雨の日は何もしたくないにゃあ







 空は薄暗い雲に包まれ、雨粒が地面を叩きつける音がやけによく聞こえる。



「ぐでーん」

「キティ、どうした。今日は力が抜けてて一段と可愛いな」


 限界まで力を抜いたキティは軽々とジークハルトの膝に乗せられた。それをリンドヴルムは複雑な心境で見詰める。


「甥がどうしようもない親バカになっていく……」

「諦めたら楽になれますよ」


 レオンは綺麗に飲み干されたカップに紅茶を継ぎ足した。

 様子のおかしいキティはデロンとジークハルトに凭れ掛かる。首の据わらない赤ん坊を見ている気分だ。


「キティ、具合が悪いのか?」

「んーん。雨の日はぁ~なんもしたくない。無気力」

「それ割といつもだろ」


 レオンのツッコミは無視された。


「じゃあ雨の日は存分にキティを甘やかすことにしよう」

「それもいつもじゃないですか」

「ジークお願い~」

「任せろ」


 溶けたキティを抱き締めてジークハルトはどこかご機嫌そうだ。いつも以上にキティを猫可愛がりする気らしい。


「梅雨は最高だな……」


 ジークハルトの呟きはキティ以外の全員が聞かなかったことにした。




「キティあーん」

「んむんむ」


 食事は当たり前のようにあーんて行われる。


「うまうま」

「……」


 ジークハルトは無言でキティを撫で回す。

 自分の膝の上で安心しきっているキティに魔王はメロメロだ。ジークハルトは率先してキティの手足となり、甘やかす。

 口の前までストローが刺さったジュースを持っていくと、キティはそれをちゅーちゅー吸った。


「……可愛い」


 飼い主バカ進行ノンストップ。


 暫くすると、キティが膝の上で横になったのでジークハルトは自分の食事を進めようとした。

 ステーキをフォークで刺して口に運ぼうとすると、キティがちょいちょいっとジークハルトの服を引く。


「?」


 ジークハルトは自分の膝上に視線を向けた。紅眼がジークハルトを見詰め……。


「あーん」


「……キティ、行儀が悪いぞ」

「そう思うんだったらステーキを食べさせるなよジークハルト」


 ちっちゃなお口を開けて待っているキティの可愛さには魔王も逆らえなかった。リンドヴルムの呆れた視線はジークハルトには届かない。


 ステーキを飲み込んだキティは、目を閉じて再び口をあーんと開ける。


「……」


 ふと、ジークハルトに悪戯心が芽生えた。


「?」


 あくびをする猫にするように、ジークハルトはキティの口に指を突っ込んだ。


「んにゃ?」


 キティはおめめをパッチリと開いた。

 自分の口に入っているのがジークハルトの指だとわかると、首を傾げてそのままハムハムする。


「くっ!」


 悶える魔王。伝説の勇者も彼にここまでのダメージを与えることはできないだろう。


「ねー僕、これを眺めてなきゃいけないのかい?」


 ゲンナリしてフォークを振り回すリンドヴルム。


「見なきゃいいじゃないですか」

「やだよ。折角甥が良い方向に変化してるんだから」

「左様で」


 レオンは食事を終えているリンドヴルムからフォークを回収した。


「あ」

「行儀が悪いですよ。キティが真似したらどうしてくれるんです?」

「いやあの子そこまで幼くないでしょう」


 親バカになったのはジークハルトだけじゃなかった……、そうリンドヴルムは呟いた。











 午後も雨が降り続けていたため、キティのスライム化は終わらなかった。

 今も執務中のジークハルトの膝の上で溶けている。


「でろりんちょ」

「可愛い……」


 正直ジークハルトは仕事なんてやってる場合じゃなかった。この可愛い生き物を愛でずにどうする。

 キティは普段もそこそこ甘えん坊だが今日はさらに甘えん坊と化していた。

 何なら今日は一歩も自力で歩いていない。


「よしよし」

「むふふ」


 ジークハルトは片手でキティを撫でながら書類をこなす。勿論目線はキティに向いている。

 その光景をレオンとシオンは生暖かい目で見守っていた。


「ああ、もうペン置いて両手で撫で始めちゃったよ……」

「今日のキティは構わずにはいられないだろう。出来るなら俺も撫で回したい」

「魔王様が譲らないと思うよ」

「だろうな」


 本日のジークハルトは独占欲の塊だ。可愛いキティを誰にも触らせようとしない。


 仕事を放棄した魔王ははキティを抱き上げて寝かし付けるように揺さぶる。


「……キティは温ぬくいな。癒される」

「ほかほか」

「そうか。シオン、キティが少し暑がっているから冷たい飲み物を持ってこい」

「今どうやって会話したんですか」


 シオンは軽く突っ込みつつもキティの好きな冷たいジュースを取りに行った。




 そして然り気無く同じ部屋にいたリンドヴルムがレオンに声を掛けた。


「レオン君」

「なんですか?」

「今日の夕飯はしょっぱいのか辛いものにして欲しいと伝えておいてくれるかな。もう甘いのはお腹一杯だよ」

「畏まりました。辛いのはキティが苦手なのでしょっぱいものを、と伝えておきますね」

「君も大概甘いね」


 リンドヴルムは微笑して濃い紅茶を口に含んだ。









 その日、一日中キティを構い倒したジークハルトは非常に満足していた。


 すっかり暗くなった窓の外を見てジークハルトは呟く。


「明日も雨だといいな……」


「天候を操作するのはやめてくださいね」


「……」









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