暑い日は反抗期







 ジットリとした暑さがキティを包み込む。


「キティ、なぜそんなに離れた所にいる。こっちに来い」

「む」


 ジークハルトは反対側のソファーに寝そべっていたキティを抱き上げ自分の膝に乗せた。

 キティはジークハルトの膝の上でモゾモゾと動く。


「……」

「どうした」


 キティは少し眉を寄せると、べしょんとジークハルトの膝からおりた。


「……キティ?」


 訝しく思ったジークハルトがキティに手を伸ばすと、ゴロンと転がってキティがその手を避けた。


「!?」


 ジークハルトはピシッと硬直する。

 かつてない程のショックが魔王を襲った。



「……キ、キティ?」


 レオンは、これはヤバイと慌ててキティに声をかける。

 キティはそんなレオンにキッと目を向ける。



「あついっ!」





 一瞬後、魔界は氷河期に突入した。


「さむむむっ」


 キティはわたわたとジークハルトの懐に潜り込む。すると、肌を刺すような冷気がいくぶんか和らいだ。

 ジークハルトは満足気に服の上からキティを撫でる。


「魔王様、ペットが寄ってこないからって天候を変えないでくださいよ」

「……」


(本当にショックだったんだな……)


 レオンは思わず主に生温かい目を向けてしまった。


 すると、バタンと大きな音を上げてシオンが扉を開けて入ってきた。


「まっ、魔王様!!急に天候が変わって……」

「それやったの魔王様だから」

「……魔王様、世界のバランスが崩れてしまいます」


 シオンにジトリと見られたが、ジークハルトは素知らぬ顔でキティを撫でる。

 暑さにも寒さにも弱いキティはジークハルトの懐でガタガタと震えている。


「……このままだとキティが風邪をひきますよ」

「……」


 ジークハルトは無言で魔法を解除し氷河期を終わらせる。




 暫くして気温が暖まってくると、ニュッとキティが顔を出した。


「お、出てきた」


 キティはもう寒くなくなったからなのか、ジークハルトの服から這い出ようとする。

 そしてそのまま離れていこうとするキティをジークハルトが抱き込みその場にとどめた。それにキティは不思議そうに首を傾げる。


「?」

「……キティ」

「なに?」

「自分の都合のいい時だけ寄ってくるのは不公平じゃないか?」


 そう語りかけるジークハルトはギュウウウとキティを抱き締める。


「ペットってのは気ままなものだよジーク」

「そうか。ペットにはやはり躾をすべきだと俺は思うんだが……」

「なんかキティ急に甘えたくなっちゃった~」

「……」


 ジークハルトの首にヒシとしがみつくキティ。厳しい躾は意地でも回避したいようだ。

 スリスリと頬を合わせてくるキティの小さな頭をジークハルトは鷹揚に撫でる。その姿は先程ペットが寄ってこないことにショックを受け、気候を変えた人物とは思えない程威厳に満ち溢れていた。


「うぅっ、あつい……」

「キティ?」

「だいじょうぶ、キティは学ぶ子だからもう逃げないよ」


 そう言うキティの額にはじんわりと汗が浮かび始めていた。それを見たジークハルトは少し考え込む。


「ふむ……プールでも用意させるか」

「おおっ! さすがジーク! プールに行くんじゃなくて用意させるという特権階級的発想がキティの心をくすぐります!」


 キティは大喜びだ。


「レオン、購入しておいたあれを持ってこい」

「はい魔王様」











「……想像してたのと違う……」


 ジークハルトの執務室には、立派な子供用プールが設置されていた。水が入っても大人の膝下くらいまでの深さえしかない。そして水面にはキティサイズの浮き輪が浮かべられている。


「いや浮き輪いらんし。さすがにこんな深さじゃ溺れないでしょ……」


 水着に着替えたキティは文句を漏らしつつ、改めて自分の格好を確認する。全身鏡には、フリフリのワンピース型の水着を着た幼女がうつっていた。


「……なんでビキニじゃない?」

「キティ、人には似合うもの似合わないものがあるんだ」

「なるほど。悲しい現実だね」



 キティはプールに入る前に、ちょいんちょいんとつま先で水を触り温度を確認する。その様子はまるで水を警戒する子猫のようであった。

 そしてキティはゆっくりと水に体を浸けていく。


「ふぃぃぃぃ~」

「風呂か」

「ぶっ」


 レオンがキティに少し水をかけた。

 キティはムカッとしたのでレオンに水をかけ返した。床が濡れても魔法で消せるので問題はない。



「うむ……」


 ぱしゃぱしゃと水遊びをするキティのかわいさにジークハルトは釘付けだ。仕事の手も完全にストップしている。

 シオンもこうなることはわかっていたので特に文句を言ったりはしない。むしろ自分もキティと戯れたいと機会をうかがっている。






 そうして暫く浮き輪でプカプカ浮いたりと、キティはプールで楽しく遊んでいた。


「む、水がぬるくなってきちゃった」

「俺が冷やしてやろう」


 そう言ってジークハルトが手をかざすと、プールのド真ん中に巨大な氷が出現した。


「つめたっ!!」


 冷気が集まって一瞬で周囲が冷えきった。

 当然プールの水も氷一歩手前まで冷え、キティは慌ててプールから脱出した。その際べチャリと顔面から着地したのはご愛嬌だ。


「すまんキティ、つい威力を間違えた」


(……シオン、本当に間違えだと思うか?)

(いや、魔王様に限ってそれはないだろう。十中八九わざとだと思うよ)


 シオンとレオンは声に出さずにそんな会話をしていた。



 ジークハルトはタオルケットを構えていたのでキティはそこに飛び付く。


「さみみみみみみみ! 大丈夫!? キティ凍ってない!?」

「大丈夫、いつもの可愛いキティだ。冷凍保存など誰にもさせん」

「そんな心配はしてなかったけどね」


 キティはタオルケットにくるまり魔法で水分を飛ばす。そうすればあっという間に乾いたキティの出来上がりだ。

 それでもまだ寒かったのか、キティは魔法で自身の周りに暖かい空気を纏った。


「普段からそうやって冷気を纏っていればいいだろう」

「常に発動するのってめんどくさいんだもん」

「慣れろ」


 この自身の周りの温度を調節する魔法は決して難しいものではない。だが完全に無意識で発動できるものでもないのだ。例えば、腕を通さずに上着を肩にかけている時くらい魔法に意識を向けなくてはならない。それをずっとやるのは、根がぐーたらのキティには苦行のようなものだ。


 ジークハルトは膝の上に寝っころがったキティの頭を撫でる。


「にゅふ、そこそこ~」

「む、ここか」


 うりうりとマッサージされキティはご機嫌だ。


 気付けばキティはベッタリとジークハルトにくっついて、天下の魔王に精神的ダメージを与えた反抗期もどきはすっかり終わっていた。









 コンコン


 ノックの後、扉を開けてリンドヴルムが入ってきた。



「ジークハルト~……って、いつからここは保育園になったんだい?」



 

 部屋の惨状を見て、その言葉を否定できるものは誰もいなかった。









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