31.神父さんの話を聞こう

 

 何かが倒れて割れるような大きな物音がしたので、慌てて礼拝堂の奥の部屋に駆けつけると、そこには言い争ったのか、老人と、その老人に胸倉をつかまれた神父さんがいた。

 そんな緊迫した状況で、俺は不謹慎ながら俺は思った。

 ――美しいは性別を超える。

 神父さんは紺色がかった髪を腰辺りまで長く伸ばされた髪をゆるく縛っている。老人に胸倉をつかまれた瞬間に乱れてしまったのであろうそれが、顔や肩にかかり、髪の隙間から瞳が覗く。灰色がかった水色の瞳は、落ち着いた色をしていた。

 そして、なんといっても顔面偏差値が天元突破している。

 幅広の二重の目はそれでいて切れ長で、まつげの長さがえぐい。しゅっとした面長の顔に、スーッと通った鼻筋に、薄めの、それでいてふんわりとしたほのかに色づいた唇と、整いきったすべてのパーツが奇跡的にバランスよく配置されており、これが神のご加護というやつかという気分になる。決して女性的である訳ではないが、男性的な美しさを凝縮していて、――そうだ、これは芸術品。

 極めつけはその身にまとう清純な雰囲気だ。もう、美しいとしか言いようがない神父様が落ち着いた表情ではあるものの、少し困った雰囲気を出して老人に胸倉を掴まれている。

 お助けしなくては! ともはや反射的に動き出したところ、老人もハッと悟ったようにその手を放して神父様に謝っていた。


「す……すまん……。気が動転した」

「大丈夫ですよ。驚かれるのも当然でしょうから」


 なんか一件落着したようだ。

 こうなってくると、断りもなく、部屋に飛び込んだのが申し訳なくなってくるな。

 ファナさんと顔を合わせて一歩後ろに後ずさる。


「あの……お邪魔しました……。問題ないようでしたら、失礼します」


 襟と髪を軽く整えている神父様にそう言って頭を下げてその場を去ろうとしたところ、神父様がこちらにやって来ていた。

 おう……近くで見ると破壊力がやばいな……。同じ人間とは思えない。


「いえ、冒険者さんたち、ありがとうございます。物音に驚いて、心配して駆けつけてくださったのでしょう?」

「は、はい、そうです」

「しかし、礼拝堂にいらしていたということは何かお祈りしたいことがあったということでしょう。お祈りの邪魔をしてしまって、申し訳ございません」


 本当に申し訳なさそうに眉を下げて謝られると、こちらが悪いことをしているような気持ちになってしまう。


「ち、違うんです! 頭なんて下げないでください! お願いします! 今日は納品に来たんです! 指名していただいたとかで、ありがとうございます!!」


 必死に神父様の下げた頭を上げてもらうべく言い募ると、神父様が顔を上げてくれた。

 目が合う。その顔は驚きに包まれていた。


「え、もう、……ですか? 今朝、依頼を出したばかりでしたのに……。さすが、ルーレスの推挙する方々ですね」

「ほあ」


 至近距離でお礼を言われて、微笑まれて、俺は魂が抜けそうになった。

 まって、うつくしすぎる。後光が射してる。

 まるで言語を失ったオタクである。力を失って、つい後ずさったところ、ファナさんにキャッチされた。


「アイツの方が勧めてきたのか」

「はい、私が無理を言ってアプルルの納品依頼をしたいと言ったところ、彼の方からお勧めしてくださったのです」


 神父様から遠ざかって、ファナさんに抱きとめられたことでなんとか心臓が復活した。

 落ち着いて二人の会話を聞いていると気になることが出てきた。

 ルーレスとは誰だろう。


「ほう、ギルドマスターのアイツが私たちをな……。アイツもようやくマコトの良さがわかったか」

「いや、ファナさんのおかげでしょう。でも、ギルドマスターが俺たちのことを知っててくれたんですねー」


 俺のおかげだと言わんばかりのファナさんに突っ込む。

 ギルドマスターという冒険者ギルドのトップが俺たちを知ってくれているというのは意外だった。二人だけのパーティーだし、そんなに派手な活動はしていないはずだしな。

 しかし、ファナさんは驚く俺に不思議そうな顔をした。


「知ってたも何も、毎回話しているじゃないか」

「え?」

「お前が受付のお兄さんと呼んでいるのが、ギルドマスターのルーレスだ」


 ええ!? ギルドマスターだったの!?

 なんで受付にいるの!?

 いまさら知った衝撃の事実に目ん玉をひん剥いて驚いていると、神父様の後ろから老人がぬっと顔を出した。


「お騒がせして申し訳なかった。村長のアランという」


 頭を下げた老人は、村長と名乗った。

 村なの?街なの?

 どうでもいいことだが、そればかりが気になって気もそぞろになってしまいそうだが、名乗られたら名乗り返すのが礼儀だろう。


「ご丁寧にどうもありがとうございます。こちらこそ早とちりをして申し訳ありませんでした。冒険者をやらせていただいております、マコトと申します。今後お見知り置きのほどよろしくお願い申し上げます」

「ぼ、冒険者……?」


 村長という一応、役職者相手だし丁寧にお辞儀する。しかし、顔を上げたら何故か面食らっていた。


「マコトは変わってるんだ。だが、ちゃんと冒険者だぞ。私はファナだ。よろしく」

「あ、あぁ、よろしく頼む……」


 ファナさんの説明で納得したらしい、村長アランさんとファナさんが握手をしていた。

 変わってるって……とちょっとショックを受けたが、確かに丁寧にあいさつしている冒険者なんて見たことないなと思った。

 冒険者ギルドのマスターだという、受付のお兄さん――ルーレスさんですら「ですます調」で話しているのを見たことがないし、そういう性格なのかなと思っていたけど、もしかして俺は相当珍しい部類なのではという疑問がもたげてくる。

 神父さんは敬語で話しているが敬語で話している人に、この世界に来て初めて出会ったかも。

 たまには冒険者らしい話し方をした方がいいのだろうか? いや、でも、もう敬語で話すのが癖になっているしなぁ。

 とそんなことを考えているうちにまた目の前に神父様がいらっしゃった。


「名乗りもせず申し訳ございません……。私はこの教会をとりまとめております、神父のクレトです。改めまして、今回は無理な依頼をご迅速にご対応いただいて、ありがとうございました」


 おう、至近距離になると、まぶしい。

 キラキラしい神父様にこんなにまっすぐにお礼を言われるなんて、めちゃくちゃ嬉しいやないですか。動揺のあまり内なる似非関西人が登場してしまう。


「い、いえ……。ご指名いただいたからには、きっちりやらないといけませんからね! そ、それより、何かお話中だったのでしょう? お邪魔をしてしまって申し訳ございません。都合の良いお時間に出直しますから、お申し付けください」

「お気遣いいただきありがとうございます。しかし、話というのも貴方に無関係の話ではないのです。アプルルの納品を追加するために必要な手続きを行ってくださらないかという依頼を村長にしているところでしたから」

「なるほど、『朔』であれば準備は必要じゃな」


 神父様と話していると、ファナさんと挨拶を終えたらしい村長が話に入って来た。

 サク、とは何だろうか。そう思って、ファナさんの方を見ると、彼女にしては珍しく顔をサッと青ざめさせていた。

 何か、悪いことであるらしい。

 息を呑んだファナさんを見て、村長も顔色を変えた。その表情はつい口が滑らせてしまったという感じである。

 ちょっと心配になる……こんな迂闊な人が村長で、この街は大丈夫なのだろうか。


 やらかした! という顔をする村長を見て、神父様は眉を少し下げたがすぐに気を取り直したようにこちらに向き直った。


「……いえ、こんな危険な依頼を頼むというのに、事情を何も知らせないというのもフェアではありませんね。事情をお話しいたしますので、お時間をいただけませんか?」


 幸い、俺もファナさんもこの後に用事はなかったし、もともとが話を聞こうと思って教会に来ているのだ。二人して頷くと「長い話になりますので」と神父様は奥の部屋に案内してくれた。

 テーブルとイスに神父様と村長、ファナさんと俺が向かいあって座る。


「よろしいですか、これから話すことは街の人には絶対に口外しないでください」


 神父様のその前置きで話された内容は、確かに口外すべき内容ではなかった。

 『朔の日』――新月になる日の到来を神父様がしたのだという。

 予言というほど大袈裟なものではないと神父様は言ったが、魔法というものがあるこの世界において、神父様が空の妖気を見てそれを察知したのならそれは予言といって差し支えないようだ。村長の反応を見ても、そう思える。

 冒険者稼業なんてやっていると、歴史的な勉強なんてしないもので、俺はついぞこの街の歴史やこの世界の歴史というものにてんで無知であるわけだったが、衝撃的な話だった。

 なんとこの世界、悪の『闇の大魔王』的なやつが光の力で封印されているのだという。大昔の古代国家で召喚されてしまった悪魔的なやつがその力で配下のモンスターをこの世界に呼び寄せているらしいのだが、その封印の力が徐々に弱まってきているらしく、最近はモンスターも増加傾向にあり、太陽の光が弱くなる夜はモンスターが活性化するのだという。

 モンスターが悪魔的なやつに召喚されているとか初めて知った。ついつい異世界なんだし、ゲームみたいにモンスターくらいポップするよなとか簡単に考えていた。

 モンスターが月光といえどもそれは太陽の光を反射したものだ。だから、月の光でさえなくなる、真っ暗な新月の日――『朔』というのが何をもたらすかというと、モンスターの大量発生および大量襲来である。

 二十年ほど前にもその『朔』が訪れたらしいがその時、この『辺境の街』はほぼ壊滅状態になったらしい。神父様と村長は震えながらその様子を語った。

 物見の塔――この教会にある塔だ――から見下ろした草原には、モンスターが一秒おきに倍々に増殖していく。森からは黒い一つの大きな生き物のようなモンスターの群れがやって来て、瞬く間に街の防壁は崩れ落ちた。後は、太陽が出るまでの間は地獄の時間が続いた。

 その時、まだほんの小さな子どもだった神父様が生き延びることができたのは、ただただ幸運だったと言った。みなが死んでいく中、洞窟に幾名かで逃げ込み、飛び込んできたモンスターだけを倒すことで耐え忍び、生き残れたのだと。

 その『朔』が再び訪れるのだという。


 三日後の、晩に。


「その、そんな大変なこと、一般人の僕たちが聞いてしまってよかったのでしょうか」


 半ば確信しながら、俺は聞いた。胃が痛くなりそうだ。

 この話が街に漏れれば、瞬く間に混乱に陥るだろう。普段はあれだけ肝っ玉で豪胆なファナさんが顔を真っ青にして、黙りこくっているのだ。


「はい。そのような状況ですから、貴方がたにご協力いただきたいのです。アプルルは『回復薬』の材料です。街の方々を守るために、同じ街の人である貴方がたを危険に晒すというのも道理ではないと思いますが――今から避難をしようにも他の街に逃げるにはもう時間が足りない! それでも、少しでも可能性が上がるのなら! 準備を、準備をしなくては――」


 悲痛な表情で祈るように懇願する神父様を見ていられなくなって俺はテーブルごしに神父様の手を握った。

 神父様、責任感の強い方なんだろうな。そして、すごく優しい方なんだな。

 村長も期待を込めるように、俺たちを見ていた。

 ファナさんも、顔を青くしながらも、俺と目が合うと力強く頷いてくれた。


「神父様、ひとりで背負いすぎないでください。僕たちも同じ街に住む住民です。自分が住む街くらい、守りたいと、そう思っています」

「マコトさま――」

「神父様、アプルルの納品だなんて、ケチなことを言わないで、言ってください。街を守る、手伝いを」


 突然、異世界に来て、戸惑っていた。

 最悪だ、と思った。

 でも、この街に来て、いつも心配してくれる門番さんや、気楽で面白いギルドの受付のお兄さんや、街のカフェのお姉さんや、商店街の人たちと関わって――ゆっくり流れる、今を楽しんでいる街で過ごして、俺の心は確かに癒されていた。

 何かに追われるように、毎日仕事して、何のために仕事しているのか、何のために生きているのかすらわからなくなっていた俺にとって、何気ないゆっくりとした日常がどれだけ楽しいのか思い出させてくれた。

 まあ、何よりも楽しく思えたのは、美人なファナさんと夢の新婚生活みたいなものをおくれているからだけど。


 なら、この日常を守りたいなって。


「マコト様! ありがとうござい……ますっ! 私と一緒に、この街を救ってください!」

「はい、神父様。もちろんです」

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