第59話 詰み
「夏葉、さん…」
「そう、佐々木さん。彼女は私にとても大事なことを教えてくれたの。だから、そのお礼をしたんだよ」
そう言って廊下の奥に目を向ける綾乃。そこには未だ倒れたまま、物言わぬ夏葉さんの姿がある。
「佐々木さんはね、知ってたんだよ。みーくんが本当は渚ちゃんのことが好きだったこと……私もね、多分気付いてた。だけど、それを認めたくなくて、ずっと知らないふりをしてたんだと思う……」
ポツリポツリと、噛み締めるように語り始める綾乃。
その声には、悲しみと悔しさが入り混じってるように感じる。
この場でなければなにか声をかけていたかもしれないと思うほど、綾乃の瞳は感情に揺れていた。
「みーくん達が出て行ってから、佐々木さんとふたりで話していたら、教えてくれたんだよ。言葉ってすごいね。あんなに認めたくなかったのに、私の中にそれが事実なんだって、スッと受け入れられたんだ。だから私、佐々木さんにはすごく感謝してるんだよ」
「……それで感謝して、お礼に夏葉を殺したってわけ?」
綾乃の独白に、渚が口を挟んだ。
呆然とただ耳を傾けることしかできなかった僕とは違い、彼女にとってはその内容は聞き捨てならないことだったのかもしれない。
「うん。そのほうが佐々木さんにとってもいいことだと思ったんだよね。本音を言うと私とみーくんだけが良かったんだけど…まぁ私なりのお礼かな」
渚の問いかけに答えた綾乃の声は、どこまでも優しかった。
いつも通りの綾乃がそこにいて、それがなんだかひどく哀しい。
夏葉さんを殺したことを頷きひとつで平然と認め、なんの罪の意識も感じてないことがわかるからだ。
きっと、渚も同じ気持ちだと思う。視界に映る金の髪はだらりと垂れ下がり、どこか悲壮感に満ちていた。
「……そっか、本当に狂っちゃったんだね綾乃」
「そうかもね。だけど、別に後悔とかはないよ。むしろ、もっと早くこうしていれば良かったと思ってるくらい。こういうやり方じゃないと、私は渚ちゃんからみーくんを奪えないと確信してるから」
ふたりの声色も対照的で、諦めを感じる渚に対し、綾乃のそれは一種の覚悟すら感じさせる。
綾乃はきっと、もう止まることはないだろう。
僕を殺し、自分も死ぬその瞬間まで。
「なんで…」
なんで、こんなことになってしまったんだろう。
僕らはずっと一緒に過ごしてきた、仲のいい幼馴染であったはずなのに。
「……思考はポジティブなのに、やろうとしてることは無理心中、か。そこまで愛に狂えるなんて、思ってもなかった。その一点に関しては、確かにあたしの負けだよ、綾乃」
絶望する僕を置き去りに、事態は未だ歩みを止めず進んでいく。
心の折れた僕とは違い、渚はまだ綾乃との対話を続けるつもりのようだ。
説得なんて、もう無意味だろうに。それとも、渚にはなにか考えがあるんだろうか?
「あはは、まぁ私としてもここまで出来るだなんてびっくりだしね。みーくんを刺す日がくるなんて、思いもしなかったし。だけど、悪くない気分なんだよね、みーくんの全てを奪って手に入れることができるなんて、この感覚渚ちゃんじゃ絶対―――」
「まぁ無理ね。あたしそこまで狂えないもの。感情よりも、理性のほうが優先しちゃう。だからね」
その時、遠くから音が聞こえた。
「理性的に、時間稼ぎさせて貰ったよ」
それは街中でよく聞く、サイレンの、ような―――
「渚ちゃん、貴女…」
「あたしさ、自己犠牲って好きじゃないんだよね。命にかえてもアンタを止めるなんて、今時流行んないって」
ニヤリと、渚は笑う。
「詰みだよ、綾乃。色んな意味でね」
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