映し身のサヴァイヴ~異世界のもう一人のわたし~

西芹ミツハ

第一章 憑依の真理亜

生前のわたしと、知らない場所

 わたし、猪尾真理亜いのおまりあは病院の外へ、ほとんど出たことがない。


 生まれたときから、重い病気をいくつも患っていて、十七歳のときに死んだ。死んだのに、どうしてこんなにハッキリあれこれと独白ができるのかといえば、わたしが今、不可思議で死後の世界などではない、全く別の状況に置かれているからだ。それは後述したいと思うので、とりあえずわたしの生前の話を聞いてほしい。


 一番記憶に新しいのは、死ぬ間際のことだ。お母さんとお父さんが泣いていた。弟だけが、恨めしそうな目でわたしを睨んでいた。そんな三人を傍目に、やっと苦しみから解放されることと、生きた割りにはなにもできなかった人生が純粋に憎らしかった。死ぬときは、夢に落ちるように、死は軽くわたしをさらっていった。


 前述のとおり、生前のわたしは、病院からほとんど出たことがない。だから、学校にもほとんど通えなくて、高校には入らなかった。それまで生きているかも、わからなかったから。むしろ、先生も十七までよく生きれたと言っていたくらいだったから。

 そんなわたしの世界といえば、本や漫画、ときどき使わせてもらえるゲームやインターネットだった。本やインターネットの中のわたしは自由だった。そして空想に浸る。空想の中では、走ることも、泳ぐこともできて、未知の世界へ旅立つこともできた。漫画やゲームに出てくるかっこいい男の子に対し、疑似的な恋で熱中もしたし、インターネットは知らない外国の景色や意見も、垣間見ることもできた。


 でも、ただそれだけ。なんのために生きていたのか、よくわからなかった。どうして、わたしの体はこんなにたくさんの病気に侵されているのか、意味がわからなかった。

 インターネットで自殺者がどうのとかいうニュースの記事を見るたびに、わたしは自殺した人が心底羨ましかった。外へ出ることのできないわたしが、代わりにその生を生きれたらよかったのにと、願った。


 そんなわたしの願いが通じたのだろうか。


 前述したとおり、ふと気が付いたら、わたしは別の状況に置かれていた。わたしは今、知らない天井を見上げている。病室じゃない、薄青いレースのカーテンがつるされた天蓋付きベッドだと気づいた。病室に天蓋付きベッドなんてあるわけないし、そもそもわたしは個室じゃない。わたしが横たわっている、横目に見ても大きなふかふかの枕も、柔らかい布団も、鮮やかな色をした毛布もなかった。


 ここはどこだろう。右手をかざすと、病室で見た自分の手より日焼けしたような、小麦色の肌だった。


 わたしの肌じゃない。爪は深爪なくらいに短く切られて、中指に真っ青で綺麗な丸い宝石のような物がはめ込まれた指輪をつけていた。小麦色の肌をしているけど、自分の手には似ているようにも思える。女の人の手だと思うが、指にいくつもたこがあった。わたしの手には、ない。わたしはたこができるほど、なにかをずっと持ったりすることができなかった。


 どういうことなんだろう。いつだったか、インターネットで読んだ、主人公が不慮の事故で死んでしまって異世界に転生する小説を思い出した瞬間、カーテンがいきなり開かれた。


「マリア、目が覚めたのね!?」


 カーテンがいきなり開いたこともそうだし、なによりわたしの名前を呼ばれて、思わず飛び起きた。でも、生前わたしの心臓や肺はとても弱かったのに、今はちょっとドキドキしているだけで、全く息苦しさもなにもない。走ることも禁止されていたから、こんなこと、初めてだった。普通に息ができる。普通の人は、いつも息をするときはこういう感覚なのかと、少し感動した。


 開かれたカーテンの先には、栗色の長い髪を編み込んでポニーテールにした外国の女の子がいた。緑色の目で、額には大きな青い宝石の飾りを付けている。漫画で見るようなデコルテが開いて、襟にフリルと宝石が縫い取られた、裾が膝丈までのハイウエストのワンピースを着ていた。帯を大きくリボン結びにしているのが可愛くてお姫さまみたい、と思った。顔立ちもとても綺麗で、女のわたしも見惚れちゃうような美人さんだった。年は、たぶんわたしと近い。あくまで死ぬ間際のわたしとだけど。

 どうしていいのかわからなくて、女の子を見ながら、わたしは口を開いた。


「あ、あの、ここは」


「ああ、マリア! だから毒薬なんか使うなってあれほど言ったのに、もう」


 女の子は気づかわし気な目で、本当に泣きそうな顔になると、途端にわたしに抱き着いた。その割には、不穏な言葉を口にする。毒薬ってなに。怖いこと言わないでよ。そして、女の子はわたしから離れると、少し不思議そうな顔をした。


「なんだか、マリア。いつもと雰囲気が違うわね」


「え、えと、ごめんなさい。あの、状況がよくわからないんですけど」


「まあ、あなたがわたしに敬語を使うなんて! 毒薬のせいで記憶が混濁しているのかしら。マリア、わたしよ、フローレンス。わかる?」


 わかる? と聞かれても、わたしは混乱していた。この子は誰、フローレンスなんて外国の女の子は知り合いじゃない。というか外国の女の子の知り合い自体、いない。

 しかもよくよく考えると、彼女は日本語を話していなかった。だが、なぜかわたしは理解できるし、わたし自身も今しがた、その言葉を話していた。会話はきちんと成り立っている。いったいなに、どういうこと? なにが起きているの?

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