42.旅のお供と波乱の予感
冒険者ギルドを後にした俺たちは、道なりに進んで服屋リンネルに向かうことにした。
リンネルは、大通りから一歩外れたところにある。
相も変わらずファンタジーの洋服屋さんの理想を現実化した、みたいな店構えでおしゃれである。
さて、扉を開こうとしたところで手をつないでいたファナさんが立ち止まってむんずと俺の手を握り締めたもんだから、それは叶わなかった。
後ろに位置することになったファナさんを振り返ると俯いている。
「ファナさん? どうしましたか?」
「あの、マコト、リンネルなんだが、その、二人で行くと絶対あることないこと言って私をからかってくるが、あいつの発言は8割嘘だから気にしないでくれ」
顔を上げたファナさんは真っ赤になっていた。
かわいい。
さては、午前中にお茶会をしたときに散々からかわれたんだな。ファナさんが一緒にカフェに行っていた友人とはこの服屋リンネルの店主リンネルさんなのである。
「了解です」
思わずニヨニヨしながらそう言うと、ファナさんにペシッと背中を叩かれた。かわいい。
「ごめんくださーい」
扉を開くと、昔ながらの――いや、この世界では標準装備の扉についた鐘がカランカランと子気味良い音を鳴らす。
「はーい。ごめんなさいね、今日は午前中は閉めていたからいろいろとバタバタしてしまって……あらあら、まあまあ」
奥で何やら作業をしていたらしいリンネルさんが鐘の音で、表に出てきたが途中まで普通に来客だと思っていたのだろう。俺たちの姿を見た瞬間に一瞬フリーズをして、ニマニマ顔で近づいてきた。
その表情が本能的に地味に恐ろしくて一歩後ずさるとファナさんも後ずさっていた。
「あらー、どうしたの、ついに結婚のご報告? よかっ……」
「げほっ!! ち、違う!! 違うんだ!」
リンネルさんが口を開いた瞬間に、ファナさんがせき込んだと思ったら俺とつないでいたはずの手は一瞬にして離され、気がついたらリンネルさんの口を押えていた。
この間、0.5秒にも満たない。……と思う。俺の感覚的には。
それくらいの早業だった。
「あら、違ったの?」
そんな早業の口封じを食らっておきながら、リンネルさんはのほほんと微笑んでいる。
さすが。ファナさんの友人を伊達にやってない。
「今回はちょっと期間が長くなりそうな冒険に出るから、挨拶にきたんだ。それだけだ。旅立ちの挨拶は冒険者の基本だからな。そう、リンネルが心配したり宿に来て入れ違いになっては申しわけないと思って、そう! 冒険者の、パーティとして、あくまでパーティとして挨拶にきたんだ」
ファナさんの珍しい早口と長文に驚くが、そんなに否定しなくてもいいんじゃないですかね?
まだカップルとしての段階であって、夫婦としては考えられないとか? 俺としてはいつでもウェルカム状態なんですけど。
まあ、人にはそれぞれ段階もあれば気持ちの変わり方もいろいろだから文句は言えないけど。
ちょっと寂しいな。
思わずしょんぼりして肩を落としてしまうと、目ざとくリンネルさんに悟られてしまった。
当然そうするとリンネルさんの視線は俺に向くわけで、その視線につられてファナさんも振り返った。
「マコト!? あ、いや、違う。違うんだ、別に結婚が嫌な訳じゃなくてだな。こう、変に誤解をされたままリンネルが他の皆に話したら私たちが帰ってきたときに大変な誤解が広まってしまって大変そうだとそう思っただけなんだ」
ファナさんがすっとんできて、俺の両手を握った。
「俺との結婚が嫌なわけじゃなかったんですね……よかった」
「そりゃ当たり前だ……」
嬉しさのあまり思わずファナさんに抱き着きそうになったところで、はっと我に返った。
やべえ。
めっちゃニヨニヨ顔でリンネルさんが見ている。
(そういうところで、余計にバカップル度を増しているとは気が付かないマコトであった)
ついさっきルーレスさんに言われたセリフが頭の中でリフレインする。
絶対、バカップルだと思われてるぞ。
ゆるゆるになりそうな顔をなんとか引き締め直して、リンネルさんに向き直る。
「リンネルさん、そういうわけで俺たちは結構長めの冒険に出ることになりましたので、そのご挨拶に参りました。どれくらいの旅路になるかわからないので、いつ頃というのも言えないのですが、1年くらいで1度は帰る予定ですからまたその時はよろしくお願いいたします」
「わかったわ。結婚式のドレスは用意しておくわね」
待って。
思わず救いを求めてファナさんを見つめると、ファナさんもうなだれていた。
駄目だ、このモードのリンネルさんと話が通じる気がしません。
「……じゃあ、そういうわけで」
どういうわけかわかっていないが俺たちはそう言い残して、服屋リンネルを後にした。
◆
「次は教会ですね」
やたらHPにダメージを受けた俺たちは裏通りをとぼとぼと歩いていた。ちょうどこのまま進めば教会なのである。
「教会か……」
ファナさんは少し嫌そうにしている。行くたび俺がクレト様に見惚れるからですね。申しわけない。
「あれだけお世話になったんですから挨拶しないわけにはいけないですよ。それにこの『宝玉』の話はクレト様に聞いたことですからね」
「なんだと……?」
それからファナさんはやたら足早になった。どうした?
そして教会に着くと、ものすごい勢いで両開きの木製の扉を開く。あれ、かなり重いから俺ではゆっくりしか開けないんですけど。
自分の非力さに悲しくなってくるね。
「神父様!」
さらには大声。ファナさんや。懺悔中の方いたら迷惑だから……。
「おや、ファナ様に、マコトさん。いかがされましたか?」
「旅立ちの挨拶にきたんだ。宝玉の話をお前から聞いたらしいが、それにマコトは興味をもったらしく私を冒険に誘ってくれた! ありがとう、面白い話をしてくれて」
ファナさんは面白い話をしてくれたお礼をしたかっただけか。めずらしくクレト様相手にいい笑顔をしている。
いや、これは俺が悪いんだけどね。
本当にクファナさんにもクレト様にも申しわけない。でもこれはもはや本能なの。
ファナさんに対しても女神様と何度呼びかけそうになったことか。毎日暮らしてようやく慣れたのだから、たまにしか合わないクレト様にはいつまで経っても耐性ができないのである。
「さて、宝玉の冒険とはどのようなものなのでしょうか」
「あれ、そこまでは聞いてないのか」
「そうですよ、ファナさん。宝玉の光の行く先のくだりは俺が思いついたんです」
まあ、俺がっていうより、俺の前いた世界の創作物からって感じだけども。後は地図アプリとかからも発想したよね。
「もしや、宝玉の光が射す方向を目指して進む旅でしょうか」
クレト様が前のめりで聞いてきた。
うお、まぶしい! 俺は反射的に祈りのポーズになりながら頷く。
「その旅、私も同行してもよろしいでしょうか?」
クレト様が真剣な表情で俺の手を握った。俺は頷いた。ファナさんに背中をつねられた。
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