第49話  疑問

「霧島さん、私としてももう限界なのではっきり言いますね。あなた、しつこいんですよ。湊くんは私の彼氏です、いい加減諦めてくれませんか?」




「嫌だよ」




私の言葉を、霧島さんはあっさりと一蹴しました。


…まあそうでしょうね、このクソ女がこれしきのことで諦めるようなタマではないことは先刻承知の上です。






まったくもって忌々しい。この人、頭おかしいんじゃないですか?


恋に狂うといっても限度というものがあるでしょう。いえ、この人のそれは恋とすら呼べるものではありませんね。


この女のそれはまるで綺麗な想いじゃない。ただ自分の気持ちを相手に押し付けるだけの、黒く濁った情念が篭ったエゴそのもの。それがあなたの愛情表現とでもいうんですか?


とんだお笑い種ですね。同じ女として反吐がでますよ、霧島さん。




「なら、どうすれば諦めてくれるんですか?振り向いてくれるまで絶対諦めないとか、そういうのはもういいですから。湊くんの気持ちはあなたには向いていない。それがハッキリしてるのに強引に迫るとか、それをなんて言うのか知ってます?横恋慕、もっと悪い言い方をすれば略奪愛ってやつですよ。人として最低のことを、あなたはしようとしてるんです」




「…分かってるよ、そんなことは」




「いいえ、あなたは分かっていません」




霧島さんは一瞬言葉を詰まらせました。


多少は思うところはあるようですね。だけど、逃げることなんて私は許しはしませんよ。




「仮に私から湊くんを奪えたところで、彼はそのことでずっと苦しむことになるでしょう。恋人を裏切ることになるわけですからね、そんな自分をあの人が許せるとは思えませんよ。彼は優しい人ですから。そんなこと、私がいうまでもなく分かっているはずですよね。幼馴染なんですから」




「…………」




私はあえて幼馴染であることを強調しました。


彼の優しさにつけこんでいる彼女には、よく効くと思ったからです。


案の定、霧島さんは苦々しく顔を歪めています。


ふふっ、美人が台無しですよ。まぁ性根は腐りきった女狐ですけどね。


その顔がみれて、少しだけ胸がすっとしました。




「ここまでいえば、もう理解できましたよね?あなたが湊くんに迫り続ける限り、彼は苦しむことになる。あの人は強い人じゃない。苦しいことから最後は逃げてしまうような、弱い人なんです。このまま追い込み続けたら、最後には湊くんは壊れてしまうでしょう。だから、今すぐ彼から離れてほしいんです。そもそも、あなたをはじめから選ばなかった時点で答えはでているのでは?湊くんは、あなたの運命の人ではなかったんですよ」




「…うるさい。うるさいうるさいうるさい!」




私の言葉に、霧島さんは半狂乱となって髪を振り乱します。


よほど受け入れたくないのか、耳をふさいで金切り声で叫ぶ姿は見苦しいの一言。


いくら狂ったとはいえ、元々聡い人でしたからね。自分のやり方が間違っていることくらいは頭の片隅で分かっていたのでしょう。




でも、他にやり方を知らなかった。だから強引に迫ることしかできなかった。


こんなところでしょうか。距離が近すぎるというもの考えものですね。勉強になりますよ、全く。






…あの人はそのことを分かっていたのでしょうか?






ふとここにはいない、金色の髪を持つ女の子のことが私の頭によぎりました。


彼女は私にずっと協力的でした。夏祭りの時も、そして今日も私の背中を押してくれたのはあの人です。


クソ女の親友とは思えないほど理性的で、私が見る限り彼への好意も幼馴染のそれ止まり。


悪い人ではないことは明白で、私も今は彼女にかなり心を許していると思います。


だから霧島さんの言葉もただの戯言。そう思うのですが――




―――本当に、気付かなかったのでしょうか。霧島さんがこんな状態になるまで、なにも知らなかったというのでしょうか




なんとなく、不自然な気がしました。


あの人が賢い方であることはわかっています。海水浴の時は私にもさり気なく気を配ってくれていましたし、普段から多くの人に慕われている人です。




そんな人が、すぐ近くにいる親友の異変に気付かないものでしょうか?


あるいは、わかっていて放置した?




浮かんだ疑問について考えていると、不意に目の前でゆらりと揺れる影がありました。


乱れた髪が幽鬼のように顔に張り付き、血走った目でこちらを見る化生のごとき一人の女。


霧島綾乃は目を離した僅かな時間で、浮世離れした天女から地の底に堕ちた夜叉へと変貌を遂げていました。






…まずいかもしれません。


私は背中に冷たいものが、一筋伝っていくのを感じました。

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