第2話 辺境都市ウルティミス
「つ、ついた……やっとついた」
朝からずっと歩きっぱなしだったから足が棒のようになっている。
最初は靴擦れの痛みで歩くのも億劫だったが、途中から気にならなくなりマメを何回も潰す羽目になった。道中もロクに寝れなかったから疲れも尋常じゃない。
「おっと涙が」
苦労を思い出して滲む視界、日が落ちる前に到着して本当によかった。
ヘロヘロになりながら10代ぐらいの自警団の門番役に声をかけると、自警団の若い男は俺の姿をジロリと睨む。
「救貧院はここにはない、ここは王国の中で一番端の場所だから、宿泊施設も無いからな」
「いえ、違うんですけど」
俺の懐から、王立修道院の身分証明書を見せた時だった。
男は目を見張ると、露骨に睨んでくる。
「……ずいぶん遅いんだな」
「は、はあ、すみません」
「ちっ、落ちこぼれがくるってのは本当だったんだな」
露骨な敵意、これはあれか、よくある公務員の税金泥棒パターンなのか、親戚が公務員をしているが、税金泥棒と罵られるのも日常茶飯事だと言っていたぞ。
でも俺に応対した自警団は中には入れてくれるようで、そのまま門を開けてもらった。
「あの、駐在官の詰所はどこにあるんですか?」
俺の問いかけにちっと再び露骨に舌打ちすると顎でしゃくる。その方向を見てみると街の外れに古い小城があった。
あそこか、俺の赴任地は。
「えっと、ありが」
と言い終わる前に、詰所の扉がバタンと締めた。
(これは、想像以上に嫌われてるなぁ)
先が思いやられる、まあ先なんてないけどと思いながら革袋を背負って小城へと足を進めた。
●
まだ日が落ちる前とあって、ウルティミスの住民たちと何人かとすれ違うけど、俺が何者かは既に伝わっているのか、露骨に睨んでくる。
(うーん、税金泥棒パターンだと思ったけど、それだけであそこまで嫌うんだろうか)
よくわからないが、どことなく腑に落ちない感じはする。田舎にありがちの排他的なやつなだろうか。
でも街の雰囲気も何処なく暗い、これは日は落ちかけているだけではないだろうけど、なにかあるのだろうか、俺が嫌われていることと関係があるのだろうか。
そんなどことなくモヤモヤしながら小城にたどり着く。
ここが俺の赴任先か、古いがまたこれがいい味を出した石造りで、小さな湖のほとりに建てられている、中世にあるようなこじんまりとしたいい感じの城だ。
正面の木の両開き扉から中に入ると、意外や意外、中は綺麗に清掃されている。
「すみませーん!」
誰かいないのだろうかと呼びかけても誰も出てこない。まさか正規兵がいないってことはないと思う、どんな辺境地でも下士官1人以上が配置されているはずだ。
まあいいか、いずれ会えるだろうと、適当なところに腰を下ろすと、封筒を取り出す。
これは自分の赴任先のデータと部下になる人物の身上調書が入っている。薄い封筒、他の同期の地面に立つほどの太さを比べればペラペラだ。
思えばウルティミスがどんなところかも知らない、向井途中はそんな余裕なかったし、赴任先を知らされたのが卒業式の辞令交付当日という嫌がらせだったからな。
さて、本来ならこの封筒は赴任先の責任者に渡すことになっているが、赴任と同時に俺が責任者になるので、早速ひも解いて読んでみる。
――
ウルティミス。
格付けは5等都市。
人口2089人。
王国の領地の中では一番人口が少ない。
主な産業は農業ではあるものの経済状況は芳しくない。
信仰宗教はルルト教。
駐在官は武官軍曹1名のみ。
――
「……これ……だけ?」
1枚の紙に半分もないのに終わっている。これはウルティミスから提出された資料のはずだが、適当すぎる資料、やっぱり嫌われているのだろうか。
しかも正規兵は下士官1人だけかよ、どれだけ扱い低いんだよ。
資料という名の紙きれは全部で3枚あり、ぺらっと2枚目を見る。
<フィリア・アーカイブ武官軍曹>
武官兵卒課程第940期卒業、特技は魔法、最短で兵卒の最上位兵長に昇進後、下士官候補生課程を首席で収め、伍長に昇進、能力が認められて軍曹に昇進、回復魔法や攻撃魔法まで何でもこなす。
(この場合優秀というのも不安になってくるな)
赴任はちょうど一年前にウルティミスに来たらしい、このフィリア武官軍曹とやらが俺の部下になるのか、しかしこれもまた簡単すぎるプロフィール、どういう人物なのかさっぱりわからん。
軍曹か、ハートマン軍曹みたいな人だったらどうしよう。
修道院に入った当初、規律を教え込むため武官課程の修道院生をしごいていた教官の武官大尉がいたが、まさにあのまんまだった。
文官でも教練は厳しく仕込まれたが、武官課程に比べれば楽だったものだ。
さて、次に俺は資料の3枚目、つまりこの小城の見取図を開く。
(本当に必要最小限度しかないんだな)
もう今更という感じだが、見取図によれば執務室は2階にある。
俺の赴任は伝わっているだろうから、まずは挨拶して親睦深めてないとな、最初が肝心だ、元気よく挨拶しないとな。
とコホンと咳払いをした後に、見取り図を頼りに2階に向かい、執務室前に辿り着くとコンコンとノックした後扉を開ける。
「王立修道院文官課程第202期課程を卒業し、ウルティミスに赴任しました神楽坂イザナミ文官少尉です! よろしくお願いします!」
挨拶を終えた後、視線の先にあったのは、机が5つと資料の本棚が4つのシンプルなもの、入口から正対した最奥の席が俺の席だろうか。
その最奥の席の左隣に下士官の武官の制服に身を包んだ、フィリア軍曹が座っていた。
フィリア武官軍曹は俺の姿を挨拶を受けて立ち上がり、毅然とした足取りで近づいてきた。
「初めまして、神楽坂イザナミ文官少尉、私はフィリアデデデデデデ!」
デデデデデデとは名前ではない、俺がフィリア軍曹のほほを引っ張っているからだ。
「おい! お前何してんだよ! なんでここにいるの!?」
そう、フィリア武官軍曹と名乗った適当神ルルトがそこにいたのだった。
●
「痛いなぁもう、痕が残ったらどうするんだ、その時は責任取ってもらうからね」
頬をさすりながらぶーぶー文句を言うルルト。
「…………」
会ったら色々言ってやろうと思ったがいざとなるとなかなか言葉が出てこない。
だがそれでも俺が怒っているのが分かったのか、ルルトは誤魔化すように笑うとこう言った。
「いや~、遅かったね、3日前に到着するという連絡が入ったんだけど」
「ああん!? 遅いだぁ!? 聞くか俺の苦労話を!」
――旅の道中1
あれは、王都を旅立ち、最初の辺境都市に寄った時だった。
動きやすい服装に着替えたとはいえ、それなりの重さがある革袋を担いでの歩いての道中はしんどかった。都市同士を結ぶ公共馬車に乗ればよかったと思ったが、半分意地でたどり着いたのだった。
足が棒のようになりがらも門番の自警団の人に来訪理由を告げる。
「王立修道院を卒業しての赴任の途中で立ち寄りました。宿があれば部屋を取りたいのですけど、何処にありますか?」
「…………」
俺を応対した自警団の人は俺をじろりと睨んでいて……。
いつの間にか周囲を複数人の自警団に囲まれていた。
あれ、これって……。
●
「王立修道院を騙るとはな、もう少し頭を使ったらどうだ?」
あの後すぐに詰所に連れていかれた。
俺を取調べている3人のうちのトップの自警団員がしげしげと俺を見る。
「なるほど、身なりからすると外国人か。いいか、王立修道院というのはエリート中のエリートが集うところで、俺たち平民が貴族との繋がりを持てる唯一の手段、街から1人修道院生が出れば将来的に都市にもたらす利益は計り知れない、だから英雄扱いされるんだ、知っているか?」
知ってます、と言える雰囲気じゃない、更にトップの自警団は続ける。
「この都市もまた恩恵を受けた1つでな、10年前に1人文官課程で合格者が出てな、彼は経済府に進み、街の特産品を王都で流通させるように政治的パイプを作ってくれて大いに潤ったものだ」
「いえ、あの、俺、本当に俺修道院を卒業して」
「嘘をつくな!」
隣にいた若い自警団がバンと机をたたいて詰め寄る。
「修道院出身者は毎年赴任先から期待を込めて最高のもてなしを受けるんだ! その期待というプレッシャーをはねのける胆力を鍛える意味も込めてな! こんな小汚い格好で赴任すること自体あり得ないんだよ!!」
それは教官も言っていたなぁ、しかも小汚い格好って……。
(なんか泣きたくなってきたぞ……)
今度は違う自警団員が呆れた様子でため息をつく。
「王立修道院から支給される身分証明書はな、偽造不可能の最高技術が施されていているんだ、そろそろ鑑定結果が戻ってくる、どの道、王立修道院を騙るのは犯罪だからな」
と言ったところで、詰所に焦った様子の自警団が入ってきた。
「団長! 王の刻印は間違いなく本物です! 修道院に問い合わせたところ確かに神楽坂イザナミ文官少尉はウルティミスに赴任が決まっているとのことです!」
団員の言葉に今度こそキョトンとした顔で俺を見る3人。
「え? 王立修道院の人が? え? 君はなにしているんだ?」
「あの、だから最初から言ったとおり、ウルティミスの赴任が決まって」
全員が顔を見合わすと、団長と呼ばれた人が急に優しい目になってうんうんと頷いてくれた。
「そ、そうなのか、いや、疑って申し訳なかった。その、王立修道院ではエリートでも容赦をしないのだな、う、うむ、そういう人物が将来に上に立つというのは、我々にとっても頼もしい限りだよ」
●
「って優しくされたんだぞ! 最後は宿屋がいっぱいだから、詰所の一角を貸してくれてな! 朝温かいスープを貰ったんだ! 特産品までお土産に持たせてくれな! いい人たちだったぞ!」
「へ、へぇ~、大変だったねぇ~」
「まだあるんだぞ!」
――旅の道中2
「君、ここで寝ているのは駄目だぞ」
体を揺らされたので、起きるとそこには2人の自警団の姿があった。
前回の教訓から、今度は歩いてではなく公共馬車を使い、身分は旅行者ということで滞在していたところ、宿屋が全て満室だったので路上で寝ていたのだ。
「行きづらいのなら救貧院まで一緒に行ってあげよう。ま、君もいろいろあったんだろう、深くは聞かないさ」
うん、もう遠回しにみすぼらしいって言われても傷つかなくなったぞ。
「いえ、違います、宿を取ろうとしたんですけど、満室で」
ホームレスと勘違いされてはたまらない、俺は財布を取り出し金を持っていることを自警団の人に見せる。
「…………」
自警団の表情が金を見た瞬間瞬時に表情が変わり、先ほどの優しい顔は消え、不審人物を見る顔になった。
(あれ、このパターンって、まさか)
●
「盗んだのなら、盗んだとはっきり言いなさい」
「いえ、ちがくて」
再び詰所へ連れていかれた。
まあそうか、ホームレスがたくさん金を持っていたら盗みを疑う。くう、納得できるこのみじめさよ。
「旅行者のことだが、君は外国人だな? どこの国の出身なんだ?」
「出身ですか、えっと、日本って国なんですけど」
「にほん? 悪いが聞いたことが無い国だな、何処にあるんだ?」
「どこって、えっと、よくわからないですね、はは……」
「…………」
俺の答えに明らかに不審感を増している。
空気が重たい、嘘じゃないのに、でもこう答えたら不審者だよな。
「君の持ち物を見ても構わないか?」
「は、はあ、どうぞ、って、あ!」
俺の「あ!」というリアクションを見ながら、自警団員が革袋を探ると、当然のごとく純白の王立修道院の制服が出てきた。
「ついに馬脚を現したな泥棒め!」
「違うから! 俺のだから! ほら! これ! 身分証明書! 確認してくれよ!」
●
「ってな! んで無実が分かったらまた優しくされたんだぞ! 自警団の詰所の一角を貸してもらって、朝には温かいスープを再びごちそうになった、今度は旅の道中の無事を祈ってお守りをくれたんだ! すごい良い人たちだったぞ!」
「そ、そうなんだ」
「まだまだあるんだぞ!」
――旅の道中3
公共馬車に乗り都市が見えた時、自然とため息が出た。
どうせまた同じくホームレスに疑われて泥棒に疑われて、もうあれだ、三回目となればいい加減学習した。
身分証明書だ、とにかくこれが本物だと分かればみんな納得してくれる。
今度は堂々といこう、身分証明書を堂々と提示をすればいい。
公共馬車を降りると、窓口の自警団に話しかける。
「王立修道院出身の神楽坂イザナミです。ウルティミスに赴任の途中で寄りました、これが身分証明書です」
さあ、疑いの目を向けられるだろう。自警団の人は身分証明書を受け取り、俺の姿をしげしげと見つめる。
「エリートも大変なんだな兄さん、頑張ってくれよ」
「え?」
「ホームレスの格好をした神楽坂ってエリートが来るから便宜を図ってくれって近隣の自警団から連絡が入ってな、もし宿屋が取れない場合は言ってくれ、詰所の角を貸すぜ」
「…………」
「ああそうだ、兄さん、疲れているところ言いにくいんだが……」
「……なんですか?」
「前回の街で道間違えているぜ、ここからじゃウルティミスにつかないぞ」
●
「って道間違えてたんだぞ! なんかもう会う人会う人さぁ! 最初は疑いまくるんだけど、事情が分かればみんな優しくてさぁ! 嬉しいやら惨めやら! グスッ!」
最後はなんか泣きそうになった、というかちょっと涙出た、と思ったらこの適当神は大爆笑を始める。
「あーはっはっは! 災難だったね! 旅は道連れ世は情けイダダダダ!」
「誰のせいだと思っているんだよ! って、あれ!?」
ここで改めてルルトの姿を見る。前に言ったとおり、ルルトは下士官の武官の制服を着ている。あれ、そういえばどんな紹介されたんだっけ、ようやく頭が冷えてきた。
「お前、その、フィリアとか、武官軍曹とかって……」
「もちろん名前も偽名だし国籍も軍籍も戸籍も全て偽造、準備があるって言っただろ、このために時間と能力を使ったのさ」
「いや、準備のために能力って、ルルト、俺を日本に帰す話は?」
「いや~、また力がすっからかんになっちゃった、ごめんね、テヘっ♪」
頭をこつんとして舌をペロッと出すルルト。
「…………」
「あれ? こうすると日本人の男は何をしても許してくれると聞いたのだけど、おかしいなぁ」
「……ルルト」
「やだなぁ、そんなに怖い顔をしないでくれよ」
「別にお前を恨んだりはしていない、まあなんだかんだで楽しかったし、お前にもマジな理由があるんだろうってのも何となくわかった。だが、ここで茶化すのなら何もしない、そのまま日本に帰って俺は元の生活に戻るだけだ」
「…………」
俺の真剣な顔に今度はルルトが黙る番だ。
俺はルルトの話し出すまでずっと見つめている。
「…………何から話したものかなぁ」
うーんうーんと悩んでいたルルトだったが、話すまで開放しないと分かったのだろう、渋々ながら応じてくれる。
「最初から説明するよ、ちょっと一緒に来てほしいところがあるんだ」
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