第51話 狂気の瞳

「アハハハハッ!ハハハハッ!ハハッ!アハハハハハ!!!!」




「き、霧島さん…?」




私の言葉を聞いた霧島さんが、急に笑い出しました。




先ほどまでの鬼気迫る雰囲気はなく、本当におかしいことでもあったかのような甲高い笑い声。


でもその声はどこか空虚で調子が外れており、普通の笑い方ではありません。


視線も虚空をさまよってるかのように焦点があってなく、今の彼女にはなにが見えてるのかも分からない。


まるで、彼女のなかでなにかが壊れてしまったかのような、そんな印象を私は受けました。




(これは、まずいのでは…)




猛烈な違和感を覚えた私は、ポケットの中に潜めていたスマホを起動し、渚さんへと連絡を送ります。


いざという時にすぐ連絡を取れるよう、最初からチャットアプリを起動してこの会話に臨んでいたのです。これも渚さんから教わっていた知恵でした。




(すぐに来てくれるといいのですが…)




湊くん達が現在近くにいるかも分からないため、いつ助けがくるのかという不安だけが広がっていきます。


こうなることを想定していなかったとはいいませんが、実際に狂ったように笑い続けている霧島さんが目と鼻の先にいるこの状況では、身の危険を感じずにはいられません。




夏祭りの日に神社で話した時の霧島さんはまだ理性が残っており、ヤンデレに関しても否定していましたが、今の霧島さんは明らかに理性のタガが外れている気がしました。




なにをしてもおかしくない。それこそ、誰かを殺すようなことをしても――




そんなことを想像してしまい、私はぞっとしてしまいました。




殺す?誰を?そんなの、この状況では一人しか――




「アハハハハハ……そっかぁ、そういうことなんだ。あはは、やられちゃったなぁ、私。ほんと、馬鹿みたいだなぁ…そう思わない、佐々木さん?」




「ひっ…」




ようやく笑い終えた霧島さんが、私へと視線を向けてきました。


眼球がギョロリと動き、空虚な目でこちらを射抜いてきます。


その恐ろしさに恐怖を覚え、思わず身を竦めてしまいました。




(わ、私が湊くんを守らないといけないのに…)




そうだ。その決意を持って私はこの会話に望んだのです。


だ、だから、私は、負けるわけには…




「ねぇ、なにか言ってよ。私ってば、もう渚ちゃんに負けちゃったんだよ。ううん、そもそも最初から勝負にすらなっていなかった。ずぅっと一緒に過ごしてきた幼馴染だったはずなのに、いったいなにがダメだったんだろうね?」




そう言って、霧島さんは私に向かって一歩踏み出します。


ギシリと、フローリングの床が静かに軋む音を、私は聞いた気がしました。




「顔かな?身体かな?髪の色?それとも性格?それってそんなに重要なのかな」




ぺたり、ぺたり。


話しながら霧島さんは、確実に私に近づきます。


私も距離を取ろうと後ずさりをしますが、それでも差が広がることはありません。




「私はみーくんならどんなみーくんでも、間違いなく好きになってたよ?重要なのは、好きって気持ちじゃないの?なのに、私と同じ距離感でずぅーっと一緒に過ごしてきた渚ちゃんだけがみーくんに女の子として好かれてる。これって間違ってないかなぁ」




ぺたり、ぺたり。


近づきます。離れます。それを私達は繰り返します。


だけど、ここは湊くんの家の中。逃げ場は限られているのです。




トンっと、背中に硬いなにかが当たる感触に、私は振り返りました。




「ぁっ…」




「おかしいよね。理不尽だよね。こんなのおかしいって、私は思うなぁ」




壁。ベージュ色の、突き当たりの壁。


これ以上は、下がれない。




そう思って、思考が止まったことが、きっと私にとって一番のミスでした。


彼女はもうすぐそこまで、近づいてきたのですから。


私は止まり、彼女が歩みを止めないのだから、それは必然の結果でした。






「ねぇ、答えてよ。そう思うでしょ、佐々木さんも」






底の見えない暗い瞳に狂気の色を宿した霧島綾乃が、目の間まで迫っていたのです。

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