第17話 球技大会

健人からの相談を受けて1ヶ月が経った。


六月になると学生は衣替えとなり、着慣れ始めたブレザーから、シャツへと切り替わる。少しだけブレザーの重みが名残おしくもあったが、今の僕らの格好はそもそもシャツではなく、男女とも上下が紺のジャージで統一されていた。




天気は晴れ。今日は我が校の球技大会の日であった。






「だるいよなー、球技大会とか早く終わんねーかな」




前を歩く圭吾がだるそうにぼやいた。その意見には全くもって同感だが、さっきまで彼女にいいところを見せようと張り切っていた男のセリフではないと思う。




僕らは先程までバレーボール競技に参加しており、圭吾の頑張りもあって二回戦まで勝ち残ったものの、次の三回戦で三年のチームに見事敗戦。


本日の出場競技を終えていた。昼飯を取った今、あとやることと言えば、勝ち残っている女子のバスケと男子のサッカーを応援するくらいである。ぶっちゃけ暇だった。




サボりたい気持ちが沸いてくるが、うちのクラスはこの大会が終わったら打ち上げが予定されている。


さすがに抜け出したあとにこっそり参加するのはバツが悪いだろう。


コミュニティというのは本当に面倒なものだ。




「それには同意するけどまぁ仕方ないよ。それよりどっちを応援しにいく?」




「そりゃ女子だろ、幸子もまだ勝ってるしな」




男子サッカーには健人が参加しているが、圭吾は迷うことなく女子バスケを選んだ。友情より女を取ったらしい。薄情なことだ。




「佐々木さん達もそれでいいかな?」




「あ、はい。大丈夫です」




「…おっけー、です」




圭吾がこちらを振り返り、僕の隣を歩く佐々木さんとその友人、南響子みなみきょうこさんに確認を取る。この四人でさっきまで、遅めの昼飯を食べていたところだったのだ。




南さんはいつも佐々木さんと昼飯を食べている子なのだが、ひどく人見知りする子であるらしく、僕と話せるようになったのもつい最近のことであった。




今日は球技大会ということもあり、教室で食べる人も少ないため、折角の機会だからと圭吾を含めた四人で食べていたのだが、明らかに避けられていて、圭吾はちょっとヘコんでいた。


今も目をそらされている。彼の目はどこか悲しそうだった。




「よ、よし。じゃ体育館のほういこうか。始まる前に幸子に声かけときたいしな」




「でもこのままいったら決勝はA組とだよ。そういうのって裏切り行為じゃない?」




僕がそういうと圭吾は、うぐ、と動揺した。


…気付いてなかったのか。相変わらず幸子のことになると視野が狭くなるな。


恋は盲目ってやつだろうか。相変わらずお熱いことだ。




「い、いいんだよ。それとこれとは話は別だ!ほらいくぞ」




誤魔化すように声を荒らげ、圭吾は早足で先頭を歩いていく。


僕と佐々木さんは思わず顔を見合わせ笑ったが、南さんは無表情のままテクテクと圭吾のあとを着いていく…うん、よく分からない子だ。


僕の周りはひょっとして変な人が多いんじゃ…なんて考えが、少しだけよぎった。












「綾乃、パス!」




僕らが体育館に着いた時、既に試合は始まっており、綾乃と渚が大暴れしていた。


相手は三年生のチームだったというのに全く寄せ付けずに圧勝。


そのままトントン拍子に勝ち上がり、今は決勝戦の最中だった。


相手は幸子率いるA組。一年生同士の対決に、体育館は沸いていた。




綾乃からのパスを受け取った渚は華麗なドリブルでディフェンスを躱すとそのままシュート。ボールは華麗な放物線を描いてゴールへと吸い込まれていった。




歓声が響く。A組をこの得点で引き離したというのもあるだろうが、男子のほうは渚のシュート姿を見てあげた声のほうが多いだろう。


ハッキリ言って揺れていた。怒号に近い声も混じっていた気がする。僕もさすがにちょっと引いた。




幸子達も粘ったが、最終的に綾乃が決めたスリーポイントシュートが決勝点となり、B組が優勝を決めた。




会場は拍手喝采。今も両チームの健闘を称えていた。


僕も拍手をしていると、隣で一緒に見学していた佐々木さんが、興奮した声で僕に話しかけてくる。




「すごかったですね!幸子ちゃんもすごく上手かったんですけど、霧島さんも月野さんも、ほんとかっこよかったです!湊くんの幼馴染さん、すごいです!」




「…うん、そうだね」






ズキリ、と胸が痛んだ。そんなことは、もうとっくに知っている


だから、離れたかったんだ






「湊くん…?」




「湊ー!どうだった?あたし達の華麗なプレイ!」




佐々木さんの声をかき消すような大声を上げながら、試合を終えた渚が僕らの元にやってきた。その後ろには、綾乃もいる。




「うん、かっこよかったよ。やっぱり二人とも、本当にすごいや。お疲れ様。僕なんかじゃかなわないなぁ」






その言葉は紛れもなく僕の本心だった。本当に、僕じゃかなわないほど、二人の姿は眩しかった。






「それは褒めすぎでしょー、まぁ確かに私達頑張ったけどさ。ね、綾乃」




「うん、そうだよ。みーくんにもいいところたくさんあるもの」




綾乃も笑顔でそう言ってくる。その言葉はきっと本心から言っているのだろう。


だからこそ、辛かった。




そんな僕をよそに、二人は佐々木さんにも話しかける。




「佐々木さんも湊の相手お疲れ様。いつもありがとね」




「あ、いえ。そんなことは」




「みーくんから佐々木さんの話はよく聞いてるよ。とっても聞き上手だって。今度私とも話してもらえると嬉しいな」




…女三人寄れば姦しいというべきか。僕をそっちのけで、三人で盛り上がり始めていた。美少女に囲まれているためなのか、周りの視線もあってなんだか肩身が狭い。そんな僕達の元に一人の人物が近づいてきた。






「綾乃ちゃん、お疲れ様。女子は優勝したって聞いたけどすごいね。俺達も頑張ったんだけど、準決勝で負けちゃったわ」




「前原くんもお疲れ様。残念だったね。でもそこまで男子も勝ったんだからすごいよ」




それは前原健人だった。この一ヶ月で綾乃との仲は急速に近づき、今ではお互いこうして普通に話せるくらいになっている。


サポートした甲斐があったというものだが、綾乃と話すときはこうして僕の存在を無視されることがちょくちょくあるのが、友人としては悲しいところだった。




圭吾といい健人といい、どうにも僕の周りの男子は好きな子以外目に入らないやつが多いらしい。




そんな中、空気を読んでいないのか、渚が綾乃の肩をチョイチョイとつついた。




「二人の世界に入ってるとこ悪いんだけどさ、あたし達そろそろ行かなきゃ。向こうでつかさ達待ってるし。前原くんも綾乃と仲良くするならまた後でね」




「あ、ほんとだ。それじゃみーくん、前原くん、またね」




そう言いながら二人は仲間のところへ戻っていった。


綾乃の言葉でようやく僕の存在に気付いたのか、ちょっとバツの悪そうな顔で健人がこちらを見てくる。




「あー、悪いな湊。気付かなくて。佐々木も一緒だったか」




「別に気にしなくていいよ。サッカーお疲れ様」




「お疲れ様です、前原くん」




「…前原、久しぶり」




挨拶を交わす僕らのところに、ひょっこりと南さんも合流してきた。観戦中いつの間にか姿を消していたが、どうやら僕らに気を使ってくれたらしい。




試合が終わり、綾乃達が消えたことで戻ってきたようだ。彼女も健人達と同じ中学出身だったようで、健人と普通に会話していた。




「お、南も久しぶり。相変わらず小さいなお前」




「…小さいは余計」




まぁ確かに南さんは小さいが、どうにも健人はデリカシーというものに欠けている。思っていたとしてもそこは黙っているべきだろう。




現に南さんは健人の発言にむくれていた…ちょっと小動物みたいでかわいいと思ってしまったのは内緒だ。




「あー、悪かったって…あ、そうだ。湊、ちょっといいか」




「ん?」




そう言って健人は視線を僕へと向けた。打って変わって真剣な表情。


――僕はなんとなく察してしまった。




「ここじゃちょっと話しづらくてさ、外でいいか?」




「…うん、いいよ。夏葉さん達は?」




二人を見るとキョトンとしている。事態を飲み込めていないようだった。




「あー、悪いけど席外してもらえると助かるわ。男だけで話したくてさ」




「そうなんですか、じゃあ私達は戻りますね。そろそろ閉会式ですしそのまま帰ります。湊くん、それではまた明日」




「…バイバイ」




健人の言葉に納得したようで、二人は並んで出口へと歩いていった。


今日はクラスの打ち上げがあるため一緒に帰れないことは既に伝えていた。


佐々木さんは久しぶりに南さんと一緒に帰るのだそうで、去り際の南さんの横顔はどこか嬉しそうに見えた。






僕らは出口へと向かう人の流れに逆らい、非常口から外に出る。


閉会式も近づいているため、あまり時間はなさそうだが、健人はもう興味がなさそうだった。どこか覚悟を決めた顔で、口を開いた。








「俺、このあと綾乃ちゃんに告白しようと思うんだ」








――やっぱりか、と僕は思った

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