知られるように光を発したが、マコトはそれが不安だったようだ。

 マコトはこのように一般常識を知らないことがあるが、それでいてクレトが知らないような高度な知識を持っているので、ギルドや役所でも噂されているように、いかにも世間知らずの『貴族』のようだった。


 だが、クレトもそう言われてみれば、一切前情報がなければそう思うかもしれないと思った。

 何せ宝玉というのもモンスターから取り出すものなのだ。マコトの力が効かないのは生きているモンスターだけで死んで素材になってしまえば動かせるのだから宝玉もモンスターとして生きているのはないかと不安に思ったのだろう。


「……私にはない視点でした。確かにそう言われてみれば、不安にお思いになられるお気持ちも分かる気がします。しかし、安心なさってください。古くから宝玉には不思議な特性があるのです」


 クレトは宝玉について一般的な常識を語った。

 しかし、その片隅でクレトは考えていた。宝玉には古い神話には載っている、伝説があるのだ。

 ――宝玉とは、諸元の悪が自らの復活が為、世に蒔いた種である、と。


 それから一度帰ったマコトが宝玉の行く先への旅に出ると挨拶に来たときにはクレトも決心していた。その度に、ついていこうと。


 その選択を早くも後悔していた。

 マコトが彼の『無限収納』から取り出したのは、巨大な茶色の羽である。支柱となる骨が何本か通されるその羽はまるでコウモリの羽のような形態をしていた。


「クレト様、心配ありませんよ。確かにこの道具のつくりは若干ちゃちかもしれませんが、空を飛ぶときには俺の『念動力』でサポートをおこなうので万が一姿勢が乱れたとしても落ちてしまうなんてことはありませんから」

「……いえ、あの、……はい。ありがとうございます。……では、よろしくお願いいたします」


 まさか空を飛んでいくとは思っていなかった。マコトは羽が壊れるのをクレトが心配しているのだと思ったようだがとんでもない。空を飛ぶ人間がいるとはまったく想像もしていなかった為に、衝撃で固まってしまっているだけだ。


 クレトはやけに連携の取れたマコトとファナによってあれよあれよという間に、その装備を背中に取り付けられていた。……もう、逃げられない。

 三人の人影がどんどん空に上昇していく。クレトは少し自分の足元を見てみたが、心臓やらあそこ・・・やらがヒュンッとしたので、すぐに目をそらしてまっすぐ上だけを見つめた。


「では、いきますよ~」


 マコトの掛け声とともに身体が落下し始める。それは空を飛ぶという表現よりも、空を落ちるという表現の方がふさわしかった。持ち上げられて落とされて、それを繰り返される。シェイクされている野菜にでもなったような気持ちだ。クレトは久方ぶりに絶叫した。

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