第18話  恋を知らない

「球技大会お疲れ様ー!」




「お疲れー」「楽しかったね」「三位とかあたしら頑張ったよね!」




夕方のファミレスに騒がしい、だけど弾んだ声がたくさん響いている。渚ちゃんの音頭で、クラスの打ち上げが始まっていた。




クラスのほとんどの人が参加した、大人数の打ち上げだったけど、いくつかの席に振り分けて、各々仲のいいクラスメイトで固まっていた。




本来かき入れ時である時間帯だけど、ここでアルバイトをしている子が店長にいって融通を利かせてくれたらしく、入店してすぐに席に着くことができた。


クラスメイトには感謝してる。うちのクラスはいい子ばかりだ。






私の席は六人席で、今一緒にいるのは、みーくんと圭吾くん。渚ちゃんとつかさちゃんも一緒だったのだけど、今二人は他の席に遊びに行っているところだ。




…そして、もう一人。前原健人くんも一緒の席に座っていた。






正直すごく気まずい。






私はここにくる前、前原くんに呼び出され、告白されたのだ






最近、みーくんを介して仲良くなれたとは思っていたけど、まさか告白されるなんて夢にも思っていなかった。


どうも渚ちゃんの話だと、私は男の子を誤解させやすいらしい。


そんなつもりはないのだけど、私みたいな子が誰にでも優しくしてると男子は勘違いするんだからほどほどにしないと駄目だよと釘を刺されたことがある。








…正直に言うと、私は誰かを好きになったことはない。苦手だと思う人だったり、いい人だなって思うことはあるけれど、付き合いたいと思えるほど感情を揺さぶられたことは、今まで一度もなかったのだ。




そんな気持ちで付き合うなんて、相手の人に悪いと思ってたし、なによりみーくんと渚ちゃんと一緒にいるほうが、ずっと楽しかったというのがある。




だから、これまでずっと告白も断ってきたのだけど






「…ちょっと時間をくれないかな」






学校の屋上で前原くんに告白された時、私の口から出た言葉は保留の返事だった。


前原くんには悪い感情をもっていなかったし、いい人だとも思う。


なにより、みーくんの友達だ。


だから、告白された瞬間、思ってしまったのだ








――この告白を断ったら、みーくんはまた離れていってしまう、と








一ヶ月前、みーくんは隣のクラスの佐々木さんに告白され、付き合い始めた。


正直、すごくショックだったけど、みーくんは幸せそうだし、それでいいのだと自分に言い聞かせた。私の話にずっと付き合ってくれて、慰めてくれた渚ちゃんのおかげでもあると思う。


本当に私には、もったいないくらいの親友だ。






付き合ってからも朝の登校は一緒だし、私達の関係は壊れない。大丈夫だ。


私達はこれかもずっと一緒なんだ。


そう、思ってたのだけど








――学校が終わって、一緒に帰ることがなくなった。いつも一緒に帰っていたのは、私達なのに。


私と一緒にいない時間が、増えた。








――ゴールデンウィーク、佐々木さんとデートに出かけた。いつも一緒に出かけてたのは、私達なのに。


そのことを、私に教えてくれなかった。








――私の知らない顔をするみーくんがいた。いつも一緒にいたのは、私達だったのに。


今日も佐々木さんと一緒にいて、楽しそうに笑っていた。








胸が、苦しい








だけど、私にはこの痛みがなんなのか、分からない。




どうすればなくなるのかも、分からない。




分からないことばかりだけど、今ひとつだけ分かることがある。






これ以上みーくんが離れていくのだけは、絶対に嫌だ






前原くんはみーくんの友達だ。佐々木さんとの仲を取り持ったのも彼らしい。


あの二人の恋のキューピッドである彼の告白を断ったら、きっとみーくんとの仲も気まずくなる。


みーくんは責任感が強い、責められることがなくても、きっと負い目を感じることだろう。








そうなったら、私ともきっと、また距離を








そう考えてしまった私は、一度時間を貰ったのだ。だけど、心の中で答えはもう決まっていたのだと思う。




「…の。綾乃。どうかした?」




「あ…」




前に座るみーくんの声で、我に帰る。私を見るみーくんの顔は、どこか心配そうだった。


いつもと同じ、優しいみーくんの顔だ。私を安心させてくれる顔。




「なんでもないよ。それより私達もなにか注文しよっか。お腹すいたもんね」




みーくんの顔を見ていたら、すぐに心は落ち着いてくれた。


私は流れを切り替えようと、注文を取ることにした。この場の騒がしさが、ありがたかった。




「そう?じゃ僕はチーズドリアで」




「あ、俺はミートパスタ大盛りで」




「…俺はハンバーグセットを」




前原くんが気まずそうに答えた。


…待たせちゃ、悪いだろうな。




私は静かに決意を固めながら、店員さんを呼ぶべく、テーブルのボタンを押した。














「私、今日前原くんに告白されたんだ」




球技大会の打ち上げが終わった帰り道、久しぶりに三人一緒に並んで歩きながら、私はそう切り出した。




「そう、なんだ」




「へぇー、前原くんにねぇ」




みーくんはどこかわかっていたようで、動揺することなく落ち着いていて、渚ちゃんは興味深そうに頷いている。




「それで、どうするの?健人とは…」




どこか不安そうなみーくんの顔。それを見て、私は最後の決心がついた。








「うん、付き合おうと、思う」








そう、答えた。私は、きっと二人に最後の後押しをしてもらいたかったんだ。




「そっか」




みーくんはポツリと呟いた。また、ズキリと胸が痛む。




「ありゃー、綾乃もとうとう彼氏持ちかー。独り身いよいよ私だけじゃーん」




渚は額に手を当てながら天を仰いでいる。いつもと変わらない渚ちゃんに、私はどこか救われた気持ちだった。




「渚ならその気になればすぐできるでしょ」




「わかってないなー、湊くんは。渚さんは理想が高いのだよ。欲しいものが手に入るまで、あたしはいつまでだって待ち続けるのさ」




チッチッチと指を振りながら答える渚ちゃんに私は思わず笑ってしまう。


隣でみーくんも笑っていた。




…そうだ、この笑顔だ。私はみーくんには、ずっと笑っていてほしいんだ。




「まぁ綾乃が付き合うの、あたしは応援するからね。付き合ってみて始めて分かることも多いっていうじゃん。人生何事も経験だよ」




「僕ももちろん応援するよ。でも、付き合ったことないのに偉そうだね、渚…」




どこか呆れた顔をするみーくん。それに反論する渚ちゃん。


この関係を、私はずっと守っていきたかった。








だから、この胸の痛みは、きっと気のせいなんだ








みーくんに付き合うなって言って欲しかったなんて気持ちは、おかしいんだ












次の日、私は前原くんに返事をした。六月の空は、とても綺麗な青空だった

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