中編


「問題はどのチョコレートに毒が入っていたか、ですよね。そしてチョコは三つとも食べかけ。それなら簡単じゃないですか? 部長が最後に食べたチョコレート、それに毒が入っていたんですよ」


 事件解決、とばかりに言い放つと、麗苑先輩はにたり、と上品な顔立ちに似合わない笑みを浮かべる。あれ、なんか間違った?


「あのねぇ、そんな雑な推理でいいわけないでしょ、安里」


 呆れたように口を挟んできたのは同級生の女子部員、保呂だ。ボブカットの一房を指先でつまみながら、彼女は言う。


「部長はそれぞれのチョコを一口ずつ食べた。でも、その段階では彼はまだ死んでいなかったの」


 今も別に死んではいないけどね? 泡吹いて倒れているだけで。まぁそれはともかく。


「ん? どういうこと?」


「だから、部長はそれぞれのチョコを一口ずつ食べ、それからまた三つのチョコを一口ずつ食べた後に苦しみだして、その後に慌てて紅茶を飲んでから、」


 保呂はくるり、と瞳を回す。


「泡を吹いて倒れたの」


「……ふむ」


 なるほど、部長はそれぞれのチョコを二口ずつ食べていたのか。ご丁寧に三種類を一口ずつ一巡し、それからまた一巡、と。それなら先程の僕の推理は成り立たない。僕の推理通りなら、部長は一巡目で死ぬ(正確には死んでいないけれど、推理を進めるのに面倒なので部長には便宜上死んでもらうことにした)。二巡目に入ることはありえない。


 つまり、一口目では全てのチョコに毒は入っていなかった。けれどいずれかの二口目には毒が入っていた、ということだ。

 そうすれば食べる=即死亡という状況を回避し、どのチョコに毒が入っていたのかも曖昧にすることができる。

 しかし、果たしてそんなことが可能なのか。


「それなら」


 と、しばしの黙考の末僕は再び思いついたことを口にする。


「一口目では毒が口に入らないよう、チョコの端っこは避けて中央寄りに毒が仕込まれていた、とか。そして、この中でそんな細工ができるのは一つだけだ」


 ここで補足のために言っておくが、今まで「三種類のチョコ」とだけ言っていたものを正確に言い表すなら、それぞれ「トリュフ」「生チョコ」「カップケーキ」のチョコを使ったお菓子、というのが正しい。トリュフと生チョコは一口サイズのものが数個、お皿の上に置かれている状態だ。


 そこで僕はカップケーキに目をつけた。

 トリュフや生チョコではどれか一つに毒を入れたとしても、複数ある中から部長がどれを選んで食べるかあらかじめ推測するのは難しい。けれど、カップケーキならば一口大のトリュフや生チョコなどと違って、毒を仕込む位置を調整することで二口目で絶命させることは可能なのでは、と考えたのである。

 けれど。


「安里。現場の状況をよく見るんだ。そうすればその推理が間違っていることがわかるだろう」


 静かにそう指摘したのはもう一人の女子部員、紗六だ。小柄で物静かな印象からは意外だが彼女はボクシング経験者であり、無数のパンチを見切ることで培われてきたその観察眼は侮れない。


 彼女の言葉に改めて部長の座っていた席とその周りを眺める。


 現場の状況はこうだ。

 四つの机が長方形になるようくっつけられ、それぞれの机の上にチョコが並んだお皿と、その右側にソーサーに載せたティーカップが置かれている。お皿の上のチョコは部長のもの以外、全て同じように並んでいる。右からトリュフと生チョコがそれぞれ四個ずつ。カップケーキは一個ずつだ。


「紗六、部長以外の部員はお皿の上のチョコに手をつけていないの?」


「そうだな。まず、全員分のお皿の上にチョコを並べ、それから麗苑先輩が窓際の棚の前で紅茶を淹れていたのだが、部長だけは待ちきれずに先に食べていたのだ」


「なるほど」


 そんなに楽しみにしていたチョコの内一つに毒が盛られていたとは、部長も気の毒に。

 気の毒な部長への同情はひとまず置いておいて、僕は検分を進める。


 他の部員の皿の上、トリュフと生チョコの置き方は手前に一個、その奥に二個、そのまた奥に一個、と縦長のひし形になるように置かれている。


 それを踏まえて部長のお皿に残っている配置を見るに、トリュフは手前の一個と一番奥の一個、生チョコはひし形の中央に並んだ二つを食べたらしい。こんなトリッキーな食べ方を予測して二つ目で毒入りを引かせるのはまず無理だろう。よってトリュフと生チョコは除外。


 そして残るカップケーキだが、なんと手で割ったのか真ん中辺りで二分され、その片方の断面には齧りついたらしき歪な断面が残っている。つまり部長はわざわざカップケーキの中央部分から食べた、ということだ。


 なんと、これでは僕の『真ん中辺りに毒を仕込んで二口目で殺した』という推理は成り立たない。なぜならその前提には一口目は端から食べる、という考えがあったからだ。その前提から崩されてはどうしようもない。


 そういえば、部長は物の食べ方が独特な御仁だった、と僕は遅まきながら思い出す。


 ここから導き出されるのは、毒を仕込む位置を調整することで任意のタイミングで部長を殺すのは困難だった、ということだ。


「……うぅむ」


 予想よりもどうやら厄介な謎らしい、と腕組みをしながら考える。


「ふふふ、安里くん、悩んでいるわね」


 優雅にティーカップを傾けながら、麗苑先輩は実に楽しそうに笑う。


「誰のせいで悩んでいると――」


「あら、別に無理して謎を解かなくてもいいのよ? まぁその場合は安里くんにチョコはあげないけれど」


「いやいや、この程度の謎で悩むような安里伴呼ではありませんよ! もうすぐ解けますから!」


「あらそう。それじゃあ、どうかチョコが溶けるまでに謎を解いてみせてね?」


 艶然と笑う麗苑先輩に、僕は内心唇を噛んだ。

 チョコが溶けるか、謎が解けるか、どちらが早いか、見せてやる。

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