第3話 はじめまして③

 誠が挙げる人物にピンッと来なかった庸介は、夢の人物を鮮明に思い出そうとしたが、時間が経っているため少しずつ、思い出せなくなっていた。


 取り敢えず、あの夢で見た光景が、今後起こる可能性があるんだ。その時に対処したら良いだろう。


 庸介は、そのまま普段通りの学校生活を送った。


 日直当番の最後の仕事。ホームルームの締めの挨拶を終えると足早に教室を出た。本当は日直の記録を書くのだが、これは既に記載を済ませているので、帰り際に職員室によって提出して帰れば良い。


「庸介―? もう帰るのか?」


 同級生に声をかけられると、手を挙げて。


「悪い。今日特売日なんだ」


 鞄を持ち、日誌のノートを片手に教室を出た。


 階段を一段飛ばしで下りて、一階にある職員室にたどり着くとドアの前で、とても甘い香りが鼻を刺激した。心が落ちつくような・・・そんな香りを堪能した後、職員室のドアを開ける。


 堪能したと言うと変態の様に聞こえるだろうが、実際に良い香りを感じたら、何か嗅いでいたくなるものだ。決して変態でも臭いフェチでもない。


「失礼します。八柳(やなぎ)先生は居ますか?」


 担任教師の八柳和臣(やなぎかずおみ)。ちょうど席に戻るところだったようで、こちらに歩いてやってきた。


 そのまま彼に日誌を手渡し、挨拶をして職員室を出る。入り口で感じた香りは、職員室では感じられなかった。と言うよりも、珈琲の香りや紙の香り、色々な香りが混ざり合っている為わからなかった。外へ出ても香りが霧散したのか感じることが出来ず、少し残念と思いながら帰宅するのであった。


 特売日で買う物は、卵とお肉が全般に安い日だったな。合挽ミンチと鳥ミンチを頭の中で買い物リストに入れていく。ベーコンも安くなっていれば買って帰ろう。


 あれ?牛乳あったかな?


 朝、冷蔵庫の中を一通り確認したのだが、忘れてしまった。


「残っていたとしても、朝ご飯の時に飲めば良いから購入しておくか」


 学校からそのままスーパーマーケットに向かい。目的地が見えたところで、誰かとぶつかる。いきなりの衝撃で驚いたが、どうにか体制を維持できた。


「ご、ごめんなさい」


 そう言って彼女は、道を逸れて人通りの少ない路地に走り去っていった。


 何だろう?この感じ、何処かで・・・。何か引っかかる物を感じとった庸介は、思考をこらせようとした時、勢いよく走って来る足音が聞こえた。それに合わせて、怒号も聞こえる。


「邪魔だッーどけぇー」


 後ろから来た男に突き飛ばされるように吹き飛ばされた俺は、そのまま地面に尻もちをつく。


 痛ッ!!


 思いっきり打ち付けたため、突き飛ばした者たちに文句を言おうとするが、男はそのまま彼女が走り去って行った路地に消えていった。


 あれ?今のは・・・・。


 そうだっ!!夢で見た男だ。


 という事は、最初にぶつかったあの子が夢の中で、身を挺して庇っていた女の子・・・なのか?


 夢で見た男を確認した庸介は、特売日でスーパーマーケットに向おうとしていたのに、気がついたら、男の後を追う。


 何故このような事をしているのか、自分でもよく分からない。でも、そうしなければならないと思ったから、追う事にした。


 夢で見たあの光景は、どう見てもあの男から逃げており、警察か現れると言うことは、男は警察と関わりを持ちたくないと言える。


 まあ、やましい事がなくても関わりを持ちたいと言う人は、少ないだろうが。


 この後の出来事を知っている庸介は、それを放置する事は出来ず、何時も行動に移している。放置した場合どうなるのか、嫌でも知っているから。ただし、夢のような展開が起こるかどうかはわからない。


 これは、これから起こる未来の一つでしかなく。行動一つで、変わる可能性もある。夢は、良い結果になる時もあれば、無難な結果に終わらす事もある。あの夢が、良い結果かどうか分からないが、恐らく最善の選択は、逃げ切る事だろう。そして、金輪際関わらないようにする事だろう。


 路地裏を追いかけるも、先程の男の背中が遠くに見えるだけで、追いついている感じがしない。


 最初に衝動した彼女は、この先の曲がり角を入ったのだろう。姿は見えなかった。


 このままだと追いつけない・・・予測して先回りするしかないか。


 陽介は、先回りをする為にどの道を選択するかシミュレーションを行う。土地勘がある者とない者では逃げ方が違って来る為、選択する道は慎重に選ぶ必要もある。だが今回は、時間的な問題もあり慎重に選ぶ事が出来ない。彼女の方は、おそらく土地勘は持っていないと推測する。


 問題は彼女を追って走って行った男の方だ。


 彼は、恐らく地元民だ。何故分かるかと言うと、足取りに迷いがなかった。ただ単純に彼女を必死で追いかけているだけかも知れないが・・・。


 先回りをするために別の道を走る庸介。


(此処を右に曲がって、次の十字路を・・・・左に、多分これで――――)


 裏路地から一般路地に出る。車が往来する中、彼女が出てくると思われる別の裏路地の入口に移動する。此処以外に後三ヶ所あるが、そちらから出てきた場合は対処ができない。ただ、此処から出てくる可能性は八割ぐらいの確率で確信している。


 此処以外の三ヶ所のうちの一つは、通路が狭く逃げるのは不向きだ。人が一人通れる幅なので、逃げようとは思わないだろう。残りの二つは、道幅は広いが薄暗くて隠れるならよいだろうが、逃げると考えた場合、選択肢に入れにくいだろう。

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