5.拠点の改築
果物を無現倉庫に放り込んだ俺は、蜘蛛たちを眺めながら考えていた。
この森に厳しい気候の変化がない限りは生き延びることのできる環境ができた。
となると、今度はひとりで生きていくのに、快適な空間と娯楽が欲しくなる。
実は俺、この拠点を作ったときに気が付いていた。土を動かしてものを作るの、めちゃくちゃ楽しい。
まるでレゴやサンドボックスゲームをしている時のような面白さがあった。
さっきは焦っていたから楽しむ暇もなかったけど、余裕のできた今ならめちゃくちゃ楽しめる気がする。
快適な移住空間を確保するためという建前で、俺は最高の暇つぶしをはじめるのだった。
◆
相変わらず蜘蛛がいるので、外には出られない。
内側の空間を広げていくことにする。
まずは入口周りだけはそのままに、天井の高さをもう1メートルほど上げた。
そして入口の溝に繋がる四角い空間――ここを玄関と呼ぶことにした――から、廊下を溝から入って左右に伸ばしていった。
その廊下の先にもうひとつ、四角い空間を作り出す。今は「なんちゃって」だが、蜘蛛がいなくなったら木や草をもらってきて、ちゃんとした寝室と厨房を作ろうと思う。厨房を想定した左側の空間は、玄関よりも崖の
システムキッチンらしきものを土で作って置いておいた。
俺はキッチンの細かい造形なんて覚えていないので、ただの四角い箱と化していたが。
今度は左側の空間に寝室を作る。反対に寝室の壁は厚くした。寝てるときが一番無防備になると思うので、万が一にでも化け物に壁が破られるなんてことがないようにである。ただ掘り進んで思ったのは、とにも角にも暗いので、いずれの部屋にも細い穴を何個か通して採光部にしてある。寝室の方は壁も分厚いのであまり意味を成していないが、まあ寝る部屋なんだし暗いくらいでちょうどいいだろう。
床も壁も土でできているので殺風景だが、あの忌々しい蜘蛛がいなくなったら木材を調達して、俺、フローリングにするんだ。
木を変形させて、ベッドも作るんだ。
とはいえ、今は木がないので、木を夢見てとりあえず土でベッドの形を作っておくとするか。
俺は薄暗い空間で腕を組みながら、廊下の位置まで下がって寝室(予定)を眺めた。
やっぱりベッドは入口から真正面の壁に頭の方を寄せておくかな。
左右の壁にベッドの側面をくっつけておくというのも、安心感があるでもないが、せっかく広く空間を取ったのだし広々と使いたい。ほら、それにセレブの寝室って真ん中の方に天蓋付きベッドがあるってイメージ。
自由に部屋を作れる身分となった今なのだからセレブを夢見ても悪くないだろう。
将来のセレブ暮らしを夢見ながら、意気揚々と土でベッドの造形を
「うむむ……」
何度か念動力で土をベッドの形にしようと試みたところで俺は唸った。
土はどう頑張っても土なので、ベッドらしく細い脚をつけようとすると脆く崩れ落ちてしまうのだ。
だからといって、脚を太くするとベッドに見えないし、土の布団というのはなんか違う気がする。
折衷案として俺は、某アルプスに暮らす女の子が藁で作っていたベッドの形状をオマージュして、土ベッドを作成した。脚はなくて、こう、側面がもこもこしている感じ。枕もちゃんと作っておいておく。
これ、快適に眠れるんだろうか。
若干疑問がもたげたが、俺は形から入るタイプなので問題ない。
ここまで作り終えたところで玄関へと戻って来たが、今度は玄関部分がやたら寂しくなってしまったように感じる。それに、何も考えずに井戸もどきを掘ったおかげで、玄関の空間の真ん中の位置に変な穴が開いてしまっている。
歩いてたら足がハマってこけそうだし、ださい。
俺は井戸もどきの穴が真ん中にくるように、噴水のようなものをつくった。
といっても凝った装飾はなく、真ん中で折った砂時計みたいなものをポンと置いただけだが。
まあこれでコケる心配はなくなった。
と、そうこうしているうちに、外は赤く染まってきていた。
俺がこの世界にきたときの時間は、この世界の朝方から昼頃に当たる時間だったのだろうな。
まだ何時間かしか経っていないが、濃い体験のせいか、この世界に来てから随分と長く経ったように思える。
そして、何よりの朗報。
外の蜘蛛たちがいなくなっていた。巣に戻ったのだろうか。わからんが、これはチャンスだ。
俺は溝から久方ぶりの外の世界に這い出て、目を細めた。
夕暮れ時だが、ずっと暗闇に篭っていた身にはまぶしく感じる。
そして、気合を入れて辺りを見渡す。
俺が夢想するのは、俺だけの果樹園。忌々しい
木々の生えるエリアの外側から土を持ってきて、盛り上げていく。
高く高くそびえる塀を作る。塀に使用する土を塀の外から確保することで同時に塀の外に堀らしきものも作ることができるという一石二鳥の寸法だ。まあ木の幹にもがっしり捕まりながら森を縦横無尽に跳ね回っていた蜘蛛相手に、堀や塀が効くとも思えないが、森にいる化け物があの蜘蛛だけとは限らない。備えあれば、だな。
崖を壁にして半径約50メートルの半円形のエリアを俺の陣地にしていく。
10メートルほどまで塀を伸ばしたところで、いい加減外の土がなくなってきたので、無限倉庫から土を取り出す。
そして、天井部にその土を使って、造形していく。
イメージは木の幹と枝と、たくさん生える葉っぱ。
網目状に光射す天井を作り上げ、俺は満足げに鼻を鳴らした。
夕暮れの今はわからないが、これで昼間には、この俺の陣地は木漏れ日のようなキラキラとした光の溢れる快適空間になっているのではないだろうか。
そして同時に、木と草も確保できた。木を
できあがったベッドを無限倉庫に放り込んで、溝の内部に戻る。
いいかげん眠くなってきた。
寝室で無限倉庫からベッドを取り出し、代わりに土ベッドを無限倉庫に放り込む。
土ベッド、驚くほど早い別れだったな。
「どっこいしょ」
俺は敷き詰められた草の上に転がった。ちくちくしてるし青臭くて不快だが、まあ土の上よりはマシだ。
明日はフローリングを貼ろうかな、なんて考えながら、俺は眠りの世界へ溶け込んでいった。
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