過去(1)

ゴールデンフリースの繚花

 後に狂乱の女帝と呼ばれることになるマリア・ゴールデンフリースだが、彼女の暴政を早くから予見していたものはいなかった。


 無理もない。羊毛帝のいわゆるの子で、後ろ盾もなく、帝国法に基づく帝位継承順位でも八位にいたマリアが次の帝になるなど、そもそもあり得ない話だったのだ。


 まして幼少期のマリアは金木犀きんもくせいの花に例えられるほど可憐で心優しい娘だった。急用で出立することになった侍女に自らの手で雨具を渡した逸話、建国記念日のパレードで、火術花火かじゅつはなびの轟音に驚いて泣いてしまった逸話などは、後年の彼女の振る舞いを知る者にとっては信じ難くあるが、歴とした史実である。


 羊毛帝もそんな娘のありように感じるところがあったのだろう。マリアが十二歳になるのを待って、帝都サカトゥムから遠く離れた貴族の子弟向けの寄宿学校に通うことを命じた。


 その当時帝都では次の帝の座を巡り、熾烈な政争が繰り広げられていた。そのような帝室の闇から汚れを知らぬ娘を遠ざけておきたいという人並みの愛情が羊毛帝にもあったのだ。


 もっとも政争のそもそもの原因が、艶福家えんぷくかたる羊毛帝にマリアを含め十五人の子女がいたことや、後継者について晩年まで明確な方針を打ち出さなかったことであることを踏まえれば、単に問題を先送りしただけとも言えるのだが。


 いずれにせよマリアは帝都サカトゥムのはるか西、ニマオモの寄宿学校の生徒となり、そこで一人の学友を得た。青薔薇の恩寵国の王姫、グレイス・ブルーローズである。

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