第50話 好きな人
「佐々木さんなんかに、私のなにが分かるっていうのかな…」
私は目の前で随分好き勝手にいってくれた佐々木さんを見据えていた。
本当に、彼女になにが分かるというのだろう。
たまたま入学した高校にみーくんがいて、容姿に一目惚れして告白したら運良く彼女になれただけじゃない。
そんな人に、なにが分かるというのだろう。
私のみーくんに対する想いを、理解なんてできるはずがない。
理解なんてしてほしくない。
この想いは私のものだ。私だけのものなんだ。
たとえ間違っているといわれようとも、この想いを私だけが信じてあげなくてどうしろというんだ。
今さら、もう元に戻れるはずがないはずがない。
渚ちゃんの手だって振り払ったんだ。親友も失って、それでも私は覚悟を決めた。
なら進むしかないんだ。戻る道なんて、もうないのだから。
「なら、あなたがみーくんの運命の人だっていうの?自分ならみーくんを幸せにできるって、そう思ってるんだ。先に告白して彼女になれただけなのに、随分な自信だね。そもそもあなたがいなければ、こんなことにならなかったのに」
そうだ。私たちの関係を壊したのは、そもそも佐々木さんだ。
元凶といえる人が好き勝手に分かった気をして説教なんて、何様のつもりだというのか。
私の言葉に、佐々木さんは沈痛な面持ちで目をそらした。
ふーん、自覚はあるんだ。私たちの世界に勝手に入って、私からみーくんを奪おうとする薄汚い泥棒猫の自覚が。
やっぱり私はあなたを許せないよ、佐々木さん。
「…それに関しては、悪かったと思います。私の告白が全てのきっかけになったことは事実ですから。でも、霧島さんは知っているんですか?そもそも湊くんは、あなた達からずっと離れたかったということを」
「は…?」
なに言ってるのこの人?
私たちからみーくんが離れたかった?
そんなわけないじゃない。私たちはずっと一緒だったし、あんなに仲良しだったのに。
「湊くんは、優秀なあなたと渚さんにずっとコンプレックスを持っていたそうです。だから、あなた達といるのが辛かった。ずっと離れたかったのだと、私は聞きました。だから私からの告白を受け入れたのだと、そう言っていたんです」
「…嘘だよ、そんなこと」
そんなはずない。
みーくんのことは、私には全部分かっていたんだ。付き合って距離ができたことで心が少し離れたけど、一緒にいればそんなものはすぐ埋まるんだ。
最初から離れていたなんて、そんなはずがない。ないはずなんだ。
「嘘なんかじゃありません。私は湊くんから教えてもらったんです。あなたが無理矢理湊くんにキスをした、あの夏祭りの夜に。あなたの知らない事実を全て。そして私は誓ったんです。湊くんは私が必ず守るのだと」
「その話が本当なら!佐々木さんもみーくんから本当に好きになってもらっているわけじゃないってことじゃない!!」
私は張り裂けそうな胸を抑えてあらん限りの声を上げた。
喉が焼けるように痛い。でもそれ以上に心が痛い。
たまたま告白されて、付き合うことを選んだのだと思ってた。
みーくんも男の子だから、そういうことに興味があるからだって思ってた。
みーくんは義理堅い子だから、自分からはなかなか別れることができないんだって思ってた。
―――違う、そう思い込もうとしてたんだ。
本当はみーくんはそんな子じゃないって、知ってたくせに。
本当の理由を知ることが怖かったのだ。
私のことを好きになってくれると、信じたかったんだ。
最初からチャンスがなかったなんて、思いたくなかったんだ。
だから私はみーくんに気持ちを押し付けていた。そうすれば私が傷つかなくてすむから、そうしてたんだ。
息が荒くなっている。心臓がもう止まってしまいそう。
だけど体の力が抜け落ちていくのも感じてしまう。
ひどくどうしようもない虚脱感が、私を支配しようとしていた。
そんな私を見て、佐々木さんが口を開いた。
「…そうですね、その通りです。でも、私は知っていましたよ。湊くんには他に好きな人がいるのだと。それでも、時間をかけて私を好きになってもらえればいいと、そう思っていました。それなのに、あなたが…」
「…待って。どういうこと?みーくんに、好きな人?」
今も体に力が入らない。でも、どうしても聞き逃せない言葉があった。
みーくんには他に好きな人がいた?ならおかしいじゃない。
それなら佐々木さんなんかじゃなく、最初からその人と付き合えば良かったのに。
「…本当に、気付いていなかったんですね。いえ、距離が近すぎたからなんでしょうか。湊くん本人も、気付いていないようでしたからね」
こういうときに分かってしまうのは、やはり私が部外者だからでしょうか、なんて佐々木さんが自嘲げに呟いた。
でも、そんなことはどうでも良かった。
さっきからずっと胸が苦しい。
心臓がまるで早鐘のようだ。
息もずっと上がっているし、頭の中もグルグルしてる。
―――本当は、分かってるんでしょう?
心のどこかで、そんな声が聞こえた気がした。
「なら教えてあげますよ」
佐々木さんが、ゆっくりと口を開いていく。
私にとって、絶望の呪詛を吐き出そうとしている。
止めたいのに、止められない。
私はもうその言葉を聞くしかない。
その人の名前だけは、どうしても聞きたくないものなのに。
「湊くんの、本当に好きな人は」
―――やめて
それ以上、言わないで
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
「渚さんですよ」
―――アハッ
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
―――そういうことなんだ、渚ちゃん
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