第30話 一緒の気持ち

私は今、ちょっと不機嫌だったりする。




今日の夜はみーくんと二人きりで過ごせると思ってたのに、みーくんは渚ちゃんをわざわざ家に呼んだのだ。


そんなに私と一緒にいたくなかったのかと思うと素直に悔しいし、それに悲しい。




ただ、渚ちゃんを呼んだ理由もわかる。


前回の不意打ちに近いキスもあるんだろうけど、今日の私はちょっと強引すぎた。




モールでみーくんを見かけたのは本当に偶然だったけど、デートをしてた二人に割り込んで無理矢理着いていったのは、さすがにやりすぎだったと反省している。


別れる時、佐々木さんはどこか恨めしそうな目で私を見ていた。




だろうね、私だって好きな人とのデートを邪魔されたらそんな目をする。


口には出さなかったけど、内心不満でいっぱいだったことだろう。




こちらが一方的にライバル視してるとはいえ、同じ人を好きになった者同士だ。罪悪感が積もる。


いくら恋敵とはいえ、やっぱり佐々木さんには悪いことしちゃったな…後でちゃんと謝っておこう。






とはいえ、デートを妨害したこと自体には後悔はなかったりする。


自分の気持ちが分かってしまった今、佐々木さんと親しくしているみーくんを見ると、どうしようもなく胸が締め付けられてしまうのだ。




みーくんには邪魔するために着いていったとは言ったけど、実際はそこまで打算的な考えで動いたわけじゃない。


単純に、私がいなくなった後、デートを続けるみーくんと佐々木さんの姿を想像してしまい、耐えられなくなっただけだった。




私がいない場所で仲を深められるくらいなら、邪険に扱われようと一緒にいたほうがまだマシだと自分に言い聞かせ、佐々木さんからは嫌われることを覚悟を秘めたうえで、恥を忍んで同行したのというのがほんとのところで…みーくんは優しいから、多少強引にいっても私を嫌いになりきれないだろうという甘えも、多少あったけど。








とはいえ、今回分かったこともある。


みーくんと佐々木さん。この二人、相当奥手。


みーくんに関しては分かっていたことだけど、佐々木さんもかなりのものだ。




水着に関しても、一回試着した姿をみーくんに見せただけで顔を真っ赤にしてしまい、そのあとは一人で選んだものを持ってレジに駆け込んでいた。


…なにあれ、ずるい。佐々木さん、かわいいけどそれはあまりにあざといよ。




でも、あんな反応をしているのを見る限り、きっとキスもまだのはず。


なら、十中八九私がみーくんのはじめての相手なんだ。




みーくんのファーストキスを貰えたのだという実感が、今更ながら湧いてきて、二人きりになった帰り道では完全に舞い上がってしまった。


思わず本当の恋人同士みたいに腕を組もうとして、みーくんを困らせちゃったり、ご飯を作ってあげようとスーパーに寄ったりと、今思えば完全に私の一人相撲だった。




思い返すと恥ずかしくて顔から火が出そう。


みーくんと渚ちゃんの会話に、今も混ざれないのはこれが大きな理由だ。




そのせいでみーくんを警戒させてしまったのだと思うと、完全に失敗だったので今回の件は素直に反省点。これからは絶対気をつけよう。








前原くんと付き合っていたことは、私の中でひとつの戒めと教訓になっていた。


自分の気持ちを必要以上に押し付けたり、独占欲を剥き出しにしちゃいけない。




どんなに私がみーくんが欲しいと望んでいても、今みーくんの恋人は佐々木さんであるということは、紛れもない事実。


だからみーくんを手に入れるまでは、少しでも自分の感情を抑えなくてはいけない。


今はまだ、佐々木さんに私の気持ちを悟られるわけにはいかないんだ。


悟られたら、間違いなくガードしてくる。私なら絶対近寄らせない。




それまでに少しずつ、みーくんの気持ちを私に引き寄せなくてはいけない。


幸い、あのキスでみーくんに私を意識させることには成功した。


以前とは明らかに私を見る視線が違っていたのだ。これに関しては、本当に飛び跳ねてしまうくらい嬉しいことだった。




こういってはなんだけど、私だって女の子としての魅力なら、佐々木さんには負けていないと思う。


…胸のサイズでは、負けてたけど。


私より大きかった…結構ショック。渚ちゃんなんてもっと大きいし。うう…




体の成長なんて、すぐにどうにかなるものじゃないじゃない!牛乳毎日飲んでるのに!


神様の理不尽に、私は自分で勝手にヘコんでしまった。












「ごちそうさまー!美味しかったよ、綾乃」




「冷やし中華ってゴマだれも結構イケるんだね。参考にさせてもらうよ」




「うん、どういたしまして」






二人からのお礼の言葉を素直に受け取る。


作った料理を美味しいと言ってもらえるのは、やっぱり嬉しい。特に、みーくんからは。


…でも、正直もうちょっと普通の男の子みたいに褒めてほしかったけど。渚ちゃんみたいに。






その後、食器は僕が洗うと言って譲らないみーくんにキッチンを譲って、私と渚ちゃんは二人並んでリビングのソファに腰掛けていた。TVから流れてくる笑い声よりも、今はこの感触を堪能したい。


相変わらず、みーくんの家のソファはフカフカだ。猫のクッションも久しぶり。


柔らかいクッションを揉みしだいて満足していた私に、渚ちゃんが小声で話しかけてきた。




「機嫌直ったみたいだね、ほっとしたよ」




思わずドキッとしてしまう。家の中に入ってからは確かにちょっとイラっとしちゃってはいたけど、そんなに分かりやすかったのだろうか。




「別に機嫌悪くなんてなかったと思うけど…」




「ダメダメ、綾乃は隠し事できないタイプなんだからすぐ分かるって。最初思いっきり睨まれた時、ほんとに帰ろうと思ったもん。」




「あ、あれはそんなつもりじゃ…ごめんね、渚ちゃん」




渚ちゃんにはお見通しのようだった。私、そんなに分かりやすいかなぁ。


それがほんとなら、ますます気を付けないと…




「いいっていいって。いつもの綾乃に戻ってくれたらそれでいいよ。よーしよし、いい子の綾乃だ」




落ち込む私の頭を、渚ちゃんが撫で回してくる。


昔から、渚ちゃんは私に対してお姉ちゃんみたいに接してくることがあった。


今なんて、完全に子供扱いだ。そんな渚ちゃんには、私もつい甘えてしまうのだ。






今日はあちこち歩いたので、ちょっと疲れていたのかもしれない。優しい手の感触が心地よくて、思いがけずウトウトし始めてしまった私に、渚ちゃんが耳元で囁ささやきかけてきた。




「綾乃ってさ、やっぱり湊のこと好きなの?」




「うぇっ!」




半分眠りかけていたけど、その言葉で一気に目が覚めてしまい、思わず変な声まで上げてしまった。


思わず振り返ってみーくんを見てしまうが、お米を洗う手を止めて、きょとんとした目でこちらを見ていた。


洗い物の後で、明日の仕込みをしてたらしい。




「どうしたの、綾乃。急に変な声出して」




「な、なんでもないの!」




手を振って気にしないようアピールする私を、みーくんは困惑した顔で見ていたけど、すぐに視線を落として作業を再開していた。


ほっとした私は改めてソファに座り直したけど、渚ちゃんはいたずらっぽく笑っている。いきなりひどいよ、渚ちゃん。




「ごめんごめん、そんな恨めしそうな目で見ないでよ」




「びっくりしたよ…でも、気付いてたの?」




ついおずおずと私は聞いてしまう。


自白しているようなものだけど、渚ちゃんにはもう隠せそうにもなかった。




「そりゃねー。じゃないと前原くんと別れないでしょ。綾乃って結構意地っ張りだし、他に好きな人でもいなきゃ彼のこと見捨てないだろうなって思ってさ」




完全にお見通しだった。


その通りだ。自分の気持ちに気付かなかったら、私は今も前原くんと付き合っていただろう。




「で、好きなの?」




「あ…うん、好き、だよ」




意地悪な渚ちゃんは私を逃がしてくれないらしい。


再度聞かれた質問に、私は思わず本音を口にしてしまった。


渚ちゃんに嘘をつくことはできそうにないことを改めて実感してしまう。






「そっか、ならあたしと一緒だね」




「え…?」






だけど、自分の言葉で顔を赤くしていた私に、渚ちゃんは信じられないくらい衝撃的な言葉を口にした。






「あたしも、湊が好きなんだ」






「渚、ちゃん…?」






理解できない言葉に、頭が追いつかない






渚ちゃんも、みーくんのことを?






なに、いってるの






待って、そんな、そんなの






今だって、佐々木さんからみーくんを奪い取らなきゃって必死になってるところなのに






渚ちゃんまで、みーくんをすきだなんて






それじゃ私、勝てるわけが―――








混乱する私をよそに、みーくんを横目でチラリと見た渚ちゃんが、甘い声で囁いてくる。










「ねぇ、綾乃。あたし達、協力しない?二人で湊のこと、手に入れようよ」










その顔は天使のように、とても優しく微笑んでいた

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