青き薔薇に勝利を、黄金の羊に愛を

mikio@暗黒青春ミステリー書く人

会戦の朝(1)

朝、決戦の機迫りて

 オウルモッフの野に陣を敷いて三日目の朝――反乱軍を率いる青薔薇の恩寵国ブルーローズ王姫 おうきグレイスは、ある予感とともに覚醒した。


 戦地である。もとより眠りは浅い。だが、それだけではこうはならない。今日こそが二里先に布陣した黄金の羊毛国ゴールデンフリースとの決戦のときなのだと、心よりも先に体が理解していた。


 質素な堅焼きパンの朝食で空腹を満たし、身支度を済ませたグレイスは、天幕を出て地面に手を触れる。土が乾いている。しめた、と思う。この戦、決め手となるのは間違いなく味方の騎兵だ。その騎兵が転ぶおそれは少なければ少ないほどよい。


「どうなされましたか、グレイス様」


 控えていた壮年の近臣が尋ねてくる。


「大したことではありません。ただ――」


「ただ?」


「この戦、勝ちました」


 グレイスはサファイアを思わせる青い瞳を見開き、意味ありげに笑ってみせる。発言の根拠を詮索されないための演技だった。土が乾いていて馬が転びにくい。だから勝てる。そんな説明に納得して死地に赴くものはいない。戦う相手がであれば尚更そうだ。


「我らはとうに知っておりましたぞ? 御身は不敗の戦姫せんき戦女神いくさめがみの生まれ変わりなれば」


 近臣の言葉に、だからグレイスは力強い笑みを浮かべる。己の不敗神話をより深くさせるために。


「軍議の準備を頼みます」


「はっ!」


 近臣が走り去っていくと、グレイスは深く息を吐き出しながら、いていた剣を抜く。貴人の持ち物にしては珍しく、飾りの一つもついていない無骨な拵えだ。


 ――勝てるのだろうか。本当に、この賭けに、勝つことができるのだろうか。


 敵は多勢。重装歩兵と風術弩兵を組み合わせた帝国方陣インペリアル・スクエア の精強無比は言うに及ばず。極めつけに六王国を滅ぼした狂乱の女帝は大陸の至宝たる神器のことごとくを自らのものとしているのだ。


 史上最強を率いる史上最悪の暴君を相手に、。どう考えても分の悪い賭けだろう。


 ――いやしかし、わたしは彼女に勝ち、勝利以上のものを求めねばならない。そのために、ここまで来たのだから。


「待っていなさい、マリア様。あなたの思うようになど、させるものですか」


 天に掲げた剣が、朝日を反射してきらりと輝いた。

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