悲哀小噺
一澄けい
こころをとかして
・過去ワンライ参加作
・お題「愛の処方箋/凍えた心臓」
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「愛なんて、愛情なんて、信じられないよ」
あぁ、貴方は。貴方はどうして、そんなに悲しい言葉を言うのだろう。
確かに、愛は目に見えない。そこに"在る"ということを私たちが知ることはできない。
だから確かに、愛情を信じることは難しいかもしれない。
でも、
「少しくらい、信じてみてもいいじゃない」
貴方だって本当は、愛を信じたいんでしょう?
愛されているって信じたいんでしょう?
私の言葉を聞いた瞬間、彼の綺麗な瞳からぽろりと一粒、涙が溢れた。
その涙を指で拭いながら、私は言葉を続ける。
「解るよ、大好きだって言ってくれた人に裏切られるのが怖いって気持ち。愛してるって、言ってもらえなくなる怖さ。だからこそ貴方は、愛を信じられないんでしょう?」
彼は黙ったまま、私の言葉に耳を傾けている。彼の涙は止まらぬまま、彼の頬と私の指を濡らし続けていた。
微動だにせず、静かに泣き続ける彼の細い身体を、私はそっと抱きしめ、言葉を紡ぐ。
「でも、そんなの悲しいじゃない。自分は愛されない、愛なんて存在しないなんて。そんなの悲しいじゃない。だから、ね。ちょっとだけでも信じてよ。愛は在るんだって、信じようよ」
彼は私の腕の中で、その言葉を否定しようとするかのように、ゆるゆると首を横に振っていた。そんな彼の様子に、私は思わず苦笑を零す。
分かっていた。彼の凍えた心が、愛も、それ以外のものも、何も信じられなくなってしまった心が、すぐに愛を信じるようになるなんて。
そんな都合のいいことはないということなど。
でも、それでいいのだ。
少しずつでいい。少しずつでいいから、私の愛を信じるようになってくれれば。
凍えた心臓(こころ)が、少しずつでも、愛という処方箋によって解けていってくれるなら。
(私は、それで満足だから)
そう思いながら、私は彼の身体を抱きしめる腕の力を強くする。
ほんの少しでもいい、ほんの少しでもいいから。
凍えた心臓に、愛情を信じる心が芽生えることを祈りながら。
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