第6話 現在-3

現在-3

 

 

2019/06/17

 

「……」

 

 俺は時計を見る。

 俺はキチンと8:00に目覚ましをかけたはずだ。

 なのに、なぜ、今時計は12:00を示している?

 

「……」

 

 ……

 

「……はぁ」

 

 一瞬色々考えた結果、もうどう足掻いても授業に間に合うのは無理だということがわかった。

 

「……朝飯でも食うか」

 

 もうこの時間だと昼飯かもしれないが、そう突っ込んでくれる人はこの部屋には居ない。

 俺は予約で炊いていた米をお茶碗によそい、昨日の作った残りの肉じゃがを温め直し、皿に載せる。

 

「……いただきます」

 

 俺はのんびりと朝飯を口に入れる。

 ……昼にゆっくりと過ごす朝ごはんも悪くない。

 

 

 ピンポーン。

 俺はインターホンを鳴らす。

 ……反応が無い。

 これは留守か?

 そう思ったのと同時に中からドタバタする音が聞こえてきた。

 

「はいはーい」

 

 ドアが開けられる。

 

「どちら様……って、なんだ上谷じゃん!」

 

「よう」

 

 俺は片手を軽く挙げる。

 

「で、何の用?」

 

「いや、単純にお前と酒飲もうと思って」

 

 俺はビールが入った袋を掲げる。

 

「へぇ、ビール持ってきてるとか、良い心がけじゃん!ほら、入って」

 

 志田はそのまま奥に姿を消す。

 俺もそのあとに付いて行く。

 

「ってか、今日あんた大学来なかったでしょ」

 

「寝過ごしてな」

 

「ふーん。でも、ここには来るんだぁ?」

 

「ああ。お前と酒飲みたい気分になったからな」

 

 俺は自分をあまり酒を飲む方では無いと思っていたが、そんなことは無かった。

 暇さえあれば、ここに来て酒を飲んでいる。

 

「へー!それは私にそれだけ魅力があるってこと?」

 

「なんでそうなるのか知らんが、好きに受け取ってくれて構わない」

 

「なんだよ、それぇ!」

 

 志田が大声で抗議してくる。

 ……

 こいつ既に酔っ払ってないか?

 俺は周囲を軽く見渡す。

 ……近くにアルミホイルとライターが置いてあった。

 そして、その隣には白い粉が。

 ……ああ、こいつ。

 

「お前、ヤクをやってんのか」

 

「……!!」

 

 志田は驚いた顔をする。

 俺はそれを無視して、ビールを飲む。

 ……

 

「どうした、お前は飲まないのか?」

 

 俺は志田に酒を勧めるが、中々志田は酒に手を出さない。

 

「……上谷は、驚かないの?」

 

「驚くって、ヤクのことか?」

 

「そう」

 

「まぁ、多少驚いているが、別にそんなの、人の好みそれぞれだろ?」

 

「……そんなものなのかな」

 

「そうさ。ま、俺は嫌いだから吸わないけどな」

 

「え?上谷も一度はスピードやったことあるの?」

 

「それ、よりにもよって覚醒剤かよ……。別にやったことないよ。ただ法律を破るのが嫌いなだけ」

 

「なんだ、チキンなだけか」

 

 志田はカラカラと笑う。

 

「ただそれが俺の好き嫌いってだけだ」

 

 俺はビールを一気に飲み干す。

 

「……お前は、飲まないのか?」

 

 俺はもう一度志田に酒を勧める。

 

「……飲む」

 

 志田はニッコリと笑って、缶を一つ手に取った。

 

 

 俺は自分のアパートまでの道をゆっくりと歩く。

 ……それにしても、志田のヤツ、覚醒剤をやっていたのか。

 

「……くく」

 

 あの場では抑えていたが、つい笑みが零れてしまう。

 

「ははは」

 

 志田、時々様子が変だと思ってはいたが、覚醒剤をやっていたからか。

 面白いことやってんだな、あいつ。

 元々志田のことが気になっていたが(そうじゃなきゃ酒飲みにわざわざ来たりしない)、前より俄然興味が出てきた。

 いや、これは興味というより……

 ……

 もう、今日は大分飲んだ。

 

「はうぁ……」

 

 首にかけてあるネックレスの鎖をさすりながら、大きく欠伸をする。

 今日は家に帰って、寝よう。

 

 

2019/06/22

 

「……」

 

 今日は高校の頃の知り合いと久し振りに飲む日だ。

 ……

 だが待ち人が中々姿を見せない。

 ……

 目をつぶって待とうとしたときだった。

 

「よ。上谷、久しぶり」

 

「遅ぇよ、菅野(すがの)」

 

 高校生時代に何度も見た、いつものニヤニヤ笑いを浮かべてる菅野が立っていた。

 

 

「お前、最近どうよ」

 

 場所は居酒屋。

 おつまみ用に頼んだ枝豆を摘みながら、菅野はそう聞いてくる。

 

「ま、ボチボチだな」

 

 俺はジョッキのビールを口に流し込みながら、答える。

 

「お前の方は?」

 

「俺の方は結構良い感じだよ。成績も結構良いの取れてるし」

 

「そっか。お前って進路は院か?」

 

 理系の大学生は大学院に進学するパターンが多い。

 菅野もそうなのだろうか。

 

「今のところはそうだな。ま、配属される研究室によって変わるかもしれないけど」

 

「そうか」

 

 俺は枝豆に手を伸ばす。

 

「で、お前も院に進むつもりか?」

 

「いや、多分しない」

 

「へぇ。じゃあ、どうするの?」

 

「俺は――」

 

 俺が進みたい道を口に出す。

 ……

 

「……上谷」

 

 珍しく、菅野の目は鋭くなっている。

 

「お前、ふざけているのか?」

 

「ふざけてない、というか、そんな変なことを言ったつもりはないが」

 

「……」

 

 菅野は少し考えるように黙る。

 ……

 

「お前は」

 

 10秒くらい経つと、菅野の口が開いた。

 

「まだ、あれを続けているのか?」

 

「続ける理由があるからな」

 

 俺はビールを一気に飲み干し、音を立ててジョッキをテーブルに置く。

 

「お前はさっき言った俺の進路を他の人から聞いたら、そんな反応したか?」

 

 一般ではおかしい進路では無いはずだ。

 

「……いや、他の奴なら、何言われても『へぇ』しか言わないな」

 

「それは友達甲斐があることで」

 

 俺は皮肉っぽく言うが、こいつが俺のためを思って言ってくれてることは十分にわかっていた。

 だが

 

「お前には悪いが、これは俺が選んだことだ。お前には関係無い」

 

「……」

 

「……」

 

 俺達は無言で視線を合わせる。

 ……

 

「……まぁ、そりゃそうだよな」

 

 菅野はふにゃりと脱力したように笑う。

 

「お前にとって、大切なことだもんな」

 

「当たり前だ」

 

 俺は首のネックレスの鎖に指を絡ませる。

 

「……なぁ、上谷、怒らないで聞いてくれるか?」

 

「内容による。とにかく、言え」

 

「……」

 

 菅野は少し逡巡し

 

「俺は上谷を羨ましいと思う」

 

 そう小さく呟いた。

 

「……」

 

 俺はその言葉に全身が固まる。

 なるほど、確かに言い淀むのもわかる。

 その菅野の言葉を聞いて俺は

 

「……くく」

 

 胸に手を当てて笑う。

 

「ははは!!」

 

 俺は大声で笑う。

 心の底から笑う。

 ……

 ああ、笑ってばかりではダメだよな。

 ちゃんと返事をしないと。

 だから俺は胸に手を当てたまま、ニヤリと笑ってこう言った。

 

「だろ?」

 

 

 

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