魔法少女は新婚さんの夢を見る

凍傷

第1話

 風が吹く。


 淡い木漏れ日の中、わたしはお母さんの膝に頭を預けてうたたねをしていた。


 さらさらと葉と葉がこすれあう音が、妙にわたしのこころを安心させる。



「ねーねーおかあさん」

「ふふ、何かしら?」



 ここはどこだろうか、こんな場所に来たことあったっけ?

 そもそもなにしに来ていたのだっけ、ピクニックにしてはバッグもお弁当もないし。


 そんなどうでもいいことは頭の隅っこに追いやった、私の頭をなでるお母さんの手が愛しい。

 ふと目に付いたそれが気になった私は、お母さんの顔へ見せるように手を伸ばした。



「この、まほうじん? これってなに?」



 わたしの手の甲に刻まれた五芒星。


 記憶はないのだけれどもわたしのお母さんの家系はみんな生まれたときにこの印を甲に刻まさせられるらしい。



 あまり一般的ではないことを知ったのはいつだっけ、2年前か2年後か。


 りんごパイを作ろうと八百屋に行ったとき「こんなもので大切な女の子の身体に傷付けられるなんて可哀想」と言われたのを覚えている。


 ある文化を認めないというのも酷く保守的なんだと思うけど……、けどそれがこの国を占めいてるのは当たり前なんだろう。


 こういうのは人に見せるといい顔をしてくれないことを知っているのでお使いを頼まれるのは好きじゃない。



 わたしはこれがきらいだった。




「それはね、お守りみたいなものよ」

「おまもり?」

「そう、ノアが危ないときに、私達が守ってあげられるお守り」



 お母さんは優しくわたしの髪をなでながら遠くを眺め呟く。


 おまもり……


 そう言われると確かにこの印から繋がりのようなものを感じられた。


 わたしはご先祖様とかよくわからないけどその”おまもり”に確かな温かみを感じた。



「もしノアが大人になってどうしても守らなきゃいけないものがあるとき、その時にきっとノアを守ってくれるわ。その時に合言葉をわすれないでね」

「あい……ことば?」

「そう、ご先祖様に『たすけてー!』って思いを伝えるときにこの言葉が必要なの」



 ざぁざぁ



 強く風が吹き始めお母さんのブロンドの髪が揺れてわたしの顔にかかる。

 わたしの青い髪とお母さんの髪色は全然違う、確かお婆さんの髪色を継いでるんだっけ。

 拾い子だと馬鹿にされたことはあったけど、その時お母さんは強く守ってくれた。


 わたしはお母さんが好きだった。



 寒くなってきたわけではないがここに長くいてはいけないような、そんな思いに駆られ私は立ち上がった。

 まだ座り込んでいるお母さんと目が合う、その眼はわたしを見ているようで私を見ていない。



「ねぇお母さん、その言葉はなに?」



 悪寒に駆られわたしは私の言葉を紡ぐ。


 今聞かなければ、二度と知る事は出来ないような気がして。



「────────────を」





「……なんて?」



 ざぁざぁ



 言葉を遮るように強く風が吹く。

 私の前髪が視界を阻む、先ほどまで私たちを包んでいた温かみはもうこの場にない。

 まるで私に伝える気がないような声でお母さんは言葉を発し続ける。


 わたしは貼り付いた笑顔のまま心の叫びを精一杯言葉に乗せる。



「─────────────」

「聞こえないよ……?」



 ざぁざぁ



 私たちの世界が崩れだす。


 灰色の空は雨という名の涙を落とす、記憶の奔流が私の過去を押し流す。



 その場に私はいない。


 いるのはわたしとお母さんだけ。



「──────────────」



 お母さんに手を伸ばす、でもその手は空を切り続ける。


 私の声はもうお母さんに届かない。



「……聞こえ、ないよ」





























 起きて



「っ!」



 がばりと身を起こす。


 あの嵐の様な音はどこへやら部屋にあるのは鳥のさえずりと私の息遣いだけ。

 普段通りのピンク色のふとんにいかつい装飾のついた魔導書の並ぶ棚、可愛らしい丸みを帯びた家具の数々。

 そしてくたびれた熊のぬいぐるみ。



「はぁ、はぁ……っ」



 激しく上下する肺に釣られて震える右手を、左手で押さえつけた。


 左手の甲に刻まれた魔法陣、そして手首から先にびっしりと彫られている知らない人が見たらお洒落な入れ墨に見えるような魔道回路サーキット。

 女の子の体としてどうなの、と疑問を呈したくなるようなそれはある種私のアイデンティティなのだと開き直っている。

 だから特別持たざるを得なかった手の甲の魔法陣の意味などとうの昔に忘れてしまった。



 震えが収まりため息を吐く。 


 ふと横を見るとぬいぐるみの彼は悪気の無さそうな黒い目で私の顔を映した。



「……えい」



 ばふっ



 私はそのぬいぐるみ(名前はくまたろう)の頭をつかみ壁に投げつけてから呼吸を整える、もう何の夢を見たかなんて覚えてない。


 でもあまりいいものではなかったようでじとっとした額に前髪が張り付くのを手で払いのけた。



(今日から学校かぁ)



 学生の身分である自分を思い出してまた一つため息を吐いた。

 ベッドから降りて立ち上がる、昨日着る予定のまま忘れられていたパジャマを踏みつけて自分が下着姿なことを思い出した。


 窓を開けるとさらさらと心地の良い春の風が私の髪をなでる、ふわりと碧の髪がこの晴れやかな空のように宙を舞う。

 机の上の昨晩やろうと思ってそのままにしていた春休みの宿題が風で部屋を転がりまわった。


 今日から私は三年生。


 学生生活最後の一年が、始まる。

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