13:
「ねえ、ルタ」
「なに?」
「さっきのことなんだけどさ……」
「さっきのこと?」
「キラッサ孤児院の――というより、あのサラってシスターのこと」
二人は銀行内にある椅子に座って、順番が来るのを待っていた。
どうやらロゼは、サラの副業――あるいは本業――である、シスター以外の『何か』がなんなのか気になっているようだ。
「あの女は一体何なの? 裏で何やってるの?」
「あー……」
ルタは微妙な表情を浮かべ、睨みつけてくるロゼから目を逸らした。
「言いたくない?」
ロゼは少し優しい口調で、労るように尋ねた。
それは本当に労ってのことだったのか、それともあえてそういう尋ね方をすることで、逆に回答を拒否しづらくするという高度な策略か。
どちらかはわからないが、効果はあった。
「ううっ……」
ルタは弱々しく呻くと、ゆらゆらとクラゲのように前後に揺れる。やがて、大きく息を吐くと口を開いた。
「シスター・サラは、表向きはシスター。キラッサ孤児院の院長、代表者なんだ。だけど、裏ではね――」
周囲に聞こえないように声を潜め、言葉の続きを紡ぐ。
「――殺しと人身売買をやってるんだよ」
「…………は?」
ロゼは目を瞬かせた後、思わず叫んでしまう。
「じんしっ――」
ルタは慌ててロゼの口を塞ぐ。
いきなり叫び出したロゼに驚いたのか、順番待ちをしている周囲の人々の視線が二人に突き刺さる。
「す、すみません。何でもないです」
ぺこぺこと頭を下げて謝ったルタだったが、フードを目深に被っているので、その姿は不審者にしか見えなかった。
関わらない方がよさそうだ、と判断したのか、すぐに視線は二人から離れた。
「むぐぐっ、むぐうー!」
ロゼがぽかぽかと叩いてくるので、ルタは手を離した。
「いやあ、順番まだかなー……」
ルタは番号の書かれた紙を見ながら言った。
「いやいやいや……。話を逸らそうとすなっ!」
「だってさ、こんなとこで話すような話じゃないでしょ」
「気になるのよ。めちゃくちゃ気になるのよ。詳しく教えてよ。教えなさいよっ!」
ロゼが肩を掴んで揺さぶってくるので、ルタは観念して話し出した。
「シスターは身寄りのない子供を引き取って、殺しの才能がある子は手元で育てて殺し屋に仕立て上げ、才能のない子は金持ちなんかに高値で売りさばく。そうして儲けたお金で豪遊してるってわけ」
「犯罪じゃん」
「ばれなきゃ犯罪じゃない」
「えっ?」
「――ってシスターは言ってた」
「……めちゃくちゃなこと言ってんわね」
ロゼは呆れたように吐き捨てた。
「で、引き取られたというか、売られた子供はどうなるの?」
「さあ? その後のことは僕も知らない。もしかしたら、優しい家族に囲まれて、幸せに暮らしてるのかもしれない。だけど……」
「だけど?」
「引き取ったんじゃなくて買ったんだ。何か後ろめたいこととかあるんじゃないかなー。まあ、その、あんまり想像したくないよね……」
ルタは言葉を濁した。
普通に養子がほしいのなら、わざわざ高い金を払って、非合法に子供を購入したりはしないはずだ。
ルタの言う通り、後ろめたいこと――つまり一般的ではない、法や倫理に触れるような目的があって購入した可能性が高い。
そこに人権はない。
子供たちはまるで物のように売られ、物のように消費される。
「……クズね、あの女」
どうやらロゼは怒っているようだ。
怒りの矛先は子供たちを売るサラであり、彼らを買う汚れた大人たちでもある。
「そういえば、あんたは……売られてないわよね?」
「うん? そうだね」
「ってことは、その……」
その後は口にしづらいのか、ごにょごにょとごまかした。
キラッサ孤児院に引き取られた子供たちの選択肢は二つ。
殺し屋になるか。
金持ちに売られるか。
後者でないとするなら、前者――サラに命じられるままに人を殺す殺戮人形だったということになる。
やはりそこにも人権なんてものは存在しない。
「僕はたくさん人を殺してきた」
ルタは小さな声でぽつりと言った。
「命じられるままに人を殺した」
「……っ」
ロゼは何か言おうとしたが、何を言えばいいのかわからず、ただ魚のように口をパクパクと動かすだけだった。
「何人も。何十人も」
「でもそれは――」
「僕は……汚れた人間だ」
「ちが――」
「そんな僕が賢者になんてなっちゃいけなかったんだ。だからきっと、こうなるのは運命だったんじゃないかな」
「……」
「僕は――自分で言うのも何なんだけど、シスターのお気に入りだったんだ。だから、待遇はよかったよ。他の子よりもずっとずっと、ね……」
寂しそうな顔で言うルタを、ロゼは直視できなかった。
「そっ……か……」
なんとか声を絞り出した。
それからしばらく、二人は黙っていた。
銀行はそれなりに騒がしい。
他人に聞かれないよう、声を潜めて話していた二人だったが、そんなことをしなくても彼らの話を盗み聞きしようとする人などいなかった。
「四五番の方」
紙に書かれた番号は四五だった。
「ようやくだね」
立ち上がろうとしたルタに、ロゼは声をかけた。
「ねえ」
「なに?」
「あの女のこと、憎い? 殺したいくらいに」
「別に」
ルタは軽く首を振った。
「憎くはない、かな」
「なんでよ? あの女のせいで、ルタは嫌なこといろいろさせられてきたんでしょ?」
「嫌っていうほどじゃないよ。それに、あの人に拾ってもらわなかったら、僕は今頃野垂れ死んでたかもしれないし、ね」
「じゃあ、感謝してるっていうの?」
「まあ、そうだね」
そう言うと、ルタは立ち上がって伸びをした。
「換金したら、何か食べ物でも買ってから港に行こっか」
「そうね」
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