30.果物が繋ぐ縁
街に戻った俺たちはギルドによることなく、教会へと向かっていた。
今回俺たちを指名したお客様は教会の人らしく、納品は教会に直接とのことだったからだ。
ついでに何か俺たちに話があるらしいが、受付のお兄さん曰く無理強いをされるなんてことはないらしいから聞くだけ聞いてみようということになったのだ。
「でも、どんなお話なんでしょうね?」
「こういう場合、アプルル採取を今後も続けて欲しいとかだと思うぞ」
「ま、そうですよね」
小説やゲームなんかでは、教会の運営が上手くいっていないのだが何かいい方法はないだろうか、なんて聞かれる主人公が多いが、別に俺は何か経営に秀でているわけでもなければ実績を残しているわけでもないのでそんなことはありえないだろう。
何で実績を上げているかと聞かれたら『採取依頼』だと思うので、ファナさんの言う通り継続してのアプルル採取依頼とかの方が順当だな。
教会は街の中心地にある。
この街――もはや村という規模なんじゃないかなと俺は思っているが街の人たちが『辺境の
あそこから街の外を見て、モンスターが大量発生しているなんてことがあれば鐘を鳴らすらしい。
砂利道を歩いて行き、教会にたどり着く。木製の大きな両開きの扉を開き、中を伺う。
「すみませーん」
礼拝堂と思われる大広間には誰の姿も見えなかった。長椅子が両脇に並べられ、最奥には祭壇のようなものがある。俺の想像する教会と見た目は変わらなかった。
「どこかに行っているのだろう。入って待っておくか」
「勝手に入っていいのでしょうか」
「祈りたいものは礼拝堂に勝手に入って祈っているから、大丈夫だ」
そう言われてみればそうか。俺の好きだった、クリスマスの日に子どもがトラップをしかけて泥棒をつかまえる映画でも、シスターが歌い踊る映画でも、別に何の断りもなく、信者は礼拝堂に入ってきていた。
幸い、お祈りをしている人もいなかったので、俺たちは遠慮なく礼拝堂に入って、長椅子に座って誰か来るのを待つことにしたのだが――
「なんじゃと!?」
悲鳴のような大声とともに、ガシャーンと何かが倒れる音がした。
音の発生源は、礼拝堂の奥、祭壇の脇の部屋あたりからだ。
俺はファナさんと目を合わせ頷くと、音のした方向へ歩き出した。
◆
昔々、世界中のいたるところに人が暮らしていた。
いまは名が失われてしまった『古代の王朝』によって世界中が統治されていた。モンスターは騎士たちにより駆逐され、防壁に守られた各都市は栄華を極めた。王朝の君主は非常に統治が優秀であったので、この繁栄は永遠に続くかのように思われた。
しかし、何代も続く王朝時代、とある悪王が圧政を敷くようになった。
強欲な王は高い税をかけ、浪費をし、まだ足りぬとなれば人々を殺してでも何かを手に入れたがった。この世のすべてが自分に支配されていなくてはいけない。この世のすべてが
そのように
――悪魔召喚。喚び出された悪魔は人の悲鳴と絶望が大好物だった。
支配欲と不老不死への渇望に染まった、狂った王と悪魔はかくして引き合わされてしまった。
それから名が失われてしまった『古代の王朝』は瞬く間に崩壊した。
人の悲鳴と絶望を糧に王は力を手に入れたのだ。その崩壊はさらに続き、ついには王が――悪魔が地上を支配するようになった。溢れ出るモンスター、殺される民。悲鳴は悪魔に吸収され、さらに湧き出るモンスター。防壁は崩れ、人々は散り散りに逃げ出す。
このままでは人類が滅亡するというところで立ち上がった者がいた。
『聖者』と言われる当時の教会に所属していた聖人だったらしい。
彼の命と引き換えに、王は殺され、太陽の光を借りて悪魔は封印された。ただ、光のなくなる日だけは彼の力が弱まり、悪魔の封印された空間とこの世界が近づいてしまうのだという。
だから、光のなくなる日――月すら夜空に出なくなる『朔の日』には注意しなくてはいけない。
悪魔の力でかつてのように地上をモンスターが支配するようになる。
教会の祈りの間で祈っていた神父クレトはふと立ち上がった。
そして無言のまま教会の庭まで歩いて行くと、空を見上げ眉をひそめた。
「朔の日――ですか」
夜空にはすっかり細くなった、上の方だけ頭を覗かせる月があった。
◆
翌朝、神父クレトは慌てて冒険者ギルドに出向いた。
「アプルルを100個集められないでしょうか。難しいことはわかりますが……」
ギルド長であるルーレスと個室で対面して、クレトは苦い顔をして言った。
アプルルは『回復薬』を精製するのに必要な素材である。来る『朔の日』に向けて、準備をする必要があった。
しかし、獰猛で人をも食らうモンスター『ジャイアントスパイダー』の大好物であり、アプルルの採取できる場所はすなわちジャイアントスパイダーの縄張りとなる。ゆえにアプルルが採取され持ち込まれることは稀であった。アプルルの採取依頼とは、高難易度中の最高難易度の依頼なのだ。
ルーレスは少し肩を竦めてニヤッと笑った。
「まあ、アプルルなんて危険な『辺境の地』の中でも更に危険な地域にある、鬼門の果実を100個も採取しろなんて、冒険者に死ねっていうようなもんだよねぇ」
「やはり……」
絶望に気持ちが近づく。人を救うためにアプルルの採取依頼をしているのだ。その為に人死が出るようでは本末転倒だ。
クレトは首を振って、息を吸った。立ち止まってはいられない。アプルルを数揃えられないだろうというのは分かっていたはずだ。では次善策を取って、少しでも被害を少なくする必要がある。
「では、アプルルが納品されたときには報(しら)せてくれませんか。あるだけ購入いたします」
それだけ言ってクレトは腰を浮かして立ち上がろうとした。善は急げだ。
しかし、ちょうどその時ルーレスが「待って待って」とクレトをとどまらせた。
「ごめんって、焦らすような言い方しちゃって。――ただ、ちょっと心あたりがないでもないから、騙されたと思って『指名依頼』でアプルル100個頼んでみない? 神父さんがそれだけ慌ててるんだ、一大事なんでしょう?」
ルーレスは軽い口調で言ったが、その目は真剣そのものでけしてふざけているものではないことが分かった。クレトは信じられない気持ちではあったが、いや、人の善を信じることができずして何が神父か、と思い直して、頷いた。
「ありがとうございます。ルーレスさんのご配慮に感謝いたします」
「じゃあ?」
「ええ。アプルルの採取依頼を指名依頼で依頼させてください。お値段は言い値で」
「相分かったよぉ!」
嬉しそうにクエストの委託用紙を取り出してくるルーレスに苦笑しながら、クレトは苦笑する。雑談混じりに「決して人死が出るような無茶はさせないでくださいよ」と釘を刺せば、
「大丈夫、彼らならやってくれる」
と思いのほか真面目な声が返ってきた。
クレトは微笑んで、冒険者ギルドを辞去した。
その後、村長を教会に呼び出し、『朔』の予兆があることを伝えた。
役場で言わなかったのはどこから話が漏れるかわからなかったからだ。もう二十年も前にはなるが、この街は一度『朔の日』を経験している。
せまりくるモンスター。生きながら食われる仲間たち。
あの日の悪夢は、色濃く記憶にこびりついている。
そのような状況で『朔』の予兆があるだの情報が広まってしまっては、瞬く間に街は混乱に陥るだろう。
「なんじゃと!?」
村長は顔面を蒼白にさせて叫んだ。普段は落ち着いたこの老人でさえ、このうろたえようである。
やはり、役場で話さなかったのは正解だった。よしんば話を聞かれなくても、村長がこれだけ大声を出していれば何事かと人が集まって来たに違いない。
クレトがそう思ったのは間違いではなかったらしい。バタンと勢いよく懺悔室の扉が開き、2人の冒険者が駆け込んできたからだ。
「何事だ!」
「大丈夫ですか」
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