そして学友となる
父王の思惑はともかく、グレイス本人にとっては寄宿学校で過ごした六年間は不幸とはほど遠いものであったようだ。
大戦乱の時代に設立された寄宿学校は、平和な時代にあっても尚武の気風を遺しており、女子の武練兵練も大いに奨励されたからだ。
のびのびと剣や馬、用兵を学ぶ機会を得たことでグレイスは健やかに成長していく。苦手だった貴婦人向けの学問も、得意分野ほどの熱心さはないにせよ、真面目に取り組むようになった。
一方マリアはと言えば貴婦人向けの学問については優れた成績を収めた反面、不慣れな武練については教官のお情けでどうにか及第点をもらう有様だった。
グレイスとマリア。対照的な二人は同じ年に寄宿学校の門を叩いたが、最初の二年ほどはほとんど関わることがなかった。
グレイスはその気質のため、王姫という身分にもかかわらず、すぐに武を尊ぶグループの中心人物となった。マリアはその性質と帝位継承順位八位という身分のために、すぐに文を尊ぶグループの中心人物となった。二つのグループは不仲だったが(「あのような文弱ども、戦場ではなんの役にも立たん!」「あちらの方々は罵倒の語彙ばかり豊富で古詩のひとつもご存じないらしく」)グレイスもマリアも不毛な諍いに首を突っ込むことはなかった。
そんなわけで長らく交流のなかった二人だが、ある年の夏に転機が訪れる。
馬術の試験を十日後に控えたある夜、マリアがグレイスの部屋の扉を叩いたのだ。
「貴女に騎乗の技を学びたいのです」
グレイスが部屋に迎え入れると、マリアは開口一番そう言った。馬に乗るところまでは何とかできるようになった彼女だが、両手を離して弓を構えることがどうしてもできなかったのだ。
「……無理をせずとも良いのではありませんか。騎射の試験は形だけのものですし」
「そういう問題ではないのです」
「やはり侮られたくはありませんか」
言ってから、と余計なことを言ってしまったと、グレイスは後悔する。
「侮られるのはわたくしではありません。それがわからない貴女ではないでしょう」
文士グループにももちろん騎乗ができる者はいる。その者たちがグレイスのグループのメンバーに『語彙が豊富なことが自慢なようだが、高貴なお方に馬術を教えることもできないとは』と笑われる――それが耐えがたいということか。文弱なばかりの姫様かと思っていたが、どうもそうでもないらしい。
「わかりました。とは言え、わたしも暇ではありません。一度わたしとともに乗馬していただき、振り落とされなければお引き受けしましょう」
しかし、マリアの意外な強さを知ると、それを図ってみたくなってしまう辺りはグレイスもまだ幼かった。
「貴女が望むならば」
屈辱に顔を引きつらせながらも、帝の娘はそう応じた。そして翌日には、恐怖に顔を引きつらせながら、マリアが手綱を引く馬と共に走りきった。
「見事ですね」
グレイスがそう称えると、マリアは体をブルブルと震わせた。
「見事――見事と言いましたね?」
「マリア様?」
「ふざけないでください! わたくしはただ、貴女の馬に乗せられていただけです。そのわたくしを見事などと……!」
目には涙を溜めている。それで、グレイスは自分がマリアを怒らせたのだと知った。
「わたくし、貴女とならば侮ることとも侮られることとも無縁のお付き合いができると思っていましたのに!」
グレイスは乗馬帽を脱いで心からの謝罪をすると、改めて騎乗の業を教えることを誓ったのだった。
その年、マリアとグレイスの教室では、全員が馬術の試験に合格した。
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